テラーノベル
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冬夜が育っていくにつれ、私は彼の中に優那の面影を強く見るようになった。
ふとした横顔や眼差し、凜とした雰囲気が記憶の中の彼女に重なり、冬夜の事がとても愛しく、自分のすべてを捧げてもいいと思うようになった。
だがそれ以外の部分――、自分の知らない部分を見ると、三神の汚らしい血が混じっているように感じ、触わる事すら嫌になる。
――駄目だ。
――私は彼女と約束して、冬夜を立派に育てると誓ったのだから。
私は愛しさと憎しみの狭間で苦しみ、よりいっそう冬夜を〝愛そう〟と努力した。
彼の中に優那を重ねて愛撫する時、冬夜は不思議そうな顔で私を凝視する。
――あぁ、そんな目で私を見ないでくれ、優那。
――私のような底辺の男が君に触れようなんて、おこがましいと分かっている。
――でも仕方がないじゃないか、私は親で君を愛する義務がある。
私はまるで阿修羅だ。
冬夜を慈しむ顔と憎む顔、他の人に見せる〝昼〟の顔を代わる代わる使い、どれが本当の自分なのか見失っている。
冬夜は自分が性被害を受けていると自覚していないが、無意識に怯えを感じているようで、春佳を可愛がる事でその不安を誤魔化そうとしていた。
涼子は私と冬夜の関係を直視できず、春佳にも愛情を注げず苦しんでいる。
彼女が精神的な発作を起こして泣き叫んでいる時、冬夜は自発的に春佳の面倒を見てあやしていた。
私たち家族は、いつでもひび割れた薄氷の上にいる。
小さな冬夜までもが様子のおかしい親にストレスを抱き、外の友達と遊ぶより妹を偏愛する事によって、自身を慰めようとしている。
いつか瀧沢家は崩壊の時を迎えるだろう。
私は滅びの日が訪れるのを知っていながら、それを止めようともせず、自身の心に大きな亀裂が入り、ポロポロと崩れていくのを感じつつ日々を送る。
最後の日が訪れたなら、すべて私の責任だ。
私さえきちんと〝父〟と〝夫〟をこなせていれば、家族は壊れずに済むと分かっている。
だが私自身、大きく壊れ、損なってしまった自分を救えずにいる。
涼子がどれだけ私に愛情を注ぎ『愛している』と言っても、彼女をまったく愛せなかったし、夫婦の役目を果たす事もできなかった。
――そう。私と涼子は春佳の育児が落ち着いたあと、何度か夫婦としてセックスできないか試みた事があった。
しかし私は涼子に性欲を抱けず役に立たないまま、涼子も私に恋情を持っているものの、男にのし掛かられるとトラウマを思い出し発作を起こしてしまう。
彼女は『庸一さんの子がほしい』と強く望んでいたが、私たちは夫婦として機能できないままだった。
その事が余計に涼子を苦しめ、彼女はいっそう冬夜を憎んだ。
冬夜が小学校で性教育を受けた頃から、彼は激しく私に反発するようになった。
優那が亡くなってから十二年、私は狂いゆく自分を誤魔化しながら自分の子ではない二人を育ててきた。
血は繋がっておらず、春佳にいたっては満足に愛せていないが、私はいっぱしの親のつもりでいた。
冬夜が刃向かえば『親に向かってなんだその口の利き方は!』と怒り、自分の意のままにならない優那に苛立った。
――このままでは、彼女はまた私ではない男を見るようになる。
――そうなる前に、私のものにしなくては。
それだけは駄目だと長年自分に言い聞かせていたが――、ある日私はとうとう禁忌を破ってしまった。
狭隘な肉に包まれた時、生まれてこの方感じた事のない快感と支配欲を抱いた。
冬夜が激しく震えて布団に顔を押しつけ、くぐもった悲鳴を上げているなか、私は夢にまで見た優那との交歓に歓喜した。
――あぁ、やっと繋がれた。
私は悦びにむせび泣くいっぽうで、自分が人間として終わってしまった事を感じていた。
――私は愛する女性を抱いている。
――私は憎い男の子供を罰している。
相反する想いが心の中で激しく乱反射するなか――、脳裏で優那の手紙の最後の言葉が蘇った。
【だからお願いします。私ができなかった分、あなたが樹を愛してあげて】
『~~~~っ!! っあぁあああぁあっ!!』
私は自分がしでかした罪の重さに号泣し、肉の悦びに負けて腰を動かした。
心も、体も、ボロボロだ。もともと精神的に揺らぎのあった私は、誤った一歩を踏み出し、完全に壊れてしまった。
――愛してほしいと頼まれたのに、私は何をやっている!?
――これが優那の望んだ事か!?
――私は、最愛の彼女が最期に願った事すら、叶える事ができなかった……!
――私は何をやっている? 私が抱いているのは、私が愛しているのは、私が罰を与えているのは……。
私は荒くなった息を繰り返しながら、恐る恐る冬夜を見る。
力でねじ伏せられ、屈辱と怒り、悲しみにまみれて泣きながら、ぐったりと横たわっているのは――、守られるべき子供だ。
『あ……、あぁあ……、あー……、あ……、あ、ははは……、は……。はははは……っ』
私はうつろな目から涙を流し、口端から涎を垂らして乾いた笑いを漏らす。
――クズだと思っていたが、ここまで堕ちたのか。
――まるで獣だ。
私はゆらりと体を揺らし、壊れたマリオネットのようにカタカタと肩を上下させて笑ったあと――、下半身を露出させたまま台所に向かった。
居間には私と冬夜の行為に耐えきれず、テレビを見て気持ちを誤魔化している涼子がいたが、私の姿を見てギョッと目を見開いた。
『……あなた……』
そして私が躊躇いもなく包丁を抜いたのを見て、ハッとすると慌てて駆け寄ってきた。
『やめて!!』
『……死なせてくれよぉ……、もう僕は生きていちゃ駄目なんだ……』
私は涙と涎を垂らし、『へへっ、へへっ……』と笑いながら包丁を自分の腹部に突き刺そうとする。
大粒の涙を流した涼子はパンッと私の頬を平手で張ったあと、叩きつけるように言う。
『生きて!!』
包丁が床に落ちたあと、私はキッチン台にもたれ掛かり、ズルズルとしゃがみ込む。
涼子は包丁を拾うと、悲しみや怒り、絶望、様々な感情がこもった目で私を睨んだ。
『……北條先輩の子供を育てると決意して、今まで世間を欺き続けたのでしょう? 一人で子育てをしていたら怪しまれるかもしれないから、妻役を欲して私と結婚したんでしょう? ……なら、最後まで嘘をついて』
涼子は食卓テーブルの上に包丁を置き、疲れたように食卓椅子に座る。
『あなたが最低な人なのは分かってる。あなたは妻である私に目もくれず、今だって北條先輩の面影と死に囚われて、現実を見られていない可哀想な人。……でも、一度責任を負って私たち親子を養うと決めたなら、無責任に死んだりしないで』
彼女は震える声で言ったあと、嗚咽しながらきつく拳を握る。
『私だってつらいのよ……っ! 本当は冬夜と春佳を自分の子供として愛して、ちゃんと面倒をみてあげたい。……でも……っ、あなたは冬夜を北條先輩だと思い込んでいるし、春佳は私をレイプした男の子供だし……っ、どうすればいいのよっ!』
ヒステリックに叫んだあと、涼子は「ハーッ、ハーッ」と呼吸を繰り返し、自分を抱き締めてトントン両手で背中を叩く。
私は彼女の様子を見て、自分がろくに妻を抱き締めてもいないと自覚した。
マンションのあちこちから、くぐもった鳴き声が聞こえる。
私も、涼子も、冬夜も、酷く傷付いてボロボロになっている。
何も知らない春佳だけは、今頃穏やかな夢の中だろう。
落ち着いたらしい涼子は溜め息をつき、荒んだ目で私を見て言った。
『とにかく、マンションのローンも終わっていないのに身勝手な真似をしないで。自分に価値を見いだしたいなら、頑張って働いて私たちの生活費を稼いで。あなたが心の中で私たちをどう思おうが、お金だけは裏切らないから』
そう言ったあと、涼子はもう一度深い溜め息をついて続ける。
『……子供をまともに愛せない親でも、二人を大学に入れるまで面倒を見るべきだわ』
まっとうな事を言われ、私は小さく頷いた。
『……君の言う通りだ。……生きてこの罪を購う』
力なく返事をした私は、立ちあがって冬夜の部屋まで下着と衣服をとりに行く。
私の気配を感じた冬夜は、被った布団の下で息を潜める。
私はそんな彼になんと声を掛けるべきか考え――、何も言う権利がないと諦め、黙って部屋を出た。
コメント
1件
読み終わりました……第40話、本当に重かったです。庸一がついに冬夜を「優那」として抱いてしまった場面、読んでて心臓が痛かった。それでも涼子が包丁を取り上げて「生きて」と言ったところに、かすかな人間の強さみたいなものを感じました。この家族、もう戻れないけど、それでも進んでいくしかないんですよね。臣桜さんのこの執着と崩壊の描写、大好きです。本当に心を揺さぶられました。
臣桜
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臣桜
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田中葵
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らりるれろ
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