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猫とろ
749
星キラリ

2,012
#エターナル・コウタ・ブリザード
鬼霧宗作
196
45
取調室に残された俺は、ゆっくりと息を吐き出した。静寂の中、蛍光灯のブーンという低いノイズと、窓を叩く雨音だけが部屋を満たしている。
俺は卓上に並んだ血まみれの現場写真を、指先で静かになぞった。殺害された男の歪んだ顔。壁に残した血のサイン。鑑識の目を欺くために施した数々のトラップ。
「……完璧だ」
小さく呟いた声が、防音壁に吸い込まれて消える。
胸の奥で渦巻いているのは、矛盾した二つの感情だ。
一つは、市民の安全を脅かす巨悪を排したという、純粋な警察官としての達成感。
もう一つは、警察組織全体を手のひらの上で踊らせているという、冷徹で暗い愉悦。
俺にとって、この二つは相反するものではない。法の手が届かない悪を、法の外側から確実に裁く。警察官という立場は、裁きを下すための「最高の標的情報」を得るツールであり、同時に自らの罪を完全に隠蔽するための「最強の盾」なのだ。
パイプ椅子から立ち上がり、手帳を胸ポケットに収めると、俺は取調室のドアノブに手をかけた。
廊下に出ると、慌ただしく行き交う署員たちの足音と電話のベル音が響き渡っていた。捜査本部は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
「シオン巡査!」
声をかけてきたのは、鑑識課のベテラン・佐藤さんだった。手に持った透明な証拠品バッグを掲げている。
「さっき現場の路地裏から回収した吸い殻の解析が出たぞ。DNAは検出されなかった。綺麗に拭き取られてる。……お前の言う通り、相当なキワモノだ」
「そうですか……」
俺は真面目な顔を作り、悔しそうに眉をひそめた。
「やはり、手がかりはゼロですか」
「ああ。だがな、一つだけ気になることがある」
佐藤さんは声を潜め、俺に近寄った。
「被害者の首筋に残っていた第一打の角度と力加減だ。あんな完璧な急所への叩き込み、並の人間にはできん。警察学校で教わる自衛術、それも特科連隊レベルの体術に酷似している」
俺の心臓が、トクンと小さく脈打った。
(……さすがはベテランだな。だが、そこまで辿り着いても俺には届かない)
「警察関係者の線も、視野に入れるべきでしょうか」
俺が静かに尋ねると、佐藤さんは苦笑いして手を振った。
「バカ言え、身内にそんな化け物がいるわけないだろ。漫画の読みすぎだ。よし、俺は本部に報告してくる」
背中を向けて歩き去る佐藤さんを見送りながら、俺はポケットの中で静かに拳を握りしめた。
危機感? いや、違う。
このヒリヒリとした緊張感こそが、俺を覚醒させる。
署の玄関を出ると、冷たい雨が顔を打った。
ジャケットの襟を立て、雨の街へと足を踏み出す。
警察官として事件を追い、犯人として警察の裏をかく。
次はどんな「正義」を執り行おうか。
雨の止まない街の雑踏に紛れながら、俺の口元は誰にも気づかれないよう、滑らかに吊り上がっていた。
コメント
1件
うわ……これはゾクッとくる展開ですね。警察官でありながら自ら殺人を犯し、なおかつその立場を利用して証拠隠蔽するという二重構造がもう見事です。特に佐藤さんが「特科連隊レベルの体術」と気づきながら「身内にいるわけがない」と笑い飛ばすシーン、読んでてヒヤリとしました。主人公の「完璧だ」というつぶやきと、ラストの口元が吊り上がる描写で、この人の正義感が完全にねじれて愉悦になっているのが伝わってきて、続きが気になりすぎます!