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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第21話:チャンネル登録者100万人突破!
「……重いな、これ」
初夏の暖かな風が吹き抜ける、北海道の古民家の縁側。
俺の目の前の畳の上には、黒い高級感のある化粧箱が置かれており、その中には、鏡のようにピカピカに磨き上げられた巨大な『金色の盾』が鎮座していた。
中央にはMeTube(ミーチューブ)の再生ボタンのシンボル。そして、その下にはアルファベットでこう刻印されている。
『Presented to 日常チャンネル for passing 1,000,000 subscribers』
「金の盾……。まさか俺の人生で、こんなものを手にする日が来るとは」
俺は複雑なため息を吐いた。
ハリウッド女優のシャーロット・エヴァンスの拡散により、一夜にして100万人を突破したのが少し前のこと。
あの放送事故(ミュート忘れの人生相談ダダ漏れ事件)を経て、俺たちと視聴者の間には奇妙な「家族のような絆」が生まれ、現在の登録者数はすでに300万人の大台に届こうとしている。
その圧倒的なスピードにMeTube(ミーチューブ)の運営側も慌てたのだろう。アメリカのGoogle本社から、特急便でこの『登録者100万人記念の金の盾』が送られてきたのだ。
「お兄さーん! 見ましたよ、宅配便のトラック! ついに届いたんですよね!?」
庭の入り口から、すっかりお馴染みとなった自転車のドリフト音と共に、専属カメラマンの小春ちゃんが飛び込んできた。
「おおっ……! 生で見るとすごい迫力ですね、金の盾! ピカピカで、お兄さんの顔が映ってますよ!」
「ああ。ブラック企業で毎日上司に土下座しそうになりながらエクセルを叩いていた俺が、猫が寝ている動画を流しただけでこれを貰えるんだから、世の中どうなってるんだろうな」
「またそんな自虐を……! これは、シロちゃんの癒やしと、お兄さんの優しい声が世界に認められた証ですよ!」
小春ちゃんが力強く胸を張る。
その足元では、当の功労者であるシロが『ミャウ?』と首を傾げ、金の盾に自分の顔を近づけて、不思議そうに匂いを嗅いでいた。
純白の毛並みが金の盾に反射し、縁側が異様な神々しさに包まれる。
「さて、小春ちゃん。せっかく公式からこんな立派な記念品をもらったんだ。今日は『登録者100万人突破記念・特別配信』をやろうと思うんだけど、何かいいアイデアはないか?」
いつも通り縁側でまったりするのも良いが、節目くらいは少し特別感を出したい。
俺がそう尋ねると、小春ちゃんは目を輝かせてパチンと手を打った。
「あります! お兄さん、この村の裏山のさらに奥、歩いて30分くらいのところに、昔使われていた『野湯(のゆ)』があるの知ってますか?」
「野湯? 大自然の中にある、天然の温泉のことか?」
「はい! 私が小さい頃は村のおじいちゃんたちがよく入りに行ってたんですけど、今はもうお湯も枯れちゃって、誰も行かない廃墟みたいになってるんです。でも、そこまでの山道は緑がすっごく綺麗だし、プチ探検配信にはぴったりだと思います!」
「なるほど、廃温泉へのハイキングか。悪くないな」
ヒグマには注意が必要だが(前回の土下座事件があるので、むしろヒグマの方が俺たちを避けているフシがあるが)、シロのお散歩コースとしても丁度いいだろう。
「よし、決まりだ。準備して出発しよう」
◇
「はーい、世界中の皆さんこんにちは! 【日常チャンネル】の小春です! 今日はなんと、遅ればせながらの『チャンネル登録者100万人突破記念』の特別アウトドア配信でーす!」
裏山の深い緑に囲まれた獣道を歩きながら、ジンバルを構えた小春ちゃんが元気よく配信をスタートさせた。
画面には、リュックを背負った俺と、その横をルンルン気分で歩く(※地面から5センチほど浮遊している)シロの姿が映っている。
『100万人記念キターーーーー!!』
『もうすぐ300万人だけどなwww 成長速度がバグりすぎて記念配信が追いついてないの草』
『お兄ちゃん、小春ちゃん、おめでとう!!』
『シロ様、今日は空中浮遊でのお散歩ですか。神々しいです』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト)=”Congratulations on 1 Million! I prepared a solid gold statue of Shiro in Dubai!“(100万人おめでとう! ドバイにシロの純金像を用意したぞ!)』
『石油王、相変わらずスケールが違いすぎるwww』
『主、今日はヒグマに気をつけてな!』
同接は開始早々に60万人を突破。
世界中の『親戚(リスナー)』たちが、俺たちの偉業(?)をMeTubeギフトの嵐と共に祝福してくれている。
「ありがとうございます! 今日はですね、村の奥にある『幻の野湯』、つまり天然の温泉の跡地を目指して探検しています!」
カメラの裏から小春ちゃんが解説を入れる。
「温泉の跡地、と言っても、もう何十年も放置されてるからな。完全に枯れて、ただの泥水と草むらになってると思うけど、大自然の風景だけでも楽しんでくれ」
俺が落ち着いたトーンで補足すると、チャット欄には『探検!』『廃墟ロマン!』『日本のリアルな田舎の風景、趣がある』と、海外勢からも好意的なコメントが並んだ。
マイナスイオンたっぷりの森林浴を楽しみながら歩くこと数十分。
木々の間から差し込む光の先に、少しだけ開けた空間が現れた。
「お兄さん、着きました! あそこです!」
小春ちゃんが指差した先。
そこには、苔むした岩で囲われた、直径3メートルほどの不自然な窪みがあった。
かつては脱衣所として使われていたであろう木造の小さな小屋は、屋根が抜け落ち、完全に腐敗して崩れ去っている。
肝心の温泉の浴槽部分はというと……。
「……うわぁ、想像以上にボロボロだな」
俺は思わず苦笑した。
岩の隙間から細々と水は湧き出ているようだが、完全に『枯れかけ』である。
浴槽の底には分厚い泥と緑色の藻が堆積し、溜まっている水は茶色く濁り、とてもじゃないが人間が入れるような代物ではない。温泉特有の硫黄の匂いも、ほとんど消え失せていた。
『これはひどいwwww』
『ただの水たまりじゃねーかww』
『完全なる廃墟。限界集落のリアルを感じる』
『This is “Wabi-Sabi”, right?(これがワビサビってやつだね?)』
『海外勢が無理やり日本の風情を見出そうとしてて草』
チャット欄も、この惨状には大ウケだった。
「あはは……私が小学生の頃は、まだもうちょっとお湯があったんですけどね。完全に枯れちゃってますね」
小春ちゃんも申し訳なさそうに笑っている。
「まぁ、形あるものはいつか壊れるさ。人の手が入らなくなった自然が、元の姿に戻ろうとしてるだけだ。これはこれで、スローライフのリアルな景色として——」
俺が、少しだけそれっぽいことを言って配信をまとめようとした、その時だった。
『……ミャウ?』
足元にいたシロが、トコトコと濁った水たまり(元・温泉)の淵へと歩いていった。
そして、サファイアとアンバーのオッドアイで、その悲惨な泥水を見下ろす。
『シロ様、泥水を見つめる』
『シロ様「汚いわね。私の白い毛が汚れちゃうじゃない」』
『温泉入りたかったのかな? 残念だったなシロ様』
視聴者たちがのんきにコメントを打ち込む中。
シロは、小さく「ふぅ」とため息をついた。
そして、泥で濁った水面に向かって、純白の右前足を、スッと伸ばした。
「……え? おい、シロ、触るなよ。バイ菌が入るぞ……」
俺が止めようと声をかけた、次の瞬間だった。
——ぽちゃん。
シロの可愛らしいピンク色の肉球が、濁った泥水に、ほんのわずかに触れた。
波紋が、静かに広がる。
ただ、それだけ。
ただ、猫が水たまりに前足を入れただけだった。
「……………………ん?」
俺は、自分の目を疑った。
『……え?』
『は?』
小春ちゃんと、画面の向こうの60万人の視聴者も、同時に息を呑んだ。
シロの肉球が触れた波紋の中心から。
信じられないほどの『真珠色の光』が、水の中を爆発的なスピードで駆け巡ったのだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!
突如、足元の岩盤が低く唸りを上げた。
それは地震ではない。地中深くから、何かが『猛烈な勢いで突き上げてくる』音だった。
「お、お兄さん!? なんか下から音が——ひゃあっ!?」
ドバァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
枯れかけていた岩の隙間から、まるで間欠泉のように、凄まじい勢いでお湯が噴き出したのだ。
「うおっ!?」
俺は小春ちゃんを庇い、慌てて後ろに飛び退いた。
噴き出した大量のお湯は、一瞬にして苔や泥、藻を全て洗い流し、3メートルほどの岩風呂の浴槽をナミナミと満たしていく。
そして、そのお湯の色は、泥水の茶色ではない。
シロの瞳と同じ、透き通るような、それでいて発光しているかのような『エメラルドグリーン』だった。
モクモクと立ち上る純白の湯気と共に、周囲の空気が一変する。
硫黄の嫌な臭いなど一切ない。森の木々の香りと、シロがいつも放っている『極上のマイナスイオン』が濃縮されたような、胸いっぱいに吸い込みたくなる神聖な香りが辺りを包み込んだ。
「……………………」
数秒前まで、ボウフラが湧きそうな腐った水たまりだった場所が。
今や、最高級の高級旅館でも絶対にお目にかかれない、神秘的に輝く『エメラルドグリーンの超絶効能温泉』へと生まれ変わっていた。
『ミャン♪』
シロは、湯気が立ち上る岩風呂の淵で、「お風呂、沸かしておいたわよ」とでも言いたげに、誇らしげに胸を張って俺たちを見上げた。
チャット欄は。
当然のごとく、完全に崩壊した。
『は????????????』
『えっ、え、え、ええええええええ!?』
『お湯が……湧き出た……!?』
『泥水が一瞬でエメラルドグリーンになったんだが!?!?』
『モーゼの海割りかよ!! いや温泉湧かしたのかよ!!!』
『物理法則「もう許して」』
『シロ様、ついに大地そのものを操作し始める』
『これもう猫の皮被った神様だろ絶対……!!』
「こ、小春ちゃん……」
俺は腰を抜かしそうになっている小春ちゃんを支えながら、震える声で呟いた。
「北海道の……大自然の力って……すごいな……」
「お兄さん!! 現実逃避にも限界がありますよ!! どう見たってシロちゃんが魔法使ったじゃないですかぁぁぁっ!!」
北の大地の奥深く。
100万人記念のアウトドア配信は、枯れた野湯を『神聖なる泉』へと強制リニューアルさせるという、またしても世界を震撼させる神の御業の披露会場となってしまったのだった。
コメント
1件
おお、ついに金の盾が届きましたね!しかも記念配信でシロちゃんがまたやってくれましたね…枯れた野湯を一瞬でエメラルドグリーンの神秘的な温泉に変えちゃうとか、もう神様の領域ですよ(笑)小春ちゃんの「現実逃避にも限界がありますよ!」ってツッコミがめちゃくちゃ面白かったです。チャット欄の崩壊っぷりも毎回楽しくて、シロちゃんの秘密がますます気になりますね〜!次回も楽しみにしてます🐱✨