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主の命を受けて、牛車《くるま》は、さらに、歩みを落とし、目的地である、内大臣の屋敷へ向け、路地変更を行っている。
急な方違《かたちが》えに、正直、従者は解せないでいたが、途中同乗した、主、守孝の兄である大納言守近の側仕え、常春《つねはる》が、いる、ということに、なんとなく、納得していた。
大学寮で、博士《きょうじゅ》を目指して学び、さらに、大納言家の吉凶日を暦から読み取る役目を果たしているその知識は、下手な陰陽師より上だと、皆、知っていたからだ。
本来の、方違えとは、目的地が凶の方位に当たった時、災いを避ける為に、吉の方位にある屋敷で一晩明かして、目的地へ再度向かうというもの。つまり、方違えというものは、出立の時には、方位の吉凶が前もって分かっていて、目的地ではなく、他の屋敷へ向かう事が前提なのだ。
それを、知らずに、主は、出かけていたのだろうか?
いや、よくよく調べたら、とか、言われていた。
もしや、常春が、吉凶を調べ直した?
几帳面な性格であるらしい常春という男が、同乗したのだ。主の事を思い、念のためにの、行いが、凶を出してしまったのだろうか。
とにもかくにも、やや、腑に落ちないところはあるが、車付きの従者達は、言われた通りに、進む方角を変えた。
「よしよし、今宵は、ついている!あやかしの、子犬は、見れる、おかしな姫君の屋敷へは、大手を降って立ち入れる。うん、お前達のお陰だ」
ガタガタと、方向転換している牛車の中で、揺られながら、常春と紗奈は、複雑な顔をしていた。
「あのですねー、守孝様、私達は……」
と、紗奈が、言い渋る。
「ええ、元々、行き先は、あるので、私共は、ここで……」
「あれ、二人とも、つれないなあ。と、いうよりも、こんな、薄暗い夜。鬼や蛇が出て来るかもしれない、危ない、危ない」
守孝は心配しつつも、鬼と蛇、の、部分は、高らかに、嬉しげにいい放った。
心配しているのか、喜んでいるのか、この人は……。
兄と妹は、諦め、守孝に従うことにしたが、さて、常春は、従者と誤魔化せても、女房の衣を纏《まと》わず、市井のおかみさん姿の紗奈は、どうする。
さらに、裸足、土汚れに、タマの毛だら状態ときている──。
「なあーに、大事ないさ。方違えに訪れた者は、何人たりとも、受け入れなくてはならない。そして、紗奈、お前は、義姉上《あねうえ》の縁者でもあるし、父君は、親王任国の上野国へ下向されているのだろう?」
親王任国とは、親王が国守に任じられた国及びその制度を指す。
常陸国、上総国、上野国の三国に限定されているが、国主となる為に、親王が現地へ赴くことはなく、代わりの者を遣わすのだ。
地方長官とも言える、受領の一種ではあるが、やはり、親王任国の国守となると、格が違った。
守孝は、二人とも、身分有る者だと言っているのだが。
「まあ、任せておきなさい」
守孝は、ふふふ、と、意味深に笑っている。
何か考えが、あるのは、わかるが、常春と紗奈にとって、今は、それが一番恐ろしかった。
旦那様と、従者から声がかかる。
どうやら、目指す内大臣家に、近づいたようだ。
どらどら、と、言いながら、守孝は、物見から、外を確かめる。
確かに、先には、立派な四つ足門が、見えた。
「ん?どうやら、先客があるようだぞ?」
車が止まっていると言いつつ、紋が見えれば良いのだがと、守孝は、目を凝らしていた。
「やはり、私達は……」
これ以上、人と、それも、牛車に乗れる公達などと、関わるのは、厄介なことになりかねない。
常春は、物見遊山の守孝へ、懇願するが、
「おや、いいのかい?内大臣家へ入り込めば、兄上の謎が、解けるのだよ?」
と、痛いところを突いてきた。