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理玖の家庭教師としての役目は三月の半ばで卒業だ。

理玖本人だけでなく母親の友恵からも、可能な限り長くと頼まれて、二週目までは続けることを引き受けた。

そして理玖の家庭教師を卒業した後すぐの日曜日。約束していたものの、延び延びになっていた理玖とのデートの日を迎えた。

待ち合せをして一番初めに足を運んだのは、ご褒美という名目で初めて理玖と出かけたカフェだ。そこでランチをしてから映画館へと向かう予定をしている。

理玖はオムライス、私はハンバーグのランチセットを頼む。

向かい合って食事を進めているうちに、ふと感慨深い思いが胸に広がり出す。

理玖と初めて二人で外で会うことになったきかっけは、この店のパフェだった。一緒に行ってくれそうな人は私しかいないと熱心に誘われて、仕方がないと後ろ向きな気持ちで承諾したのだった。

あの日、あの頃の私たちは、家庭教師と生徒の関係でしかなかった。きらきらした彼の隣に私がいてもいいのだろうとかと、彼との釣り合わなさが気になって仕方がなかった。それが今では恋人同士。そして、私以外の女の子が彼の隣に立つのは嫌だと思っている。理玖に対して、自分がそんな独占欲を持つようになるとは思いもしなかったとしみじみ思う。


「さて、そろそろ出ようか」


理玖に促されて席を立つ。

店員の声に見送られて店を出るとすぐ、彼は私の手を握った。

自分の手を握り返した私を満足げに見たが、すぐにその面に寂しそうな表情を浮かべた。


「来週は卒業式なんだよね。今度こうやってデートできるのは、いつになるのかな……」

「卒業式が終わったら、その数日後にはS市に引っ越す予定でいるの。だからもう、バタバタしてゆっくり会うのは難しいかもしれない……」


彼の横顔を見上げているうちに、切なさがこみあげてくる。


「あと少しなんだね……。でももし、ほんの少しでも会えそうな時があったら、その時は会ってくれる?」

「もちろんよ」


微笑む私に理玖はほっとしたように息を吐く。


「あぁ、早くS市に住みたいよ」

「その前に受験でしょ」

「確かに」


二人の間に流れかけた湿った空気を追い払うように、そんな軽口を言い合いながら、私たちは映画館を目指した。

映画を楽しんだ後は、特に当てもなくぶらぶらと街を歩く。

陽が傾いてきたせいで、さらに気温が下がったようだ。


「三月中旬とは言え、やっぱりまだ寒いわね」

「春はもうちょっと先だね。ところで、この後どうする?カフェにでも入る?夕飯の時間にはまだ早いし」

「そうね……。カフェでもいいけど、ショッピングは?」

「うぅん、それもいいけど、俺はまど香さんと二人っきりになれる所に行きたいな」


理玖は照れたような笑顔を見せる。


「二人っきり……」


そんな場所はあるだろうかと考えて、一つだけ思いついた。しかし、いやいやそんな場所に理玖と行くのは早すぎると、慌てて頭の中からその考えを追い払う。


「まど香さん、何を慌ててるの」


理玖が不思議そうな顔をして私を見ている。


「べ、別に」

「ふぅん、そう?あのさ、夕食の時間まで、カラオケボックスなんてどうかな」

「あ、あぁ、カラオケボックスね、うんうん、いいよ、そこに行きましょ」


私は早口で答えた。不埒なことを考えた自分が恥ずかしく、理玖の顔を見ることができない。

私の頭の中などお見通しなのか、軽く身をかがめて理玖が艶めいた声で囁いた。


「いつか一緒に行こうね。ホ、テ、ル」


そういう経験がないわけではないのに、爆発したかと思うほど顔が一気に熱くなる。その熱を冷まそうと、空いている方の掌でぱたぱたと顔を仰いだ。

理玖はくすくす笑いながら私の手を引いて、今いる場所から最も近い所にあるカラオケボックスに向かった。

中途半端な時間帯だからか、受付をした後は十数分待っただけで部屋に入ることができた。

並んでソファに座り、ドリンクとフードを選んで注文を入れる。さほど待つことなく、スタッフの女性が注文の品を持ってやって来た。彼女が出て行ってから、グラスをカチンと合わせて乾杯する。


「どっちから歌う?」


テーブルに置いたタッチパネルを前にして理玖は私に訊ねる。


「え、っと。理玖君からでいいよ。あ、その前にごめん」


急にトイレに行きたくなってしまった。冷たいドリンクを口にしたせいかもしれない。


「ちょっとお手洗いに」

「大丈夫?分かる?」

「大丈夫よ。行ってくるね」


バッグを肩にかけて、私はそそくさと部屋を出た。

重低音のリズムが響く中、いくつかの角を曲がって奥に進み、女子トイレを見つける。

用を済ませて外に出たすぐのところで、一人の女の子と行き会った。

どこかで見たことがある顔だと思い、すぐに思い出す。高見りらだ。昨年の夏、彼女とは理玖のことでひと悶着があった。ここは気づかなかったふりをした方が良さそうだと、私は顔をうつむかせて足を早めた。

しかし、彼女に呼び止められてしまった。


「待って!お姉さん、あの時理玖君と一緒にいた人だよね」


その声を無視して、この場から立ち去ってしまおうとした。ところが、私を追って来た彼女に後ろから腕をつかまれた。


「逃げないでよ!」


仕方なく足を止めて、ゆっくりと振り返った。

りらは私を睨みつけていた。


「覚えていないの?理玖君と同じ高校の高見りらよ」


隠そうともしない私への敵意がすさまじい。気圧されて、数歩後退った。

何も言わない私にりらは苛立ちを隠さない。可愛らしいその外見に似合わない低い声で言った。


「あの時の理玖君、お姉さんのことを『まだ彼女じゃない』とか言ってたと思うけど、あの後まさか本当につき合い出したりしてないよね」


正直に答えるべきなのかどうかと迷い、目が泳いだ。

私の動揺に気づいたらしく、りらはそこから私と理玖の関係が進展したことを察したようだった。拳を握りしめ、声を震わせて、私に訴えかけるように言い立てる。


「お姉さんだったら、そんなに綺麗なんだもん、もっとずっと大人の彼氏、すぐにだってできるでしょ。それなのに、どうしてわざわざ年下の理玖君を相手にしてるのよ。もしも遊びで理玖君と付き合ってるんだったら、今すぐ別れて。だって、私の方がずっとずっと理玖君のことが好きなんだから。理玖君を私にちょうだい」


最後の彼女の言葉は涙声で震えていた。

彼女の気持ちは痛いほどに伝わって来た。しかしだからと言って、彼女の言葉を受け入れることはできない。

肩で息をしている彼女を私は静かに見つめた。


「あなたが理玖君のことを、ものすごく好きだっていうことは分かるわ。だけど、ごめんね。あなたに負けないくらい、私も理玖君のことが大好きなの。とっても大事な人なの。だからあなたのお願いは聞けない」


りらは涙をこぼしながら唸るように言う。


「どうして私じゃだめなの」

「それは、私には答えられないことだから……。ごめんなさいね。私、もう行くわ」

「逃げるの!」

「そういうんじゃないわ。高見さんが気持ちをぶつけるべき相手は、私じゃないでしょう?」

「何よ。何でも分かった風な顔して……」


私の言葉が彼女の神経を逆なでしてしまったか、りらはぶるぶると全身を震わせて、つかつかと近づいてくると私の前に立った。


「別れて!」


感情的な彼女の言葉にやや遅れて、顔の近くでバチンッと鋭い音がした。続いて頬の辺りにじんじんとした痛みが広がる。


「っ……」


頬を抑えている私の肩をつかみ、りらはなおも言う。


「あんたの方から別れてくれれば、私にもチャンスができるのよ」


その時聞き慣れた声が聞こえた。振り返った先に理玖がいた。

彼は強張った顔をして大股歩きで私たちの方へと近づいてくる。


「理玖君……」


狼狽したりらの声が聞こえたと同時に、私の肩をつかんでいた手が離れた。彼女はふらふらと後ろに下がり、壁に寄りかかった。

一瞬だけ彼女にちらと視線を向けただけで、理玖は真っ先に私の傍までやってきた。


「なかなか戻って来ないから、心配になって様子を見に来たんだ。いったい何があったの?あぁ、ここ、赤くなってる」


理玖は私の頬にそっと手を当てる。

ここで痛いという顔をしてしまったら、理玖の怒りがりらに向いてしまう。それは避けた方がいいと思った。なんでもないと言うように彼に微笑み、その手を外す。


「大丈夫よ」

「大丈夫じゃないでしょ」


眉間にぐっとしわを寄せ、理玖はきっとした顔をしてりらを見た。


「高見、この人に何をしたんだ。叩いたのか?」

「だって……」


りらは怯えた様子でさらにじりっと後退しながらも、震える声で言う。


「理玖君、その人にたぶらかされてるんだよ。目を覚ましてよ。そんな人より、絶対に私の方がいいって。同い年で話だって合うじゃない」

「高見、いい加減にしてくれ。お前はそういう対象じゃないんだ。俺のことは諦めてくれって、今まで何回も言ったはずだ。俺にはずっと想ってる人がいるからって。それはこの人のことなんだよ」

「でもっ……」

「俺は今後もこの人以外を好きになることはない」


りらの体が壁に沿って崩れ落ちた。

うな垂れて床にぺたんと座り込んだその様子が、あまりにも痛々しかった。駆け寄って助け起こしてあげたくなり、足が動いた。

しかし、それを止めるように理玖の手が私の肩を抱く。


「戻るよ」

「でも……」

「いいから、行くよ」

「……ん」


私は唇を噛んで、りらを気にしながらその場を離れた。

優しい君に恋をする~この関係、気にしないではいられない、だけど、それでも

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