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翌日、シャーリィはセレスティンを連れてシェルドハーフェン北の街『ボアズ』にある『蒼き怪鳥』の本店へ向かう。この時のために『ターラン商会』の伝を使い、貴族御用達とはいかないまでもそれなりに豪勢な馬車を用意。以後も交渉などで利用するためセレスティンが管理することになる。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。セレスティンに任せていたら、何だか気品のある馬車が用意されていました。幾らなのか聞きたくないです。
「お嬢様に相応しいものをと、『ターラン商会』に問い合わせ用意していただきました。ご安心を、資金ならば格安で済ませております」
「いやいや、どう見ても立派ですよ?これ」
少なくとも金貨数十枚レベルですよ!
「爺めにも多少は伝がございますので」
恭しく一礼するセレスティンを見ると、聞くのが怖くなりますね。では。
「ありがとう、セレスティン。たまには貴族の気分に戻るのも悪くありませんね」
「爺めにとって、お嬢様は今もアーキハクト伯爵家の仕えるべきお方でございますれば」
そう、今回はアーキハクト伯爵家ご令嬢がお忍びで、と言う設定です。厳密に言えば設定ではなく事実なのですが。
「本当に二人で行くのかよ?」
留守番のベルは不満そうですね。
「はい、お忍びですからね」
目的地はシェルドハーフェンの近くとは言え無法地帯でもない普通の街。明らかに堅気じゃないベルを連れてはいけませんよ。目立ちますし。
「ご案じめさるな、ベルモンド殿。お嬢様はこの老骨が必ずお守りする」
「いや、旦那の腕を疑ってる訳じゃないんだがよ…怪我すんなよ、お嬢」
「ありがとう、ベル」
変わらずに優しいボディーガードさんです。あの日助けて本当に良かった。
その日の正午、『ボアズ』のメインストリート三番街にある『蒼き怪鳥』の本店に私達は馬車で乗り付けました。
セレスティンが馬車を上手く操り、まるでお忍びのように、人目を憚るようにコッソリと。まあ、メインストリートなので目立ちますがね。
「お嬢様、到着致しました」
「ありがとう、セレスティン」
馬車の中からセレスティンに答えます。個人的には早く降りたいのですが、あくまでも貴族令嬢らしく。馬車は苦手なんですね…。
そうしていると、建物から職員らしき人達が慌てて出てきました。
「これはこれは、出迎えも出来ませんで!高貴なお方とお見受けしますが…」
それをセレスティンが穏やかに、そして厳格に制しました。
「あまり騒ぎを起こされますな。私はアーキハクト伯爵家に仕えるもの。此度の来訪は御忍び、会長に取り次いで頂きたい」
「アーキハクト伯爵家っ!?直ぐに!少々お待ちを!」
「馬車は此方へ!」
「忝ない。お嬢様、しばしお待ちを」
「善きに計らいなさい」
「御意」
よし、第一段階クリアです。まるでスパイ小説みたいでワクワクしますね。ふふっ。
数分後、私達は豪勢な応接室に通され、恰幅の良い男性に迎えられました。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました!急なことで何のおもてなしも出来ずに申し訳ございません。私は『蒼き怪鳥』代表ボルガと申します。どうかお見知りおきを」
「此方はアーキハクト伯爵家ご令嬢シャーリィ=アーキハクトお嬢様でございます。此度は御忍びとして参上した次第でございますが、くれぐれも粗相の無いように」
「もちろんでございます!」
セレスティンの言葉に揉み手で笑顔を張り付けていますね。うん、商人だ。ではこちらも。
「シャーリィと申します。此度は急な来訪で困らせてしまい申し訳ありません」
笑顔で一礼しておきます。
「滅相もない!いつでも歓迎致します!ささ、どうぞ此方へお掛けくださいシャーリィお嬢様!」
私はボルガさんに勧められて高そうなソファーに座り、後ろにはセレスティンが立ちます。ボルガさんは私の対面に腰かけました。ちなみに私は終始笑顔です。無理矢理筋肉を動かしています。ふふっ、顔の筋肉痛になりますね。はぁ。
「それで、此度は御忍びとしてのご来店とお聞きしております。シャーリィお嬢様の御用向きをお聞きしても…?」
「はい。セレスティン」
「はっ」
いつの間にかテーブル一杯に乗せられた気品あるドレスや貴族の衣類などが現れました。何処に持ってたの?執事の嗜み?そう…。
「すこしばかり衣類が嵩張りまして、此方の査定をお願いしたいのです」
「おおっ、買い取りですか!畏まりました。直ぐに査定致します。このままお待ちください」
「お願いしますね」
ボルガさんは複数人の従業員と衣類を別室に運んでいきます。
「よろしいので?お嬢様」
「もし健全な商人なら、やり方を穏便に切り替えるだけですよ」
ちなみにあれらの衣類は『ターラン商会』が直ぐに現金を用意できない弱小貴族から買い取ったもの。そしてそれがマーサさん経由で農作物の代金代わりに『暁』へ流れてきたもの。扱いに困っていたので、丁度良いです。
…この数年、農園の農作物購入で破産した貴族が幾つかあるとか。貴族社会はメンツと見栄ですからねぇ。
一時間ほど待っていると、ようやくボルガさんが戻ってきました。
「お待たせいたしました、シャーリィお嬢様」
「査定が終わりましたか?」
「はい、結果は此方になります」
詳細の書かれた羊皮紙を渡されました。どれどれ。
………想定の一割以下ですか。市場の相場からすれば随分と安い。半額程度なら交渉の余地もあり良心的と判断するつもりでしたが、一割以下……つまりこれは何も知らない貴族令嬢と見られたと言うこと。すなわち相手の無知に付け入る悪徳商人。いや付け入るのは悪くないのですが、相場の一割以下は論外です。
………つまり、彼は、『蒼き怪鳥』は敵だ。
「分かりました、此方のお値段で買い取って頂きたいです」
私は笑顔を張り付けたまま答えます。
「ありがとうございます、ただちに代金をご用意致しますね」
代金としてはあまりにも少ない額を受け取り、商談を終えました。
「シャーリィお嬢様、またなにかございましたら是非とも我が社をご利用ください。今後ともご贔屓に」
「はい、もちろん」
私達はそこで切り上げて本店を後にしました。帰りの馬車の中で。
「お嬢様、お戯れが過ぎますぞ」
「良いのです。無知に付け入り暴利を貪る悪徳商人であると分かりましたし、これでアーキハクト伯爵家が実は資金難であると疑うでしょうね」
商人の繋がりは広い。この噂が巡りに巡ってアーキハクト伯爵家の取引に影響を与える筈。叔父様が当主なら、その対応で今の現状と実態が見えてくる。
「伯爵家の動きを見るために?」
「小さな取引ですからね。これから時間をかけて複数回取り引きを行いますよ。取り引きの記録をしっかりと残して、物理的にも社会的にも消し去ってあげます」
「御意、不要なものは数多あります。奴らが悪徳商人ならば遠慮は要りませんな」
「そう、どうせ処分に困っていましたからね。二束三文で買い叩かれようと痛くも痒くもない。そして、彼方は私を無知なカモだと認識した筈」
「はっ。お嬢様が無知で困窮していると誤認している以上、何れ強気に出てくるでしょうな」
「その時が、彼らの最後です。ふふっ、今から楽しみですね、セレスティン」
「御意」
ああ、たまにはドンパチ以外も楽しいものですね。足元を掬われないように注意しつつ楽しまないと。
私は近い将来彼らに起きる破滅に高揚を覚え満面の笑みを浮かべるのでした。