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ab.side
「……阿部、起きて」
んー……。
声がする。
知ってる声。
好きな声。
「……んぅ」
「朝だよ」
……朝。
そっかぁ。
朝かぁ。
頭の中で言葉を繰り返してみたけど、だからといって起きられるわけではない。
むしろ、朝だとわかったことで、もう少し寝てもいい気がしてきた。
だって今日は休みだし。
お仕事ないし。
お外出る予定もないし。
それに。
「……照ぅ」
「ん?」
「……さむい」
嘘ではない。
布団の中はあったかいけど、照の腕がちょっと離れたせいで、なんだか物足りない。
すると、照は何も言わずに腕を伸ばして、俺を自分のほうへ引き寄せた。
ぎゅう。
「これでいい?」
「……ん」
「寒くない?」
「……んー」
「そっか」
照の胸に頬をくっつける。
あったかい。
満足。
……あれ?
なんかおかしくない?
「……てる」
「ん?」
「……おこしてくれるんじゃないの?」
「起こしてるよ」
「……おきてないもん、俺」
「うん」
「……うん、じゃないよぉ」
照が笑った。
胸が揺れるからわかる。
絶対、笑ってる。
「阿部が起きないんじゃん」
「……照がじゃましてる」
「俺のせい?」
「……ん」
「じゃあ、しょうがないな」
そう言って、照は俺の頭を撫で始めた。
……いや。
しょうがなくないでしょ。
起こすなら起こしてよ。
そう思うのに、頭を撫でられると、なんだかどうでもよくなってしまう。
照の手って、ずるい。
大きくて、あったかくて、髪を梳くみたいにゆっくり動く。
気持ちよくて、目が開かなくなる。
「……ねえ、照」
「ん?」
「……ねむい」
「知ってる」
「……あと、ごふん」
「はいはい」
「……ほんとに、ごふん」
「わかったって」
絶対わかってない。
でも、いいや。
俺は照の服をきゅっと掴んだ。
どれくらい経ったんだろう。
気づいたら、照がスマホを見ていた。
片手で俺を抱きしめたまま、もう片方の手で画面を操作している。
器用だなぁ。
……いや、そうじゃなくて。
「……てる」
「ん?」
「……いま、なんじ?」
「十時半」
「…………」
じゅうじはん。
「…………え?」
ぱち、と目が開いた。
十時半?
朝の?
「えっ、待って、俺そんなに寝てた!?」
勢いよく起き上がろうとしたら、腰に回っていた腕に引き戻された。
「わっ」
「どこ行くの」
「どこって、もう十時半じゃん!」
「うん」
「うん、じゃないよ! 朝ごはん!」
「パン焼こうと思ってた」
「思ってた!?」
「うん」
「いつから!?」
「八時くらい」
八時。
八時から十時半まで、照は何をしていたんだろう。
「……照、ずっとここにいたの?」
「うん」
「……なんで?」
照はスマホを置いて、俺の顔を見た。
それから、当たり前みたいに言った。
「阿部がくっついてたから」
「…………」
「起こしたらかわいそうかなって」
「…………っ」
ちょっと待って。
それは。
それはずるい。
「……俺、そんなにくっついてた?」
「すごかったよ」
「うそぉ……」
「俺がちょっと離れようとすると、服掴むし」
「……え」
「あと、腕なくなると探す」
「……えぇ……」
「で、見つけると安心して寝る」
照は楽しそうに笑っている。
俺は布団に顔を埋めた。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
「……もう、やだぁ」
「なんで。かわいかったのに」
「かわいくない!」
「かわいいよ」
「……照、そういうのすぐ言う」
「思ってるから」
……もう。
この人、ほんとに。
俺が何を言っても、結局こうやって甘やかすんだ。
「……照は?」
「ん?」
「……眠くないの?」
「ちょっと眠い」
「……じゃあ、寝ればいいのに」
「阿部がいるからいい」
「……なにそれぇ」
照は笑いながら、俺の頬を指先でつついた。
「それより、腹減った?」
「……すいた」
「パン食べる?」
「……たべる」
「目玉焼きも?」
「……たべるぅ」
「はいはい」
そう言って照が布団から出ようとする。
その瞬間。
……なんか。
急に、寂しくなった。
ほんの少しだけ。
だから、気づいたら口に出していた。
「……まって」
照が振り返る。
「ん?」
「…………」
言ったはいいけど、何を言いたかったのか、自分でもよくわからない。
ただ、もうちょっとだけ一緒にいたかった。
照が困ったように笑う。
「……阿部」
「……ん」
「もうちょっと、くっついてたい?」
…………。
やだ。
なんでわかるの。
「…………ちょっとだけ」
小さく答えたら、照はまた布団に戻ってきた。
そして、俺を抱きしめた。
ぎゅう、と。
さっきより、少しだけ強く。
「はい、どうぞ」
「……ん」
「好きなだけ」
……好き。
ほんとに、好き。
こういうところが好き。
俺が甘えたいときに、何も言わなくても受け止めてくれるところ。
照自身も眠いはずなのに、俺がもうちょっとって言ったら、戻ってきてくれるところ。
「……照」
「ん?」
「……ありがと」
「なにが?」
「……いろいろ」
照は少しだけ黙ったあと、俺の髪にキスをした。
「どういたしまして」
それから、耳元で小さく笑う。
「……阿部、もう五分だけな」
「……ん」
「今度こそ起きるんだよ」
「……わかったぁ」
絶対、起きない。
たぶん照も、わかってる。
だって。
「……おやすみ、照」
「まだ寝るの?」
「……んふふ」
「……ほんと、しょうがないな」
そう言いながら、照の腕は少しも緩まなかった。
結局、俺たちがベッドから出たのは、お昼の十二時を少し過ぎた頃だった。
照が焼いてくれたパンは、ちょっと冷めていた。
目玉焼きは、黄身が少し固くなっていた。
でも。
「……おいしい」
俺が言うと、照は向かい側で笑った。
「そりゃよかった」
「……照のも、ひとくちちょうだい」
「自分のあるじゃん」
「……照のがいい」
「はいはい」
呆れた声。
でも、フォークに乗せた目玉焼きを、ちゃんと俺の口元まで運んでくれる。
ぱく、と食べた。
おいしい。
「……んふふ」
「なに笑ってんの」
「……しあわせだなぁって」
言ったら、照がちょっとだけ目を丸くした。
それから、優しく笑った。
「……俺も」
窓の外は、よく晴れていた。
洗濯物も回していないし、掃除もしていない。
せっかくの休日なのに、午前中はほとんど寝て終わった。
でも、まあ。
こんな日があってもいいよね。
大好きな人と一緒に暮らして。
同じベッドで目を覚まして。
眠いねって笑って。
お昼ごはんを一緒に食べて。
そんな、何でもない一日。
「……照」
「ん?」
「……午後も、いっしょにいてね」
照は少し笑ってから、俺の頭をぽん、と撫でた。
「いるよ。どこにも行かない」
「……ん」
「だから、安心して」
……うん。
安心してる。
だって、ここが俺の帰る場所だから。
それに。
「……照、午後、お昼寝しよ」
「……お前、まだ寝るの?」
「……うん」
「ははっ。いいよ」
笑いながら、照が俺の手を握る。
「一緒に寝よ、阿部」
……やった。
今日もきっと、何もできない。
でも、照が隣にいてくれるなら 。
何もしない休日だって、俺にとっては最高に幸せなんだ。
コメント
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休日はゆっくり寝てたいよね