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【異世界・ゼルドア要塞城/地下解析室】
水晶板(クリスタルコンソール)に、ありえない表示が走った。
──光点、光点、光点。
薄赤い点が、ひとつふたつじゃない。
地図の上で“増殖”していく。
ノノ=シュタインは椅子から半身を浮かせ、指を滑らせた。
拡大。重ね合わせ。照合。
異世界側の座標図と、現実世界の地形図が、まるで破れた布みたいにズレて重なる。
「……そんな。これ、同時発生……?」
点は、世界の各地に散っている。
でも、ただのランダムじゃない。微妙に“筋”がある。
一本の線じゃない。網目だ。
ノノは喉を鳴らし、別のログを呼び出した。
“同期”の痕跡。
“鍵の接触”の痕跡。
そして──さっきまで、ひとつの地点に寄っていたはずの揺らぎが、今は外へ外へと滲み出している。
「……引き金、引いちゃった……」
誰に言うでもなく呟いた瞬間、右耳のイヤーカフが淡く光った。
外の小艇から繋いだままの回線。アデルとリオ。
『ノノ、どうした』
アデルの声は低く、風の音が混じっている。
ノノは一息で言った。
「二人とも、落ち着いて聞いて。いま“薄点”が……世界中で増えてる。
さっき回収されたものが、きっかけになった可能性が高い。
たぶん、向こうの狙いはそこまで含んでる」
『……増えてるって、どの規模だ』
「“地図が埋まる”方向。点が点で終わらない。繋がり始めてる」
リオの声が割り込む。
『繋がる? ……道になるのか』
「まだ“道”と断言はできない。でも、現象はそれに近い。
それと──回収された五つ、うち一つだけ反応が強いはず。偏りがある」
『ユナのだな』
リオの言葉が短くなる。
ノノは頷き、画面の波形を指で叩いた。
「指向性がある。……“向き”が出てる。
つまり、次の場所を知ってるか、次の場所に引かれてるか。どっちか」
アデルが息を吐いた。
『……了解だ。戻り次第、報告をまとめろ。警備局を動かす』
「うん。あと、二人とも今は絶対に無茶しないで。帰り道で“追い風”が来てる」
『追い風?』
「潮流じゃない。境界の流れ。……近づいてる。急いで」
通信が一瞬だけノイズを噛み、イヤーカフの光が弱まった。
ノノは画面へ視線を戻す。
地図の上で、点がまた一つ、増えた。
増え方が──速い。
「……これ、時間勝負だ」
彼女は震える手で、演算条件を変えた。
“中心”を探すためじゃない。
“次に壊れる場所”を探すための計算へ。
◆ ◆ ◆
【現実世界・ハレル宅/リビング】
朝のニュースが、やけに騒がしかった。
〈沿岸部で原因不明の停電が相次ぎ──〉
〈一部地域で通信障害。地磁気の影響の可能性も──〉
テレビの言葉は、全部“いつもの理由”を探している。
でも、ハレルの目には別のものが見えていた。
スマホの画面の端。
昨日から、時々だけ現れる小さなエラー表示。
地図アプリが一瞬だけ別の地形を描いて、すぐ戻る。
木崎が、キッチンから缶コーヒーを持ってくる。
「警備会社の知り合いに当たった。赤錆埠頭の周辺、今朝から急に巡回が増えてる。
……“何かが起きる前提”の動きだ」
サキはソファの端で膝を抱え、ケースを見ていた。
昨夜は眠れなかったのか、目の下が少しだけ赤い。
「……これ、動いてないよね」
サキが小声で言う。
ハレルはケースの留め具に触れず、距離を取ったまま答えた。
「動いてない。……でも、“向いてる”」
五つのカプセルのうち、一つ。
視線を合わせると、ほんのわずかに光が寄って見える。
気のせいだと切り捨てるには、ネックレスの熱がはっきりしすぎていた。
木崎が低く言う。
「隠す場所、変えるか」
「うん」
ハレルは即答した。
「ここに置いておくのは危ない」
サキが顔を上げる。
「私、今度は“ちゃんと役に立つ”」
言い方が真面目すぎて、ハレルは一瞬だけ笑いそうになって、やめた。
「役に立ってる」
ハレルは言って、サキの頭に手を置く。
「だからこそ、勝手に動くのは無し。約束」
サキは、強くうなずいた。
「うん」
その瞬間、窓の外で、工場のサイレンが鳴った。
いつもの点検音のはずなのに、距離が変だ。近すぎる。
木崎が目を細める。
「……音の届き方が、変だな」
ハレルのネックレスが、また熱を増した。
“赤錆”の時みたいに急かす熱じゃない。
もっと広い、薄い波の中で──針がゆっくり振れている感じ。
ハレルは立ち上がった。
「移動する。今すぐ」
◆ ◆ ◆
【異世界・ゼルドア要塞城/地下解析室】
ノノは演算結果を見て、息が止まった。
地図の上に、点が増えているだけじゃない。
点と点の間に、薄い“線”が生まれ始めている。
それは道というより、傷の走り方だった。
世界の表面に、亀裂が入る前のヒビ。
ノノは震える指で、画面を固定した。
そして、ある一点にだけ、赤い枠を付ける。
「……次、ここ……」
誰に聞かせるでもない言葉が、喉から落ちた。
同時に、イヤーカフが弱く光り、外の風音が混じる。
『ノノ?』
アデルの声。
ノノは短く、はっきり言った。
「“増え方”が変わった。点が線になり始めてる。
このままだと……世界が、繋がり方を間違える」
沈黙のあと、アデルが答えた。
『……わかった。必ず戻る。続けろ』
ノノは頷き、もう一度画面へ指を走らせた。
光点が、また増えた。
まるで、地図が呼吸しているみたいに。