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#恋愛
ばたっちゅ
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meyu0530
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旅行から戻ってきてしばらく。伊織さんが学会出張で家を空けることになった。本来なら日帰りも可能だが、朝一での発表準備があるため、今夜病院からそのまま最終の新幹線にて大阪へ発つとのこと。
仕事で帰って来れないことはあるものの、こうして予め帰って来ないとわかると寂しさを感じ、玄関先まで見送った。
「緋真は今日実家に帰るんだったか」
「うん。仕事の後そのまま向かうよ」
「わかった。気を付けて」
実家までは電車を乗り継いで一時間弱。さほど遠くはないが、引っ越してからはなかなか顔を合わせる時間もなく、伊織さんの出張のタイミングで会いに行くことにした。
靴を履き終えた伊織さんにひらひらと手を振ると、彼は思い出したように振り返る。
そして――
「危ないな。忘れ物をするところだった」
「え? んっ……」
腕を引かれ唇が重なると、急かすように唇を割って入った舌が、前歯をすり抜けて奥で絡み合う。
朝の見送りのキスにしては長く深い口づけのあとで、鼻先同士がちょんと触れた。
「……ずっとこうしていたい」
「でも、もう行かなきゃ……」
「ああ、名残惜しいけど行ってくる」
「い、行ってらっしゃい」
涼しい顔で伊織さんが出て行ったあと、玄関の鍵を閉めるとその場にへたりとしゃがみこんだ。
「甘すぎるよ……」
伊織さんは旅行のあとから、惜しみなく愛を注いでくれる。行ってきますのキスなんてベタなことは序の口で、夜だって唇が渇く音すらも聞こえてしまうほど、近い距離で眠っている。
そして事あるごとに「可愛い」「綺麗」だのと、愛でる言葉と共にスキンシップをくれるから、その度に私はたじたじになっていた。
おかげさまで私は彼の飴なしでは生活できない体になりかけていて、二日ほどでも家を空けるだけでも寂しくて仕方がない。
突如変わってしまった、新婚生活に気持ちがついていかない。だけど、彼の一挙一動が心をときめかせるのは紛れもない事実で、毎日胸がいっぱいだった。
「仕事行こう……」
幸せを噛みしめるかのように、ぐっと速まった胸の鼓動を抑え込む。気持ちを切り替えると、リビングへと戻った。
◇
その日の授業終わり、帰宅前に定期的に発生する食材の在庫チェック作業を行う。使用する食材の賞味期限だけでなく、傷みがないかや鮮度が保たれているのか確認することは大切な作業のひとつである。
チェックリストに記載を入れ終わりひと息つくと、調理器具の消毒を終えた郁ちゃんが、口元の緩みを隠しきれないといった様子で近づいてくる。彼女とは旅行直前に会ったのが最後で、まだ伊織さんとのことは何も報告はできていなかった。
「ふふふ~、その様子じゃ上手く行ったんだね?」
「え!?」
「もう、全身からにじみ出てるよ? 幸せオーラ!」
そう言って揶揄するように肘で突かれる。自分でもわかっていた。ふとした時に伊織さんのことを思い出すと、言葉では表現できないものがこみ上げてきて口が緩む。
ここまで彼のことばかり考えるなんて。好きに上限がないことを、この年になって初めて知った。
「あ、またにやけてる~」
「ご、ごめん。おかげ様で上手く行ったよ……」
「やっぱり~! 早く話聞きたい~! でも、緋真ちゃんはもう上がりだもんね?」
「うん、実家に帰るんだ。だから、また今度ゆっくり」
どちらにしろ、郁ちゃんと話すのは少し先になりそうだ。彼女は残念そうに息をついたあと、「超楽しみにしてる!」と無邪気な笑顔を浮かべた。
そんな風に、ハードルを上げられるとプレッシャー……。
それでも惚気ることがあるというのは、幸せなことで。その事実にまた嬉しくて心が躍った。
◇
仕事を終えて、郁ちゃんよりも一足早く教室を出る。エレベーターを降りると、ビルの入口を出たところに見覚えのある女性がおり、一瞬呼吸が止まった。
彼女は私を見るとゆっくりと歩み寄ってくる。明らかに私を待っていたような雰囲気だ。
「智美さん……」
「今少しお時間いいですか?」
智美さんの口角はしっかりと上がっているが、目は笑っていない。今日は教室の予約も入っていなかったし、一体何をしに来たのか。
伊織さんとの件があり、これ以上彼女と関わりたくはないのに。
「すみませんが、これから用事があるので……」
そそくさと逃げようとすれば、「すぐ済むので」と、圧をかける声に肩を震わせた。
「緋真先生も、私に付きまとわれたくはないでしょう?」
「っ……」
言うことをきかなければ、何度も会いに来るという口ぶりだ。
これは今後の為にも言うことを聞いておいたほうがいいかもしれない。諦めて頷くと、彼女に向き合った。
「……本当に用事があるので、少しでしたら」
「もちろんそのつもりです。私も長く話したくはないので。今日は、緋真先生にお願いがあって来ました」
道行く人々が行き交う中、周りに目もくれず智美さんが口を開く。
「お願いとは?」
「単刀直入に言いますけど、伊織先生と離婚してください」
「は……」
「お二人がお見合い結婚だということは知っています。今どきお見合いなんて……緋真先生も他に結婚したい方がいらっしゃったのではないですか? 心中お察しします」
彼女に何の権利があって、こんなことを言っているのだろうか。突拍子もない発言に、開いた口が塞がらないというのはこのことだ。
私が何も言わないのをいいことに、智美さんはまた言葉を続ける。
「伊織先生だって、同じ気持ちだと思うんです。だけど彼はとっても優しいから、受け入れるしかない……だから緋真先生から言ってくれませんか? 幸いまだお二人は結婚されたばかりですし、お互い傷は浅いうちのほうがいいですよね。長く一緒にいれば情が湧いてしまいますから」
「……えっと、ごめんなさい。そんなことあなたに言われる筋合いはないですし、私は離婚なんてするつもりはないので」
「この結婚が伊織さんを苦しめてるとしても、同じことが言えますか?」
苦しめる……? どうして、そんなこと。
「夫婦のことなので、智美さんには関係ないですよね? そういうお話ならこれ以上は何も言うことはないので、失礼します」
軽く会釈をして、智美さんの横を通り抜ける。
けれど、次に放たれた彼女の言葉に耳を疑った。
「伊織先生は、緋真先生が可哀想だから結婚してあげたんですよ。被害者ぶって彼の弱みに付け込んで、何とも思わないんですか?」
「何、を……」
“結婚してあげた”とか、“弱みに付け込んで”とかそんな言い方。私が何をしたっていうの……?
「何の話か見当もつきませんみたいな顔して、白々しいにもほどがありますよ。全部計算のうちだったんですよね? そうでもなければ、伊織先生があなたとの結婚に前向きになるわけないじゃないですか。病院長の娘である私と結婚したほうが、今後の彼のステータスにもなるんですから」
「すみませんが、本当に何を仰ってるのか――」
「火傷の痕。それを理由に伊織先生に責任をとらせたんですよね」
「え……」
智美さんがなぜ、私の火傷のことを知っているのだろうか。それに伊織さんに責任をとらせたって――
「聞いたんです。伊織先生が幼いころに怪我を負わせてしまった女性と結婚するって。本当は彼が帰国したあと、私とお見合いをする予定だったのに。全部全部台無しですよ。もう二十年以上も前のことでしょう? そんな大昔の……子供のころの事故で伊織先生を一生縛り付けるなんて、許せない」
先ほどから私は何を言われているのか、よく理解できない。
火傷の痕が、伊織さんのせい? 伊織さんはそのことに負い目を感じて私と結婚した?
そんな話、聞いたこともない。ただの彼女の妄想だ。
そう思いたいのに――なぜか否定できない自分がいた。
「とにかく、私が伝えたいことは以上です。本当に伊織先生のことを思うなら、すぐに別れてください。責任を負って結婚するなんて、あまりにも彼が可哀想なので」
智美さんはそう言い切って、踵を返す。道行く人たちは、驚くほどに私たちを気にも留めない。ガヤガヤとした街の雑踏の中、しばらくそこから動けずにいた。
◇
智美さんと別れたあと、未だ整理ができていない頭を抱えながら、牛歩のごとく実家へと帰省する。母は変わらず明るい笑顔で迎えてくれたものの、私を見てすぐに何かを察したようだった。
「お父さんは?」
「今日は遅くなるって。先にご飯食べる?」
「うーん、あまり食欲なくて。あ、これお土産」
伊織さんと行った箱根のお土産の和菓子を手渡すと、母は微かに目を見開いた。
「あら、箱根。もしかして伊織さんと?」
「そうだけど」
「そう……懐かしいわね」
母は箱を眺めながら目を細める。いつか家族で行っただろうか。
「それじゃあ、お茶でも出そうかしら。ちょっと待ってて」
「うん……」
自分の部屋に荷物を置いてリビングへ降りると、食卓にはすでにお茶と先ほどのお菓子が並べられていた。
母に促されるままに椅子につくと、母は「それで」と話を切り出した。
「伊織さんと喧嘩でもした?」
「え――」
「さっきからぼうっとしてるし。上手く行ってるの?」
「……たぶん」
数時間前までは、上手く行っていると言いきれた。だけど智美さんに会ってから、胸のざわめきが消えてくれない。
「あんなに素敵な方と結婚できたんだから、迷惑かけちゃダメよ? 夫婦なんだから、喧嘩のひとつやふたつあるだろうけど」
「わかってる。喧嘩とかじゃなくて……その……」
智美さんが言っていた、火傷のこと。母に聞けば何か分かるかもしれない。
確か、伊織さんとは幼いころに会ったことがあると言っていたから。
「あのさ、私と伊織さんって、昔会ったことあるんだよね?」
「え? ええ……」
「それっていつのこと? どこで?」
「どうしてそんなこと、急に……」
私が食い入るように尋ねると、母は困ったように眉を寄せる。まるで、これ以上は聞いてほしくないというように。
「教えてほしいの。私の火傷の痕と伊織さん、何の関係があるの?」
毅然とした態度で問えば、母の瞳が揺れる。その表情から、伊織さんが無関係でないことは明らかだった。
「ある人に言われたの。伊織さんは、私に怪我を負わせたことに責任を感じて結婚したって」
「誰がそんな――」
「ただ真実が知りたいの。私だけが何も知らないなんて気分が悪いし。ちゃんと伊織さんとも話すから、お願い」
「それは……」
本来なら伊織さんに直接聞くべきことだとはわかっているが、あいにく彼は不在だ。
母は言い淀んだあとで、諦めたように息を吐いた。
「……いつかは気付くことだものね」
「それじゃあ……」
「緋真の言う通り、その火傷は伊織さんと一緒にいるときに負ったものよ。あなたが四歳のころだったかしらね……」
遠い昔を思い出しながら、母がぽつりと語り出す。私は何も言わず、ただ母の言葉に耳を傾けた――
コメント
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もうね、冒頭の甘ったるい夫婦の空気から一転して、智美さんの「離婚して」って爆弾発言で心臓止まるかと思ったわ…。しかも火傷の痕が伊織さん関係って、緋真が知らなかった事実が出てきて「え、待って」ってなった。母も隠してたっぽいし、ますます気になる展開すぎる! でも緋真がちゃんと話そうとしてるのが偉いし、早く次で伊織さんと直接話してほしい🔥