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Side 樹


授業終了のチャイムが鳴ると、ほかのみんなは体育に向かう。

仲の良かったという友達が「行ってくる」と声を掛けてくれたから、「頑張れ」と返した。

この間は言い合いになった末に発作を起こしたけど、その後きちんと説明したらわかってくれた。まあ、病気のことってあんまり人に言いたくないから伝えなかった、それだけなんだけど。

「なあ、テストってどこだっけ?」

きょもがそばに来ていて、そう訊いた。

「え?」

考え事にふけっていたからか、質問の意味がわからない。

「これから2人で体育のテストだろ。俺範囲忘れた」

俺も忘れた、と言うと明るい笑い声を上げる。

「でもみんな今バスケしてるでしょ? ならそこじゃない。ってか俺部活してたし楽勝じゃん」

「確かに」

すると、担任の先生が入ってきて2枚のテストを手渡す。

「体育の先生から。みんながやってるのと同じところだそうだ。くれぐれも、不正はしないように」

はい、と答えると先生は出て行く。

静かに進めていると、席替えで少し離れたきょもがペンを置く音がした。さすが優等生、もう終わったのか、と思った矢先。

「うっ」

うめき声を上げた彼の上体が傾いた。俺はガタンと立ち上がる。

「ちょっ、どうした⁉︎」

受け止めようと伸ばした手は間に合わず、椅子から崩れ落ちた身体は床に打ち付けられた。

「おい、きょも!」

あのときと同じように、シャツを掴んで苦しそうにしている。

俺は慌てて教室を飛び出した。隣の教室も体育で、誰もいない。保健室に助けを求めようと、廊下を走った。小学校のときに廊下は走っちゃいけないと教えられたのも、担当医に急な運動はダメだと言われたのも忘れて。

ガラッとドアを開けると、養護教諭の先生は机で作業をしていた。驚いて顔を向ける。

「きょもが…京本がっ」

先生は駆け寄ってきた。

「田中くん、走ったらダメじゃない! 京本くんがどうしたの?」

「教室で…倒れた…」

喘ぎながら言い、胸に手を当てる。走ったのなんて久しぶりだから、心臓が悲鳴を上げていた。

「えっ、教室の先生は?」

「いない…」

とりあえずベッドで寝てなさい、と言われて先生は急いで出て行った。

今日も生徒は誰もいない。それほど数は多くない学校だから、ベッドが満床になるということもほとんどない。

いつもの場所に倒れ込むようにして横になる。

しばらく息を整えていると、小さく救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

俺はまだ乗ったことがないけど、きょもはあるのだろうか。

確かにこんなことしたら俺も一緒に救急搬送だな、と思った。

きっとしばらく入院になるだろう。お見舞いに行ったら喜んでくれるかな。

「……大丈夫?」

そう声がしてまぶたを開けると、戻ってきた養護教諭の先生が顔をのぞきこんできた。

「京本は!? 大丈夫なんですか」

勢いよく起き上がったからか、胸が痛んだ。

でも先生はそれに答えず、

「こないだ発作起こしたばっかなのに。わかってる? 止まってもおかしくないんだよ」

そう、俺の心臓は何かをしでかしたらいつ止まってもおかしくはない。たぶんきょもも。

「わかってます…。でも、怖くて、心配で」

「…うん。一緒に病院行かなくていい?」

本気とも冗談とも取れる言葉に、どう返していいかわからず沈黙すると、

「とりあえず命に別状はないけど、駅の近くの総合病院がかかりつけらしくて、そこに入院するんだって。帰りに会いに行ってあげたら?」

はい、とつぶやいた。

俺らの未来なんて所詮、こんな風にいつも不安定なんだな、と真っ白い天井を見ながら今さらになってやっと思った。


続く

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