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さっきまでお腹を抱えるように笑っていた師匠も一瞬で強面の老騎士の顔となる。
クリス殿下が周りを見渡してから、あっちにと無言で人がいない方を指差す。
わたしも師匠も無言でクリス殿下についていく。
「すみません。少し気になったことがありまして」
クリス殿下はまた周りを見回し、警戒しているようだ。
「さっきのマッキノン王とシャンディや師匠のやり取りを私は少し離れたところにいましたので、読唇術で読んでいました」
「えっ?」
横にいる師匠を見ると、王族ではそれは普通のことなのか平然としていて、真剣な表情で頷いている。
「マッキノン王はカーディナル殿下がクーデターを起こすことを知っていたようでしたがそばでなにか感じましたか?」
やっぱりそのことね。
「クリス殿下、私見ですがマッキノン王はクーデターとその先に起こることを予想していたように思います。何かしら目的があって、最後の方はわざと戦鬪狂を装っているように感じました」
「なるほど。マッキノン王とシャンディのあの会話だね」
「ええ。王派軍をまとめて今回で処分したかったのではと言ったところ、表情が変わりましたので」
「そうか…」
腕組みをしながら、じっとこのやり取りを聞いていたシャムロックも口を開く。
「同意見だ。王はどこかのタイミングで事前にカーディナル殿下のクーデター計画を知った可能性がある。知った上で王派軍の出陣の策を練り、作戦のように見せかけて軍を分けて弱体化させた。砦に攻めてきた人数が思った以上に少ないことを考えれば、ここで王派を全滅させる作戦だったんだろう」
クリス殿下の表情が冴えない。
「ありがとうございます。確信が持てました」
麗しい方が何人かと共にこちらに歩いて来て、クリス殿下の肩をポンっと叩く。
「カーディナル」
「クリスもお疲れ様。いろいろすまなかったね。そちらは?」
「俺の師匠兼元近衛騎士でいまはこの砦の責任者のシャムロックと我が国のガフ領主のご令嬢のシャンディだ」
「お初お目にかかります」
ふたり同時にニコラシカ流ではあるが、右手を胸に当て騎士の礼をする。
「そう、畏まらないでください。申し遅れましたが私はマッキノン国の皇太子カーディナルです。お二方にお礼を述べなければなりません。父の愚行を止めていただきありがとうございました」
柔らかな物腰で穏やかに微笑むカーディナル殿下は眩しいぐらいの金髪で翡翠の色の瞳の見目麗しいお方だ。
わたしの方をもう一度見ると、珍獣を見つけたかのような好奇心でいっぱいの瞳を向けられた。
「シャンディ嬢、父が下手くそな芝居で貴女の大事な髪の毛を切ってしまって申し訳なかった」
「お気遣い頂き、ありがとうございます。でもカーディナル皇太子殿下に謝罪して頂くほどのことではありません。わたしは騎士ですし、髪の毛はすぐに伸びてきますので」
ん?下手くそな芝居?
カーディナル殿下を思わず怪訝な表情で見てしまった。
「なるほどね。このクリスが惚れるのもわかるな。勘も良いんだね」
カーディナル殿下がポンポンとまたクリス殿下の肩を叩くと、クリス殿下がカーディナル殿下をひと睨みした。
カーディナル皇太子殿下が目を丸くしながら、クスッと笑って肩をすくめて「クリス、怖いよ」とクリス殿下を小声で窘める。
クリス殿下とカーディナル皇太子殿下の関係はこんな感じで気の置けない仲なことが見て取れた。
「カーディナル、気づいたのか?」
「ああ、ヤツの「芝居」は酷かった」
「まさか、クーデター計画を知っていて、逆に乗っかられるとはな」
「やっぱり…こちらの情報が漏れていたのか…」
お互いが顔を見合わせて、難しい顔をしている。
「僭越ながら、私の意見を述べさせていただきます。王はずっとこうなるタイミングを待っていたのでしょう。だから情報の網を張っていた。最後は戦争に常に前のめり者を処分して、カーディナル殿下に平和な形で国を渡したかったのではないでしょうか」
誰もが師匠の言葉に異論を言うものはいない。
少しの沈黙が続く。
沈黙を破るようにガフ領の騎士団長と隊長がやって来た。
「お話し中に申し訳ありません。クリス殿下、ラスティが戻って参りました。間もなくご到着されるとのことです」
「カーディナル、このタイミングですまない!作戦通り兄が来た。黙っていたがこうなると思っていなくてお土産付きだ」
「土産?」
カーディナル皇太子殿下もお土産には心当たりがないのだろう。不思議そうにしている。
クリス殿下が指差した遠くの方向にニコラシカ国の近衛軍とそれに守られるように1台の馬車が見えた。