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番外編 【冷蔵庫の攻防】
日曜の昼。
北松誉の部屋は、静か——なはずだった。
「……は?」
キッチンに立った瞬間、誉は固まった。
冷蔵庫の中。
ほぼ空。
「……いや、え?」
開け閉めする。
変わらない。
「……嘘でしょ」
昨日、ちゃんと買い物した。
作り置きもしてあった。
少なくとも三日は持つはずだった。
「……なんで?」
考えるまでもない。
「……シオン」
リビングを覗く。
ソファの上。
案の定、いる。
しかも寝ている。
「……おい」
肩を軽く叩く。
「……ん」
「起きてください」
「……昼?」
「昼です」
「……おはよ」
「おはようじゃないです」
シオンがゆっくり起き上がる。
寝ぐせがひどい。
「何」
「何じゃないです」
誉は冷蔵庫を指さす。
「中身、どうしました」
「食べた」
「全部?」
「うん」
「“うん”じゃないです」
シオンはまったく悪びれない。
「腹減ってた」
「だからって全部いきます?」
「いった」
「過去形やめてください」
誉は深くため息をついた。
「俺の三日分なんですけど」
「三日も同じの食べるの?」
「食べますよ普通に!」
「飽きない?」
「飽きるとかの問題じゃないです」
「じゃあ今日また作ればいいじゃん」
「材料ないから怒ってるんです!!」
数秒の沈黙。
それからシオンが、ぽつりと言う。
「……ごめん」
誉は一瞬固まった。
「……え」
「いや、普通に悪いことしたなって」
「……」
「ちょっと反省してる」
誉はその顔を見る。
ほんの少しだけ、申し訳なさそう。
「……じゃあ」
「うん」
「コンビニ行きます」
「一緒に?」
「あなたが払うなら」
「高いな」
「三日分です」
「ぐぬぬ……」
数分後。
二人でコンビニへ向かう。
「で、何食べるの」
「普通に弁当とか」
「また作り置きしないの」
「しますよ、夜に」
「じゃあ今は軽め?」
「軽めです」
シオンが棚を見ながら言う。
「北松さ」
「はい」
「料理うまいよね」
「普通です」
「いや、うまい」
「なんで分かるんですか」
「昨日のやつ」
「全部食べた人が言うと説得力ないです」
「でもほんとにうまかった」
誉は少しだけ黙る。
「……なら」
「うん」
「次からは残してください」
「努力する」
「“努力する”って言うやつ大体しないんですよね」
「偏見」
「経験です」
帰り道。
コンビニ袋を持ちながら歩く。
昼の街は、いつも通りだった。
「……平和ですね」
誉が言う。
「そうだね」
「ついこの前まで、夜中走り回ってたのに」
「それな」
「もう巻き込まれたくないです」
「俺はちょっと楽しかった」
「やめてくださいその感想」
「だって非日常じゃん」
「日常でいいです」
「北松はそっちタイプか」
「あなたが異常なだけです」
「否定はしない」
部屋に戻る。
弁当をテーブルに置く。
「いただきます」
「いただきます」
しばらく無言で食べる。
静か。
でも、嫌な静けさじゃない。
「……北松」
「はい」
「またなんかあったらさ」
「はい」
「付き合う?」
誉は少しだけ考える。
「……内容によります」
「冷たい」
「命かかってるんで」
「でも」
「でも?」
「来るでしょ」
シオンが笑う。
誉はため息をつく。
「……たぶん」
「ほら」
「でもその前に」
「うん」
「冷蔵庫空にするのやめてください」
「それは善処する」
「絶対しないやつ」
食後。
ソファに並んで座る。
テレビはついていない。
特に何をするわけでもない。
ただ、時間が流れる。
「……なんか」
誉が言う。
「こういうの、不思議ですね」
「何が」
「最初、ただの変な人だと思ってたのに」
「今も変な人でしょ」
「それはそうです」
「じゃあ変わってない」
「変わってます」
「どこが」
誉は少しだけ考えてから言った。
「……まあ、いてもいいかなって思うくらいには」
シオンが一瞬だけ止まる。
それから、小さく笑った。
「それ、だいぶ進歩じゃん」
「そうですか」
「うん」
少しだけ間。
「じゃあさ」
「はい」
「これからも勝手に来るね」
「やめてください」
「拒否権あると思ってる?」
「あります」
「ないよ」
「ありますって」
言い合いながら、時間が過ぎる。
冷蔵庫は空になった。
でも、部屋は、前より少しだけ賑やかだった。
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