テラーノベル
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付き合ってから半年。年末の休みを利用して、二人は数年ぶりにあの温泉地を訪れていた。
意外にも昴は記念日を大切にしたいタイプだったようで、一か月記念日から毎月二人でケーキを食べた。しかし半年の記念日は思い出深いものにしたいと、二人が再会したあのホテルに宿泊することになったのだ。
今回は和洋室の部屋で、畳が敷かれた部屋の奥には襖で仕切られた寝室があり、そこにはベッドが二台並べられている。
「前回泊まった時、私は和室で、昴くんは洋室だったよねぇ。和洋室は初めてだから新鮮」
「広さもあるし、だいぶゆっくり過ごせそうだな」
「どうする? ホテルの周りを散策する? それとも温泉に入りにいく?」
「散策に行くとカメラばっかりになるからなぁ。ちゃんと二人の写真を撮るならいいよ」
まだ付き合うということに慣れていなかった頃、つい風景や昴の写真を撮ることに夢中になってしまうことがあり、もっと手を繋ぎたいという昴が拗ねてしまった。
付き合う難しさを感じながら、あのドライな昴の乙女のような一面を知って、更に可愛いと思う自分がいた。
「だ、大丈夫! 思い出写真、たくさん残すから」
久しぶりの旅行とあって、ウキウキした様子で窓に近寄ると、外には小さな庭園が見えた。遊歩道の横を小川が流れ、懐かしくて昴に手招きをした。
「あそこでお喋りしたの、覚えてる?」
「覚えてるよ。俺から声をかけたし。それで夜には七香を抱きまくったんだよな。本当に懐かしい」
「……言い方が露骨すぎる」
口を尖らせた七香に昴はキスをした。そのたびに顔を真っ赤に染めるのだが、口を尖らせる癖は治らず、このキスはほぼ定番となっていた。
すると昴は、窓のそばに置かれた椅子に腰を下ろすと、向かい側の椅子に座るよう七香を促す。言われた通りにすると、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳に捕らわれ動けなくなった。
「七香に言いたいことがあって」
「えっ、なぁに?」
すると横に置いていたカバンの中から、小さな小箱を取り出したのだ。その小箱に見覚えがあった七香は、思わず口を閉ざして視線を逸らした。
「もちろん、見覚えあるよね」
それは初めて昴と会った夏に昴に買ってもらったネックレスだった。レモンのネックレスは、今日も七香の胸元で揺れている。
「これ、開けた形跡がほとんどないんだけど」
「う、うん……実はまだつけたことがないんだ」
「どうして?」
そう聞かれて口ごもった。もちろん明白な理由はあるが、それを口にするのは少しはばかられる。話すためには早紀のことに触れなければならず、それは自分にとっても昴にとっても、良いことに思えなかったのだ。
「つける自信がなくて……」
「自信?」
「それを買ってもらった時の私はまだ子どもで、なのに……その……早紀さんに張り合ってるみたいで恥ずかしくなったの。昴くんもそう思ったから、このレモンのネックレスをくれたんだろうなって……」
きっとこのネックレスもトラウマの一つだったに違いない。だって昴と付き合い始めても、このトラウマは消えることがなかったから。
まるで自分の幼さを表しているような気がして、見るだけで辛くなってしまう。それは大人である早紀に対する、到底及ばないという劣等感にも近いものだった。
白山小梅
12
#借金
「あの時、七香は張り合おうって思ったわけ?」
「まさか! 純粋に可愛いと思ったよ!」
「俺だって、七香に似合いそうだって思ったからプレゼントしたんだけど」
「えっ、でも、じゃあこのレモンのネックレスは……?」
「七香っぽい気がしたから。現に今だって、七香っぽくて似合ってる。でもこっちのネックレスだって、俺は七香に似合うと思ってる。というか、なんとなく……見えたわけじゃないけど、大人になった七香にも似合う気がしたからプレゼントした。でもそれは俺の押し付けになっている気がして……だからあの時の七香のイメージにぴったりだと思ったこのレモンを、言い訳のつもりで買ったのかもしれない。そのことが七香を悩ませたのならごめん」
「このレモン、昴くんが本当の私を見てくれたってことだよね……そう思うとすごく嬉しい」
七香は昴がテーブルに置いたネックレスの箱ををじっと見つめた。もしかしたら今ならつけることが出来るかもしれない。
スッと手を伸ばし、小箱を手に取る。緊張で少し強張る指先に力を入れて箱を開けてみると、中にはあの時と同じ輝きを放つネックレスが鎮座していた。
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