撮影が終わり、俺と愁斗くんの二人だけが控え室に残っていた。他のメンバーがいない控え室は静かで、その分、愁斗くんの一挙一動がいつもより鮮明に感じられる。
俺はスナック菓子を片手に、愁斗くんの隣に座った。
「しゅーとくん、暇そうだね」
軽い調子で声をかけると、隣でソファに深く腰掛けた彼が、俺を見て軽く眉を上げた。
「お前こそ、何その姿勢。だらけすぎだろ」
ツッコミが返ってきたのが嬉しくて、更に調子よく答える。
「一仕事終わったら、これが正しい休憩スタイルでしょ~?」
ポテトチップスを口に放り込みながら、愁斗くんの視線が俺に注がれるのが分かって、ちょっとだけ意識してしまう。
「ふみや、お前ほんとガキみたい」
その言葉が、心の奥に触れた。ガキみたい。子ども扱い。
「そんなんじゃ、好きな子にも相手されないぞ」
何気ない冗談。愁斗くんに悪気なんてないことは分かってる。でも、その言葉が俺の胸に刺さる。
(好きな子…)
それが誰かなんて、俺がどんな気持ちでこの時間を過ごしているかなんて、愁斗くんは微塵も気づいていない。
「お前のそのだらけた姿見てみろよ。ほら、ポテチのかす、ここにも付いてる」
軽く肩を叩かれる。愁斗くんは何も考えずにやってる。ただ俺を子ども扱いして、からかってるだけだ。
俺はその「当然」みたいな態度に、無性に悔しさがこみ上げて思わず強めに返す。
「お兄ちゃんぶるなよ!」
「事実じゃん?俺から見たら、ふみやなんてまだまだ子どもだよ」
(…また、子ども扱い)
俺が愁斗くんのことをどんな目で見てるか知ったら、この人はなんて思うだろう。
その笑顔、ふとした仕草、いつもかっこよくて、完璧で。強気で余裕があるのに、その裏では意外と脆くて努力家なところ。それらが俺をどれだけ惹きつけているか知ったら、なんて思うだろう。もしかしたら、嫌われるかもしれない。
それでも__
俺は勢いのまま細い手首を掴み、ゆっくりとソファに押し倒した。
「しゅーとくん、俺もう20歳なんだけど」
静かな怒りと、抑えきれない感情が入り混じり、思った以上に低い声が出た。
愁斗くんが目を丸くして固まる。いつもの落ち着いた涼しい表情を、自分の行動によって崩している彼に、困ったように揺れる視線に、胸を強く揺さぶられる。
「な、何だよ。ふざけんなって、」
「ふざけてるように見える?」
止まることができず、そのまま少しずつ顔を近づける。
「はいはい、もう分かったから。ほら、誰か来るかもしれないから離れろって」
「誰か来たら困るんだ、しゅーとくんが」
「……俺も困るけど、お前も困るだろ」
「困らないよ」
愁斗くんの焦りを感じる声色に、俺は気を良くする。もっと困ってしまえばいいんだ。
弟だと、子どもだと思い込んでた奴に押し倒されて、困って焦って、俺のことを対等に見て欲しい。
俺のことを、もっと意識すればいい。
優しい彼は、こんなことをされても尚、振りほどかずにされるがままだ。
「……まぁ、いいや。今日はこれくらいにしとく」
立ち上がって部屋を出る間際、後ろを振り返らなかった。
____
数日が経っても、愁斗くんの態度はぎこちなかった。俺と目を合わせようとしないし、そばにいるだけで距離を取られる。
嫌われたのかもしれない。寂しくないと言えば嘘になるが、今までのように、近すぎる距離で子ども扱いされるよりはマシだ。
俺はもう、愁斗くんに対して「可愛い最年少」のままではいられない。
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