「……多分、全部」
涙で潤んだ目で彼女を見つめると、恵は私をしっかり見つめ返したまま頷いた。
そして、今にも泣きそうな顔で謝る。
「……ごめんね」
「…………っ」
彼女の謝罪を、私はブンブンと顔を左右に振って否定する。
「謝らないで……」
でも私の懇願を、今度は恵が否定する。
「私は友達として、やってはいけない事をした。篠宮さんが朱里を守りたい、あんたの事を知りたいと言っても、第三者に友達の情報を横流ししたり、動画を撮って送るなんてしたら駄目だった」
私は二人の事情を知っているし、恵はたった一人の親友だ。
だから許せているし、流れ上仕方のない事だと思っている。
「……確かに『言ってくれたら良かったのに』とは思ったけど、恵が思ってるほど深刻に捉えてないよ。だって恵からの報告があったから、尊さんは自分を慰められたと思うし」
恵が尊さんの事情をどれだけ知っているかは分からないけれど、私はほんのりと概要を話す。
彼女は私を見て、小さく笑った。
「……プライベートでは〝尊さん〟って呼んでるんだ」
「……うん」
その時、シーザーサラダが運ばれてきて、私は気分転換のために「食べよ」と言って取り皿に取り分けた。
「いつから知ってた? だいぶ前?」
「ううん。一月六日。つい最近だよ」
素直に答えると、恵は意外そうに目を丸くした。
「……それまで何も聞いてなかった?」
「うん。……尊さんと付き合い始めたのが十二月の頭ぐらいで、それから一か月、彼は恵が関わってる事をまったく教えてこなかった。恵の事を知ったのは、彼の過去に絡んでいたから。それも、結婚を考えると尊さんのご家族について知らなきゃいけなくて、彼の過去の話を聞く事になった。……その流れの一部だったの」
「そっか……」
恵は静かに溜め息をつき、とりあえずサラダを口に入れて咀嚼する。
「私が関わってるって知った時、どう思った?」
「うーん……、メインで聞いていたのが尊さんの過去の話だったから、『あっ、そこで恵に声をかけたんだ』って彼の考えや行動に納得した感じかな。……私、SNSの使い方がかなり無防備だったみたいだし」
「あれはね……」
恵は思いだしてうんうんと頷き、私は「反省してます」と小さく挙手した。
「きっかけを知ったあとは、二人の感情や動機を理解できたから、すんなり受け入れられた。尊さんも恵も私の大好きな人だから、何をされたとしても、ちゃんとした理由があるなら私は怒らない」
「……朱里のそういうところ、好きだし尊敬してるよ」
恵はなぜか悲しそうに言う。
「十二月の頭からか……。……なんか『変わったな』って思ってたんだよね。明るくなったし、自分の感情を表すようになった。以前より笑う回数が増えて、もっと魅力的になった」
「そうかな。……褒めてくれてありがとう」
お礼を言うと、恵はグラスに残っていたビールを一気に飲み干し、荒っぽく息を吐いて自嘲気味に笑った。
「私じゃ無理だった。……私は朱里との関係が悪化するのを怖れて現状維持を望んだ。変わる事を望まず、つかず離れず〝親友〟であり続けた。……でも篠宮さんは朱里とろくに話してなかったし、むしろ部長として再会してからは嫌われていたのに、今は朱里の大切な人になっている。……篠宮さんとメッセージした時も、たまに会った時も、凄く伝わってきたの。『この人の想いの強さは尋常じゃない』って。彼は私みたいにビクビクしていないし、傷付く事を怖れていない。時間が経つにつれて、彼がどんどん朱里にのめり込んでいくのが分かった」
苦しそうに言う恵の感情の正体を悟った私は、そっと息を吐いた。
「……私は何もかも篠宮さんに負けてた。彼の存在が怖くなってたまに意地悪をしたけど、いつも飄々としてるから焦ってるかどうかも分からなくて、……悔しかった」
そこまで言い、恵は潤んだ目で見つめてきた。
「朱里って田村と付き合っても、あいつに夢中にならなかったでしょ? 別れたあとは少し荒れたけど、本当に好きだったからじゃなくて、ずっと一緒にいた人を失ったからだと思う」
「……うん」
ズバリと言い当てられ、私は頷く。
「あれって、本当は篠宮さんを想ってた? 朱里は自殺未遂した事を教えてくれなかったけど、きっと恩人に思い入れがあったんだよね?」
コメント
3件
らびぽろちゃん、 ↓うん、本当にそう思う....😊 尊さんにとっても 当時自分に代わり朱里ちゃんを見守ってくれる恵ちゃんは 「必要な人」だったし、恵ちゃんもまた 朱里ちゃんを守ってくれる「篠宮さん」を信用し頼りにしていた....🍀 この二人の鉄壁の守りがあって、ミコアカの再会が叶ったのだと思う💝✨
恵ちゃんは尊さんと朱里ちゃんの事を共有することで、バランスを取っていたのかもしれないね。どこかで自分が出来ない、してあげられない事を篠宮さんはしてくれるかもしれないと思ってて。だからこそずっと連絡を取り合っていたのかもしれない。 3人共それぞれが必要な人だったんじゃないかな。
尊さんにとって 朱里ちゃんの存在は「心の救い」であったけれど、恵ちゃんにとっても同様で....🍀 この時はまだ、恵ちゃんは朱里ちゃんに抱いていた感情を「恋心」だと思っていたのかな…😢 朱里ちゃんを想う恵ちゃんの心情も切なくて....😢