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「ん?ちょっと、待ちなさい。酌は有りがたく受けるがね、そなた、大きな勘違いをしておるぞ?」
言って、守孝は、自分は、その大納言の弟で、近衛中将守孝であり、残念ながら、守、違いだと、身分をあかした。
「な、なんと!失礼いたしました!外から流れて来たお言葉から、てっきり、大納言様かと。そして、葵祭りで拝見いたしました、斎宮様を先導するお姿、その、横顔に、瓜二つ……」
「うん、言いたいことは、わかるが、そなた、その、先導していた姿を見たのは、いつのことだ?その様な職に、兄上が付かれていたのは、まさしく、少将の時代。と、なると、十年以上は昔のことぞ?」
「あーー!確かに!あれは、わたくしが、子供の頃。余りにもお美しいお姿に、驚き、見惚れたもので……その、記憶が……」
言うと、若者は、またまた、平伏し、小さくなった。
「まあまあ、そのように、固くならなくても。天下の大納言様、ではない、と、わかったのだ、そなたも、膳に酒に、よばれなされ」
いえ、わたくしごときがーー!と、若者は、更に頭を下げる。
「あのー、せっかくですもの、頂きましょうよ。守孝様の事が、気になるようでしたら、私達と、ご一緒に、几帳の向こう側で……」
「ああ、それが、良い。紗奈《さな》、お前、たまには、良いこと言うなぁ」
「ちょっと、兄様!これでも、御屋敷では、方違えに訪れた皆様に、おもてなし差し上げてたのよ!」
はいはい、と、言いつつ、常春は、間仕切りの几帳の向こう側へ、自分達の膳を運んでいた。
「おいおい!私を一人にするつもりか!」
「お一人、と、いうか、ちゃんと、私どもはおりますし、それに、やけに、灯りが、薄暗くございます。守孝様、あやかしが、出てきて、お酌してくれるかも」
紗奈が、おどけて言ったが、確かに、照らす灯り、高灯台の数がやや少なく感じる。
「うん、言われて見れば、薄暗いなぁ。これでは、几帳だの、幃だの、おなごの姿を隠す物など、必要なさそうだ。と、言うわけで、灯りを均等に得るためにも、その、几帳、除けてしまいなさい。常春」
えっ。と、常春《つねはる》は、つい、発していた。と、なると、せっかくの息抜き空間が、なくなってしまうではないか。紗奈も、同じくのようで、兄へ渋い顔を向けている。
「あーー!や、やはり、わたくしが、広縁へ!膳も、酒も、もったいない話、わたくしなどが、ご一緒するなど!!」
「そう、騒ぐな。で、わたくしなどと、先程より、発しておられるが、そなたは、何者ぞ?」
守孝の問に、若者は、あわわわっ!と、叫び、さささっと、守孝から、更に距離を置くと、失礼いたしました!と、頭を床にすり付けつつ、その身分をあかした。
「申し遅れました。わたくし、右兵衛佐《うひょうのすけ》正平《まさひら》と、申します。どうぞ、正平とお呼びください」
「うむ。正平か。と、いうかなぁ、正平と、申しますと言って、正平とお呼びくださいって、面白味がないであろう?」
ふんと、鼻で笑いつつ、守孝は、杯を開けた。
「あー、正平様。お気になさらないように。あの方は、酒が入ると、屁理屈ばかり言われるのですよ。おかげで、女房達にも、煙たがられ……」
紗奈が、いつもの事ですからと、肩を落とす正平へ告げたところ……。
正平は、さらに、さささっと、距離を取り、房《へや》の隅で、紗奈に向かって平復した。