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「みなみ?」
お腹を見つめる私に、侑哉はそう呼びかけた。
あの夜から、侑哉は『姉ちゃん』から『みなみ』と呼び方を変えた。
電子レンジのタイマーが鳴り、侑哉は立ちあがると同時に私の隣に歩み寄り立ち止まった。
「俺がいるよ。俺はどんなみなみでも、大好きだよ」
――泣かないで。
――泣かないで。
侑哉の瞳は、そう悲しげに叫び、揺れている。
子どもの様に叫んでいる。
肩に触れた手に、緊張が走った。
肩の温もりが、ゆっくりお腹をなぞったと思うと、今度はうなじにその温もりが感じられた。
「みなみ……」
そう耳元で囁かれ、甘い麻薬をかがされた気分だった。
あの夜だけの誤りで、お互い忘れて無かったようにしたら、普通の姉弟に戻れると思っていた。
なのに、また、触れたら。
もう一度触れてしまったら、――今度こそ戻れない。
そう思い、顔を上げられずにいたら、テーブルの上のスマホが振動し始めた。
グォングォンと上下に揺れ、ゆっくりとテーブルの隅へ動いて行く。
慌ててスマホを持って、その振動を止めた。
『――もしもし』
止めたと同時に、電話を取ってしまったことにとてもとても後悔してしまう。
『もしもーし。固まってんのか、蓮川』
電話越しの声は、退職して以来会っていない上司の声だ。
ちょっと鼻につくような甘く低音で喋る、この声。
いつもセットでいたから忘れるわけない。
『話は、あのクソマザコン野郎から聞いた。てか、吐かせた。あいつは制裁しといたよ』
フーッと煙草の煙を吐く音が聞こえるのは、橘部長が重度のヘビースモーカーだから。
一緒に仕事していても煙草は何箱も持ち歩いていた。
でも、なんで橘部長が私なんかに……。
『取り合えず、今からそっち向うから』
「えっ?」
『えっじゃねーぞ。何を尻尾巻いてんだ。お前は俺の部下だろーが。勝手に負けてんじゃねーぞ』
「あ、いや、待って下さい。橘部長」
『話は着いてから聞いてやる』
そう言うと、電話は乱暴に切れてしまった。
一方的な、会話らしい会話も無く電話は切れた。