コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第73話:安心捕獲法 ― サムライの森
秋の朝、霧の立ちこめる山間。
水色の空の下、濃緑の制服に鉄鋼の徽章をつけた国軍――サムライたちが林道に整列していた。
胸のバッジには国軍第三隊《森守隊(シンシュタイ)》と刻まれ、腰には銃の代わりに電磁制御ランス。
隊長の**アサクラ(45)は、日焼けした肌と短く刈り込んだ髪、鋭い目をしていた。
その後ろには若い隊員のヒナタ(19)**が立ち、グレーの防護服にヤマト端末を装着している。
「本日、安心捕獲法第八条に基づき、対象種“クマ・イノシシ”の行動管理を開始する」
アサクラの声に、森が静かに応えたように風が吹く。
ドローンが上空を飛び、緑色のライトが森を照らす。
地面の奥で、タグ信号の反応音が響いた。
「……いた。タグナンバーサンサンイチ、翡翠核式行動制御中」
アサクラが指示を出すと、サムライたちが一斉にランスを構える。
瞬間、森の奥が閃光に包まれた。
スクリーンに「安心完了」の文字が浮かぶ。
ヒナタが息をのむ。
「……終わりました、隊長。逃げませんでした」
「逃げないように設計されている。それが安心というものだ」
アサクラは冷たく言い、ランスを下ろした。
法律の正体
「安心捕獲法」。
表向きは市民保護と生態系維持を目的とした環境政策。
だが実際は、動物の行動タグを通じて山林全体を監視網に組み込むための制度だった。
“翡翠核”を内蔵したタグは、ネット軍(ニンジャ)の管制室と常時接続され、
森の異音・熱源・移動までも記録されていた。
市民は協賛アプリで報告すれば「幸福度ポイント安心イチ」がもらえる。
捕獲はサムライ、監視はニンジャ――
森でさえ、二つの軍に分かれて管理されていた。
市民の反応
街のスーパーには「協賛肉・未来の森シリーズ」が並び、
ポップには「安心捕獲由来・国軍監修」と書かれている。
**サトコ(34)**は淡いベージュのコートを羽織り、笑顔で肉をカゴに入れた。
「これ、人気なんです。“森の安心”を食べて育つって子どもが喜ぶんですよ」
レジではAI音声が流れる。
「協賛ありがとう! 本日も森の安心に貢献しました」
客の端末には「幸福度ポイント安心イチ」の文字が光った。
夜の詰所
森の捕獲を終えたサムライたちは、詰所に戻って報告を終える。
壁のスクリーンには「本日:安心完了12体」「森の幸福度:上昇」。
アサクラは装備を外し、机に置かれた缶コーヒーを見つめた。
「……これで本当に安心なのか?」
ヒナタは笑顔で言う。
「そうですよ。森が静かなら、市民も安心できるんです」
アサクラは窓の外の闇を見た。
月明かりのない森。
風の音すら、記録の中でしか聞こえない。
結末
翌朝のニュースが街頭スクリーンに流れた。
「国軍、安心捕獲任務を完遂。クマ・イノシシ行動域、完全制御へ」
映像の中では、笑顔の子どもたちが「協賛ありがとう!」と唱和していた。
だがその夜、監視網を抜けた一頭のクマが森を歩いていた。
翡翠核タグの光は消えている。
ただ静かに、風と共に――誰にも報告されないまま。