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幸い、風子の部屋は一階だったので、あとはスムーズに運べた。
「片付いたら、遊びに来てね~」
内心、いつ、片付くんだろうな、あの家、と思いながら、のどかが言うと、
「行く行く。
私、猫好きだし。
どんな猫?」
と運び終えてホッとしたからか、機嫌よく風子が訊いてきた。
「いや、それが、猫、見たことはないんだよね~。
でも、いつも何処かから、カリカリカリ爪を研ぐような音が聞こえるから、何処かに居ると思うんだけど」
家の中じゃなくて、裏庭とかに居るのだろうかな、と思いながら、のどかは答えたが、風子は、
「……あんた、それ、ネズミじゃないの?」
と言う。
「でも、キャットフードを置いてたら、食べてたから猫なんじゃない?」
「じゃあ、ドックフード食べてたら、犬で、ハムスターの餌食べてたら、ハムスターで。
生肉食べてたら、ライオンかっ」
と風子がキレる。
「どうせなら、カピバラがいいなあ」
とのどかが言うと、風子が、
「じゃあ、私、コツメカワウソ」
と言う。
何故か、なんでも飼えるなら、なにがいいかという話になり、お茶を飲んで、五千円の入った封筒をもらい、のどかは帰った。
猫だか、ねずみだかわからないものが住み、前の住民が夜逃げしたらしい古民家に。
「社長、なんでのどかさんに、あやしい古民家を紹介したんですか?」
まだ社員が多くなく、みんながいろんな役割を兼ねているせいで、特に秘書というものは居ないのだが。
だいたいの秘書的仕事をしている北村が、さすがに人の少ない連休後半の会社で、貴弘にそう訊いてくる。
貴弘より少し年下の清潔感のある若者だ。
「あばら屋暮らしが嫌になって、そのうち、自分のところに来てくれるんじゃないかとか思ってます? 社長」
と年が近いが故の気安さで北村が笑って言ってくる。
「そういうわけじゃないが……」
と言いかけた貴弘に、
「でも、のどかさんって、そこで、音を上げたりしそうにない人のような気がするんですけどね~」
と短い間ではあったが、のどかと一緒に仕事をやり遂げた北村が小首を傾げて言ってくる。
……確かに、鼻歌歌ってタブレットで調べながら、リフォームとかしてそうだ。
「夜食でも差し入れついでに、様子を見てくるよ」
のどかを自分のところに呼び寄せたいから、あやしい古民家を紹介したんだろうという北村の推理を否定も肯定もせずに、貴弘はそう言った。
はい、と北村が笑う。
怯んでは駄目だ。
もう、此処が自分の家なのだから。
のどかはその、よく言えば、古民家、悪く言えば、あばら屋な日本家屋の前に仁王立ちに立っていた。
まだアパートの契約も切れていないので、あっちで寝てもいいのだが。
早く此処を整えておきたいので、冷蔵庫を運んだあと、こちらに帰ってきたのだ。
またお隣さん居ないな、とL字型になっている家の東側を見る。
お隣は、今日も真っ暗だ。
なんの仕事してる人なんだろうな……。
玄関に置いておいたお蕎麦はなくなってるから、家に帰ってきてはいるんだろうけど。
自分もあまりこちらには居ないせいか、今まで一度もお隣さんと顔を合わせたことはなかった。
それにしても、大きな家だ、とのどかは、いつ建てられたものなのかわからない古民家を見上げた。
古いが、これで一万円なら破格の値段かな、と思う。
荒れ放題だが、広い庭もついているし。
シロツメクサっぽいものがたくさん生えていて、可愛らしい感じではあるが、まあ、雑草まみれだ。
草引きめんどくさそうだな~。
人工芝でも貼ろうかな。
いやいや、それより、草が伸びきるまで待って、上を草刈機で刈りそろえたら、芝みたいにならないだろうか、と風子たちが聞いていたら、
「ならないわよっ」
と叫んできそうなことを思いながら、昔式の古い鍵を手に玄関前まで行った。
すりガラスの玄関扉の横にある、木の赤い郵便受けも、その下の青い牛乳入れも年代物で、いい味を出している。
まあ、赤と青なんで、遠目に見たら、信号機のようだが……。
外灯はついてはいなかったが、月明かりで手許も充分見えた。
だが、鍵を開けてもすぐには入る気にならず、つい、外から家の中を窺う。
猫ではなく、ネズミが居ると言われた家の中を。
玄関横に見える、家をぐるりと取り囲む縁側のような廊下。
その廊下の厚ぼったい昔のガラス戸の向こうには、煮しめたような色の古いカーテンが下がっているのだが。
閉まりきらなくて、微妙に隙間が空いているのが怖い。
なにかが覗いていそうだ。
なにか……。
なんだろうな。
恐ろしいものを想像しそうになって、その姿をシッポにピンクのリボンをつけたマンガ的なネズミの姿とすり替える。
そうそう。
居るのは、ネズミ。
ちゅう、と暗い屋敷の中で鳴くネズミを想像し、よし、と玄関扉に手をかけたが、よく考えたら、なにも、よし、ではなかった。
家の中をネズミが闊歩していて、いいわけはない。
でもまあ、とりあえず、幽霊とかでなきゃいいや、とのどかは思っていた。
それでは――
「いきますっ」
と自分の家に入るのに、気合を入れながら玄関扉に手をかけたとき、
「おい」
と誰かが肩を叩いた。
ひーっ!
とのどかは闇夜をつんざく悲鳴を上げる。