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瞼を開くと、青い空に白い雲が浮かんでいた。
そのままぼんやりと流れゆく雲を眺めていると、
「先輩、目が覚めましたか?」
視界にひょっこりと顔を覗かせたのは、鐘撞さんだった。
鐘撞さんはわずかに眉をひそめ、僕の顔の前で手のひらを振ってみせる。
僕は「う~ん」とひとつ唸ってから、ゆっくりと道路に手をつき、上半身を起こした。
「……ここは?」
辺りを見回してみれば、僕と同じように上半身を起こす真帆と、そんな真帆の背中を支えている肥田木さんや榎先輩の姿、そしてそのすぐそばには学校の校門が見えた。
その校門の傍らには、乙守先生と井口先生、そしてほっと胸を撫で下ろすアリスさんたちが並んで立ち、僕らを見つめていた。
何故かその口元には、笑みが浮かんでいる。
ぼんやりとした意識の中で、はてさて僕らにいったい何が起こったんだっけ、と記憶の糸を手繰ってみた。
朝、真帆と一緒に登校していて、いつの間にか周りの人が居なくなっていって、紫色の雲が立ち込めてきたかと思うと白い魔女の服を着た乙守先生が現れて認定試験を――
……それから?
そう、あちら側と呼ばれるところ、忘却の森、だっけ? に、いつの間にか僕らは乙守先生によって(たぶん)誘い込まれて、これから真帆の中の夢魔を乙守先生の中へと抜き出すんだって言われて、光に包み込まれ――いやいや、その前に榎先輩や鐘撞さん、肥田木さんが続々と集まったんだった。僕らはそんな乙守先生に対抗しつつ逃げに逃げて、ええっと、ええっと……何だか見たこともない化け物を見て、襲われ――はしなかったっけ? あれ? どうだった? 襲われた? 襲われなかった? そもそも、どんな形の化け物だったんだ? 乙守先生はなんて言っていた? 何をしようとしていたんだっけ? そう言えば、アリスさんはいつから居たんだっけ? どうしてここに……?
ダメだ、記憶がまとまらない。起きた順番が思い出せない。いったい、何が何だかさっぱりだ。思い出そうとすればするほど、だんだん記憶にもやがかかっていくような不思議な感覚。
「――ユウくん、大丈夫ですか?」
真帆が自身の頭を手で軽く押さえながら、目を細めてこちらを向いた。
僕は首を横に振ってから、
「何が起きたの?」
「わかりません。たぶん、忘却の森で、色んな記憶を失ってしまったんじゃないかと」
みんなはどうですか? と榎先輩たちを見渡す真帆に、榎先輩は首を傾げつつ、
「たぶん、多少は覚えてる、と思う。少なくとも、真帆たちが眩しい光に包まれた辺りまでは。ふたりはどう?」
「私も、そこまでしか…… 目覚めたら、みんなして道路に倒れていたので……」
鐘撞さんは答え、肥田木さんに視線を向ける。
肥田木さんも困ったように眉を寄せて、どこか慌てた様子で、
「わ、わわ、私も、結局、何が何だか――」
「まぁまぁ、いいじゃない、みんな無事だったんだから」
そんな言葉と共に、乙守先生がこちらに歩み寄ってくる。
「あの程度の時間で忘れるようなことなら、そんな大したことじゃないわよ」
あまりにもあっけらかんというものだから、何だか全然釈然としない。
わざわざあんなところで真帆の認定試験なんてやる必要――
「――認定試験」
そこでふと、僕は声に出していた。
「そうだ、真帆の認定試験は? 結局どうなったんだ?」
「あ、そうですそうです!」
と真帆も声をあげる。
「私の試験の結果は? 夢魔は? 魔法はっ?」
真帆は慌てたように手のひらを掲げ、短く何か呪文を唱える。
その途端、くるくると地面に落ちていた木の葉を巻き込むように、真帆の手のひらから小さな風の渦が巻いた。
それを見て、真帆はほっと胸を撫で下ろした。
魔法が使えるってことは、夢魔はまだ真帆の中にいる――ということで良いんだろうか?
確かめるように乙守先生に視線をやれば、乙守先生はにっと笑って、
「認定試験? あなたの認定試験は、まだこれからよ?」
その途端、真帆がその眼をぱちくりさせる。
「……はい?」
「言ってみれば、アレはあなたに対する腕試し、実技試験ですらない。あなたには、これからちゃんとした筆記試験を受けてもらうわ」
「……ひ、筆記試験?」
「そうよ。当たり前でしょう? 認定試験は、これから魔法というものと付き合っていくあなたの心構えや基礎知識を試すもの。協会の取り決め、ちゃんとお勉強してきたはずでしょう?」
「……これからって、いつからですか?」
「今からよ。保健室で、あなた独りで」
真帆が、乙守先生から視線を僕に移動させる。
何だか困ったような、泣きそうな眼だ。
そんな目をされても困る。
そもそも、ここまでの流れが上手いこと頭の中で組みあがらない。
正確に思い出せない。
「……少しだけ待ってもらっていいですか? 勉強したところを確認したいので」
「だ~め。そんなこと言って、魔法でカンニングの準備でもするつもりなんでしょう?」
「……ちっ」
小さく舌打ちする真帆に、乙守先生はにやりと笑んで、
「大丈夫よ、そんなに難しい試験じゃないし」
「……試験ってだけで嫌なんですけど」
「嫌でも受けなさい。これからあなたが魔法堂を引き継いだとして、あのお店だけで稼いでいくことなんてどう考えたって無理でしょう。協会からの仕事の斡旋、必要ないなら話は別だけど、おばあさまはなんて言うかしらね」
「それは脅しですか?」
「脅しじゃなくて、親切心からよ。どこの世界だって資格は重要でしょ? 全魔協の資格があれば、ある程度のお仕事を保証するわ。そのための認定試験なんだから」
「……むむむっ」
真帆は唸り、そして深い深いため息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がり、スカートに着いた土ぼこりや木の葉を払い落とした。
「わかりました。受けます、受けますよ、試験。それでいいんですよね?」
「そう、それでいいのよ。あなたの将来のお仕事に関わることなんだから」
「は~い」
……まぁ、確かにそれはそうなのだけれど。
やっぱりなんだかよくわからない。
なんか、色々、重要なことを忘れているような。
いや、そもそも思い出せる範囲の記憶が本当にあったことなのかどうかすら確信が持てなかった。
あまりにもぼんやりとした記憶過ぎて、まるで夢を見ていたような、そんな感じだ。
そのとき、始業のチャイムが鳴った。
それまで黙っていた井口先生が、パンパン手を打ち鳴らす。
「――さぁ、早く行くぞ。榎もさっさと大学に行きなさい」
僕らはみんなして顔を見合わせ、そしてなんだか納得できてないような表情を浮かべてから、
「……は~い」
「そうですね」
「んじゃ、あたしも行くよ。また夕方、ハロウィンパーティーには来るから」
「はい、榎先輩もいってらっしゃい」
「なっちゃん、また夕方に! 遅刻しないでくださいよ!」
「大丈夫だよ。真帆も試験頑張りなね」
「……できる限り」
そんな会話をしながら、僕らは井口先生や乙守先生に続くように、校門を抜けたのだった。