私は、グランツの言葉が飲み込めずに彼を見つめていると、グランツは私に木剣を返すようにと目で訴えかけてきた。
何で? と疑問視か浮かばず、私はグランツの翡翠の瞳を見つめた。すると、グランツは小さくため息をついて、口を開いた。
そして、グランツは私の手から木剣を取り、木剣を地面に突き刺す。
私は、グランツの行動に首を傾げる。
「エトワール様は、魔法の特訓で疲れていると思います。なので、そんな身体で特訓すれば怪我をします」
「そんな、ハードじゃなかったから大丈夫だって!」
私は、そういってグランツが刺した木剣を返してもらおうとするが、彼はそれを渡してくれない。
「まだ、時間に遅れたこと怒ってるなら謝るから! 私に、剣術を教えて欲しい。怒ってるなら、本当にごめんなさい。私が……」
彼が、先ほど口にした疲れているから。なんて私の身体を気遣うような言葉は嘘に聞こえてしまったからだ。
彼の表情からは全くそんなことを感じられない。私を心配しているようには思えなかった。だから、私はてっきりまだ遅れたことを怒っているのだろうと思ってしまった。そう思い、好感度を見るが下落しているわけではないようで、何が起きているのかさっぱり分からなかった。
ただ、グランツは何も言わず黙って私を見ている……ただそれだけ。
「何で……? 急にそんなこと言うの……?」
「……じゃあ、逆に失礼承知で聞くのですが、何故剣術を俺に習おうと思ったのですか?」
「えっ? だから、剣術って格好いいし、魔法以外にも……」
「嘘ですよね」
グランツは、私の言葉を遮るようにそう言った。そして、彼はゆっくりと私に近づく。
冷たい翡翠の瞳で射貫かれ私は身動きできなかった。
何で、そんな冷たい目で見るの? どうして、そんなことを言うの?
私には、全然理解出来なかった。
だって、グランツの好感度は下がってないし……上がってもいない。
私は、彼の視線に耐えきれず俯いた。
グランツの言うとおりである。
剣術が格好いい……これは、嘘ではないがあまりいい理由とは言えない。軽い女だと思われる。
魔法以外に自分の身を守る方法があればいい……これも、嘘ではない。が、聖女が身につけなくてもいいはずだ。だって、防御魔法なるものがあるから。
そう、私はただグランツに教えて貰う過程で彼の好感度を上げようと……
それを、グランツに見透かされてしまったのだ。
「何故、剣術を習おうと……何で俺なんですか?」
そう消えるように呟いたグランツの言葉で私は胸を貫かれるような痛みに襲われた。
私は、思わず下唇を噛む。
「前も言ったように、俺でなくても良いはずです。いや、俺じゃない方がいい……そもそも聖女なのだから、剣術なんて学ばなくてもいいじゃないですか」
「でも……」
「貴方には、必要ないでしょ」
そこまでいって、グランツはハッと我に返り私を見た。
私は、グランツの言葉を聞き唇は震え身体もがたがたと震えていた。そして、頬をツゥ……と涙が伝った。
それに気づいたグランツは顔を青ざめさせ、私に謝罪の言葉を口にする。
しかし、私は何も答えられなかった。
そうして、暫く沈黙が続いた後私の口は自然と開いた。
「……ごめんなさい」
私は、それだけ言い残しその場を後にした。
グランツが、強く私に言った言葉も意味も理解できてしまった。それでも、言われたことが悲しくて苦しくて。
好感度が下がったのか上がったのかも確認できず私はその場を逃げるように走る。
グランツが言いたかったのは『努力』についてだ。
剣術なんてすぐに身につけられるものじゃない。血の滲むような努力を重ね、剣をひたすらに振り続けなければならない。
それを、聖女というだけで軽々と習得できると思わないで欲しい。ということだろう。
軽い気持ちで、学びたいなんて言った私が馬鹿だった。でも、覚悟がなかったわけではない。
グランツと出会った時、騎士であるのにも関わらず平民と言うだけで訓練場で訓練できず林の中で一人まめが潰れるほどに練習をし、その努力を認められずに悔しい思いをしてきたことを知っていた。
努力は必ずしも評価される物ではない。評価されないことがあるのも事実……だが、グランツの場合評価がされないのは平民だから。ただそれだけの理由である。
だから、彼からしたら剣術を教えて欲しいと軽く言ってきた聖女に対して怒りが湧いたのだろう。自分は平民で暇で扱いやすいから、世間知らずな聖女の相手をさせられている。そんな風に思っているに違いない。
私が時間に遅れたことが引き金となったのか、魔法を学んできたからなのかは分からないがきっと彼の中の触れてはいけないところに触れてしまったのだろう。
私にだって分かってる、努力しても認められないこと。その悔しさも悲しさも……
でも、でも……
「あんまりだよ……」
私は走って、屋敷に戻った。
顔をぐちゃぐちゃにして髪を乱し、帰ってきた私を見て使用人達は慌てた様子で駆け寄ってきた。
私の顔を見るなり、皆心配そうな表情をする。
私は、顔を見られないように必死に隠しながらリュシオルを呼んできて頼んだ。頼れるのは彼女だけ……いいや、彼女に話を聞いて欲しかった。それから、使用人達は急いで、リュシオルを呼んできてくれて、私の顔を見て全てを察したかのように彼女は何も言わずに私の手を引き部屋に連れていってくれた。
ベッドに腰掛けた私の隣に座ると優しく背中をさすってくれた。
私は泣きじゃくり、彼女の胸に顔を埋めてわんわん泣いた。
「もう、泣き虫なんだから。今日は何があったのよ?」
「うぅ……ぐずッ……ひぐッ……」
「はいはい、落ち着いて」
リュシオルは、私の頭を撫でながら優しい声で問いかけてきた。
私は、嗚咽を漏らしながらゆっくりと話し出す。
ブライトとあって、グランツと会って……そして、言われた事を全て打ち明けた。
グランツが怒った理由も、私が軽々しく剣術を学びたいと言った理由も…… 私が学びたいといった理由はリュシオルは分かっていてくれたし、大体予想はついたといってくれた。しかし、結果がこうなることは予想していなかったようで彼女も驚いているようだった。
ただまあ、教えないと言われたわけじゃないのでまた話し合う必要があるのだろうけど。
「朝はあんなに嬉しそうだったのに……」
「う……でも、でも」
私は、どうにか言葉で伝えようと口を動かすが涙は止らず上手く喋ることも出来なかった。
何度も深呼吸を繰り返し、やっと落ち着くと私はリュシオルに抱きつき、もう一度ごめんなさいと謝った。
すると、リュシオルは少し困り気味に笑いながらも許してくれた。
そして、リュシオルは私にこんなことを言ってくる。
「大丈夫よ。好感度が下がったわけじゃないじゃない。それに、まだチャンスはあるって」
と、彼女は励ましてくれた。
でもこの時気づいてしまった。
リュシオル、蛍と出会ったのは高校でそれまでの私を彼女、遥輝も含め知らない。私がどんな家庭で育ちどんな風に生きてきたか。
思い出したくもないし話したくもないから話したことなかったけど……それを知らないから、頑張れなんて言えるんだ。と、自分から話を聞いて貰いながら思ってしまい、私はリュシオルに申し訳ない気持ちになった。
だから、私は作り笑顔を浮べリュシオルにもう大丈夫だよと笑ってみせた。
「心配してくれてありがとう」
「いいのよ。また何かあったら言って」
そういって、リュシオルは仕事があるからと出て行ってしまった。
一人になり、私はため息を吐いてベッドの上に寝転がる。天井を仰ぎ、目を閉じた。
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