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第28話 【最終回】最後の投稿【ありがとう】
朝になっても、転生タイムラインは次の誰かを探さなかった。
ナギのスマホには、ひとつの表示だけが残っていた。
最終投稿を準備中。
村は静かだった。
静かすぎて、川の音が遠くまで聞こえる。
調理場では、まかなが温かい汁を作っている。
魔物待機場では、こよりが小さな声で話している。
モルモット達は巣箱の中で丸くなっている。
ゴブすけは門の前に立ち、教官車と並んで確認をしている。
桶と小桶は、今日は少しだけ声を抑えていた。
「朝を迎えてえらい」
「待ててえらい」
勇者は、ありがとう掲示板の前に座っていた。
そこには名前が並んでいる。
救った数ではない。
順位でもない。
ただ、誰かが誰かにしてくれたこと。
勇者はそれを、長い時間見ていた。
ナギが隣に立つ。
「眠れた?」
勇者は少しだけ笑った。
「少し」
「何百年ぶり?」
「数えるのはやめた」
ロッカが近くで言った。
「数えなくていい。今起きているなら、それでいい」
勇者はロッカを見た。
「君は厳しいな」
「厳しくしている」
「なぜ」
「甘くしたら、お前はまた無理をする」
勇者は返事をしなかった。
けれど、少しだけ肩の力を抜いた。
ミレナが帳面を抱えて近づく。
「最後の投稿、記録していい?」
勇者はうなずいた。
「残してほしい。今度は、逃げるためじゃなく」
ミレナはペンを持った。
「終わらせるために」
勇者は静かにうなずいた。
サヨの端末には、コメント欄が流れていた。
勇者、休んで。
ナギ達、ありがとう。
終わるの?
帰れるの?
帰らない人もいる?
最後の投稿、見届ける。
今までありがとう。
サヨは拾う言葉を選ぶ。
見届ける。
今までありがとう。
その言葉だけが、やわらかく残った。
レンヤが受付場の前に立った。
「皆さん、少し聞いてください」
広場にいる者達が振り向く。
日本から来たUP主。
海外の投稿者。
村人。
魔物達。
モルモット達。
ゴブすけ。
教官車。
桶と小桶。
レンヤは静かに言った。
「今日、転生タイムラインを止めます。新しい転生者は、もう呼ばれません。現実世界のコメントも、今までより届きにくくなるかもしれません」
広場に小さなざわめきが走る。
レンヤは続ける。
「でも、ここで作ったものは消えません。村も、道具も、料理も、歌も、記録も、役割も、名前も、残ります」
ゴブすけが胸の札を押さえた。
見習い門番。
確認丁寧。
桶が小さく言った。
「残ってえらい」
小桶も言った。
「続いてえらい」
勇者が立ち上がった。
剣は持っていない。
何百年も持ち続けた剣は、ありがとう掲示板の前に置かれている。
ロッカがそれを見る。
「持たなくていいのか」
勇者はうなずいた。
「今日は、戦う日じゃない」
「なら、何をする」
「終わらせる」
ナギのスマホが震えた。
最終投稿
作成開始。
画面に、今までの投稿が流れた。
転生タイムライン。
能力は投稿履歴。
変な物ドラマー。
路上ライブ。
巨大ボックスクラフト。
笑顔専門ユーチューバー。
川キャンプ最高。
おもちゃ最強説。
古い家電EDM。
命に感謝。
100均だけで異世界生活。
ダンボール発明家。
魔改造されたモルモット。
銛と魚。
ペット系配信者。
ゲーム実況者。
料理動画の本気。
検証動画。
異世界RTA。
コメント欄。
おすすめ欄。
登録者1000万人。
海外の投稿者。
コラボ企画。
バズる能力。
転生ランキング。
転生タイムラインの正体。
それらが、ひとつずつ光って、静かに並んだ。
勇者は画面を見つめる。
「僕が呼んだ」
ナギは言った。
「そうだな」
「勝手に巻き込んだ」
「そうだな」
勇者は目を伏せる。
「それでも、みんなはここを作った」
ナギは村を見た。
川辺のキャンプ村。
レース場。
音源小屋。
調理場。
受付場。
魔物待機場。
検証札。
絵札。
ありがとう掲示板。
「うん」
ナギは言った。
「作った」
勇者は深く息を吸った。
スマホの画面に、文字入力欄が出る。
最後の投稿本文。
勇者の指が震えた。
「何を書けばいい」
誰もすぐには答えなかった。
ミレナが帳面を閉じる。
サヨが端末を下げる。
レンヤが目を伏せる。
ロッカが腕を組む。
ナギはスマホを見つめる。
長い言葉はいくらでもある。
謝罪。
説明。
後悔。
感謝。
別れ。
決意。
でも、最後の投稿に全部は入らない。
勇者は小さく笑った。
「長すぎると、読みにくいか」
ナギも少し笑った。
「たぶん」
勇者は画面に触れた。
文字が、ゆっくり浮かぶ。
今までありがとう。
それだけだった。
広場が静まり返る。
コメント欄も止まる。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
勇者は投稿ボタンを見た。
投稿する。
その指は、まだ震えていた。
ロッカが言う。
「押すのは、お前だ」
勇者はうなずく。
「分かっている」
ナギが言う。
「でも、一人で押す必要はない」
勇者が顔を上げる。
ナギはスマホの端を持つ。
ロッカが反対側に手を添える。
ミレナが帳面を抱えたまま近づく。
サヨが端末を閉じる。
レンヤが静かにうなずく。
まかな。
こより。
ヨミト。
ハル。
ミナト。
リク。
マヒロ。
カイ。
ミチル。
ツクル。
ハクト。
ダイチ。
レン。
ソウマ。
トオル。
ハヤテ。
マコト。
ルカ。
ミラ。
ノア。
みんなが、少しずつ近づいた。
ゴブすけも。
教官車も。
桶も。
小桶も。
勇者は泣かなかった。
ただ、目元が揺れた。
「代わりじゃない」
ナギは言った。
「一緒だ」
勇者は小さくうなずいた。
そして、投稿ボタンを押した。
画面が光った。
転生タイムライン
最後の投稿
今までありがとう。
投稿完了。
その瞬間。
村を包んでいた、見えない細い糸のようなものがほどけた。
コメント欄の文字が、ゆっくり流れる。
ありがとう。
お疲れ。
忘れない。
ナギ達、ありがとう。
勇者、休んで。
みんな、生きて。
好きなことで、生きて。
サヨは何も拾わなかった。
全部、静かに流した。
おすすめ欄が消えた。
ランキングが消えた。
次の転生者を準備中、という文字も消えた。
転生タイムラインの画面には、最後の投稿だけが残っている。
更新は止まった。
ナギはスマホを見た。
何度待っても、次の通知は来なかった。
桶が小さく言った。
「終われてえらい」
小桶も言った。
「続けなくてもえらい」
勇者はその場に座り込んだ。
今度は、誰も急がせなかった。
ロッカが隣に座る。
「これからどうする」
勇者は遠くを見る。
「分からない」
「なら、分からないままでいい」
「いいのか」
「今日くらいは」
勇者は少しだけ笑った。
「厳しいのか優しいのか分からないな」
ロッカは答えなかった。
昼になると、村は少しずつ動き出した。
止まったからといって、暮らしは止まらない。
まかなは料理を作る。
リクは調理音に合わせて叩く。
マヒロは歌う。
カイは受付場を村役場のような場所に変え始める。
ミチルは道具の整理を続ける。
ツクルは最後の投稿を紙芝居にしようとして、ミレナに相談する。
ハクトは食材を確認する。
ダイチは川辺の道具を整える。
レンは教官車の点検をする。
ソウマは音源小屋で静かな曲を作る。
こよりは魔物達に、今日は静かにしようね、と話す。
ユウマはモルモット達の巣箱を掃除する。
リョウは川辺の看板を直す。
ヨミトは攻略メモを村の防災手順に直す。
トオルは謎の光が消えた場所を、触らず観察する。
ハヤテは歩いて案内ルートを確認する。
サヨは端末をしまい、初めて何も流れていない画面を見る。
レンヤは広場の端で、子ども達と話している。
ハルは腕輪を外し、水くみ場で手伝う。
ミナトはありがとう掲示板の前で、順位ではない記録を整理する。
マコトはコラボ企画を、村の仕事分担表へ変えている。
海外の投稿者達も、それぞれ動いていた。
ルカは身ぶりで旅案内を作る。
ミラは絵札を描き足す。
ノアは許可を取った記録だけを残す。
ゴブすけは門番を続けている。
もう新しい転生者は来ない。
それでも、確認は続く。
そこがゴブすけの仕事だからだ。
夕方。
勇者はありがとう掲示板の前に、自分の名前を書こうとして止まった。
ミレナが近づく。
「書けない?」
勇者はうなずく。
「何を書けばいいか分からない」
ミレナは少し考えた。
それから、掲示板の端に小さく書いた。
代行勇者
止めることを選んだ。
勇者はその文字を見た。
長い戦いより。
呼んでしまった数より。
後悔より。
その一行が、いちばん重かった。
勇者は小さく頭を下げた。
「ありがとう」
ミレナは首を横に振る。
「まだ、途中よ」
「途中?」
「これから生きるんでしょ」
勇者は目を丸くした。
ナギが隣から言った。
「そうだよ。止めた後がある」
勇者は村を見た。
料理の匂い。
川の音。
笑い声。
注意札。
絵札。
桶の声。
何百年も、終わりだけを探していた人の前に、終わった後の景色があった。
夜。
広場に大きな食事が並んだ。
別れの食事ではない。
終わりの宴でもない。
明日からも暮らすための食事だった。
まかなが器を配る。
「食べて。明日も動くから」
勇者は器を受け取った。
「明日」
その言葉を、ゆっくり口にした。
ナギは笑った。
「あるよ。たぶん」
ロッカが言う。
「たぶんではなく、ある」
桶が言った。
「明日があってえらい」
小桶も言った。
「今日を越えてえらい」
みんなで手を合わせた。
ハクトが静かに言う。
「命に感謝」
声が重なる。
「命に感謝」
勇者も、少し遅れて言った。
「命に感謝」
食事が始まる。
リクが軽く叩く。
マヒロが小さく歌う。
ソウマがその音を覚える。
レンの教官車が食事場所を走らないよう見張る。
ゴブすけは門から少しだけ戻り、こよりに許可をもらって食べる。
モルモット達も巣箱のそばで静かに食べる。
魔物達も確認済みの食事をもらう。
勇者は、その光景を見ていた。
「僕が呼んだ人達が、僕の知らない場所を作った」
ナギは言う。
「呼ばれたから作ったんじゃないよ」
勇者が見る。
「みんな、好きなことを持ってたから作れた」
レンヤがうなずく。
「好きなことは、誰かに命令されなくても残ります」
サヨが言う。
「コメント欄がなくても、言葉は残ります」
ミレナが帳面を撫でる。
「投稿が止まっても、記録は続く」
ロッカが短く言う。
「明日も見張る」
桶が言う。
「見張ってえらい」
小桶も言う。
「休んでもえらい」
ロッカは少しだけ苦い顔をした。
「休む話を混ぜるな」
ナギは笑った。
夜が深くなる。
ナギは、ひとりで少し離れた場所に座った。
スマホを開く。
転生タイムラインは、まだそこにある。
ただ、更新はされない。
最後の投稿。
今までありがとう。
それだけが、静かに残っている。
コメント欄も、もう流れない。
ナギは指で画面をなぞった。
現実世界へ帰れるのかは、まだ分からない。
この世界で生きるのかも、まだ決めきれない。
勇者を許せるのかも、簡単には分からない。
でも、今日ひとつだけ終わった。
代わりを探す投稿は、止まった。
ナギはスマホを閉じた。
今度は、震えなかった。
ロッカが隣に来る。
「終わったな」
「うん」
「これからだな」
「うん」
「不安か」
ナギは少し考える。
「まあ、不安」
ロッカはうなずいた。
「俺もだ」
ナギは驚いてロッカを見る。
ロッカは村の灯りを見たまま言った。
「だから、見張る」
ナギは笑った。
「ロッカらしい」
桶の声が遠くから聞こえる。
「不安でもえらい」
小桶も続く。
「それでも明日へ行けてえらい」
ナギは夜の村を見た。
転生タイムラインは終わった。
でも、川辺キャンプは続く。
音源小屋は鳴る。
レース場では教官車が鳴る。
調理場では湯気が立つ。
紙芝居はめくられる。
絵札は増える。
受付場は村の案内所になる。
ありがとう掲示板には、これからも小さな感謝が増える。
異世界へ来たUP主達は、それぞれの好きで、この場所を生きていく。
大喜利。
音。
歌。
建築。
笑顔。
キャンプ。
玩具。
家電。
猟。
料理。
便利グッズ。
ダンボール。
保護。
銛。
ペット。
攻略。
検証。
RTA。
コメント整理。
案内。
配信。
旅。
絵。
映像。
企画。
拡散。
記録。
全部、ここにある。
ナギは立ち上がった。
明日、何をするかはまだ決めていない。
でも、スマホの通知に起こされる朝ではない。
自分で起きる朝が来る。
それが少しだけ、不思議だった。
広場の中央で、勇者が眠っていた。
何百年も眠れなかった人が、ようやく眠っていた。
まかなが毛布をかける。
ロッカが何も言わず近くに立つ。
ミレナは帳面を閉じる。
サヨは端末を置く。
レンヤは灯りを少し弱める。
桶が小さく言った。
「眠れてえらい」
小桶も小さく言った。
「明日まで休めてえらい」
ナギは笑った。
転生タイムラインは、もう更新されない。
けれど、この村の物語は終わらない。
投稿ではなく。
ランキングでもなく。
おすすめでもなく。
それぞれの足で、明日へ続いていく。
ナギは最後にもう一度、スマホを見た。
今までありがとう。
その文字は、もう誰かを呼ばない。
ただ、そこに残っていた。
終わった証みたいに。
始まる合図みたいに。
コメント
1件
最後の投稿、読み終わりました…… 「今までありがとう」の投稿ボタン、みんなで押すところが本当に好きです。 ひとりじゃなかったんだなあって。 「終われてえらい」「続けなくてもえらい」って桶と小桶が言ってくれたのもズルい。 勇者がやっと眠れて、「明日まで休めてえらい」って言ってもらえて、こっちまでほっとした。 転生タイムラインは止まったけど、村にはやりたいことがあふれてて、ちゃんと続いていく。 それがなによりの救いだと思いました。 お疲れ様でした……本当に、ありがとうございました。