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スタッフが立ち去った後、佐山はもぞもぞと居住まいを正して、おずおずと私に話しかけてきた。
「あの、遠野さん」
「はい」
私は佐山に向き直り、微笑んだ。
佐山の顔があっという間に赤くなる。
「今日は来てくださって、ありがとうございました。あなたにお会いするのを、夢に見るほど、とても楽しみにしていたんです」
「はぁ、それはありがとうございます……」
「夢に見るほど」と言われて、首筋の辺りがざわりとした。
彼は単に緊張しているだけなのかもしれない。しかし、ちらちらと私の表情をうかがうような目の動きまでもが、どこか嫌らしく見えてきてしまう。
伯母が言うには「いい人」らしいし、実際本人がどんな人なのか良く知らないのだから、そんな風に思うべきではない。しかしそうと分かってはいても、早く佐山の前から去りたい気持ちが膨れ上がり、そわそわと腰が落ち着かなくなった。やっぱり注文はお茶だけにしておけばよかったと、後悔の念が浮かぶ。
佐山はグラスを手に取り、ごくごくと水を飲んだ。ふうっと息をつき、手の甲で口元を拭う。
その仕草が決して下品に見えたわけではない。けれど、今は一応見合いの最中だ。せめてテーブル脇に用意されているペーパーナプキンを使おうとは思わないのだろうかと、彼が気づかない程度に私は小さく苦笑した。
佐山は私の表情の動きに気づいた様子はない。にこにこと笑いながら話しかけてきた。
その『にこにこ』も私の目には『にやにや』に映る。
「あのぉ、遠野さんは、ドライブなんてお好きですか?もし良かったらですが、今度ドライブに行きませんか。最近、新車でミニバンを買ったんですけども、室内は広々としていて、車中泊もできるくらい広さのある車でしてね。乗り心地がいいんですよ」
この人とドライブに行くことは絶対にないと思いつつ、当たり障りがなさそうな質問を返す。
「車、お好きなんですか?」
「えぇ、好きですねぇ。数年ごとに買い替えてるんですけど、この前はドイツ車に乗ってたんですよ。その前はスウェーデンの車でした。今回、数年ぶりに日本車を買ったんです」
「え?数年ごとに、車を、ですか?それは、すごいですね……」
車道楽の人なのかしらと驚き、私は瞬きを繰り返した。
そんな私の反応に気を良くしたのか、佐山は満足そうな、嬉しそうな顔をする。
「今度ぜひ、私の車でどこかに行きましょう。行きたい所があれば、どこへでもお連れしますよ」
それには答えず、私は曖昧に笑ってごまかした。注文の品が運ばれてきたのはその時だ。話の流れを変えるのにちょうどいいと、ほっとする。
「これが、美味しいと評判のショートケーキですね」
私は紅茶を一口飲んでから、早速ケーキにそっとフォークを入れた。口に入れた途端に、スポンジがほろっと溶けるようになくなって、びっくりする。生クリームの甘さも上品だし、これは確かに美味しい。口の中で味わいながら、塚本もこういうケーキは好きだろうか、などとふと思い、そんな自分に動揺する。
「ケーキはどうですか?やっぱり美味しいですか?」
佐山に訊ねられて、私は慌てて顔を上げた。
「は、はい、美味しいです。評判になるのが分かるような気がします」
「そうですか。このチーズケーキも美味しいです」
「それは良かったです」
私はぎこちなく笑い、すぐに自分の手元に視線を戻した。瞼に焼き付いた光景に、こっそりと眉をひそめる。
佐山の食べ方が綺麗に見えなかったのだ。チーズケーキはそんなにぽろぽろとしたスイーツではないはずだが、皿の上だけではなく、その周辺にまでケーキの欠けらが散っていた。それだけであれば見ないことにしても良かった。けれど、ケーキを口に入れたまま佐山が話す様子が目に入って、汚いと思った瞬間、彼に対して不快な気持ちが生まれてしまった。
その後も佐山との時間は続いたが、彼が話す内容は私の耳には自慢話のようにしか聞こえなかった。高い車を気軽に買い替える話もそうだったが、海外旅行にはもう何度も行っているとか、お気に入りのブランドの洋服の話など、私には縁のないようなことばかりで、次第に私の口元は引きつった微笑みに変わっていった。しかし、それでもなお笑顔を貼り付け続けて、私は佐山の話に適当に相槌を打っていた。
塚本となら話が弾んで楽しいのに――。
そんなことを思った自分にはっとした。今日の私はこの見合いの最中に、塚本のことをいったい何度思い出したことだろう。そして気づいてしまう。いや、改めて認める。
もしかしたら初めはやはり、私にとっての塚本は失恋の穴を埋めるための存在だったのかもしれない。けれど今の私は、間違いなく塚本のことが好きなようだ。気が付けば、彼のことばかり思い出しているということは、きっとそういうことだと思うのだ。この見合いの場をきっかけにして、自分の気持ちを確認することになるなんてと呆れながらも、私はその事実を噛みしめる。
「遠野さん、そろそろ出ましょうか」
「は、はい……」
佐山に声をかけられて、私は返事をしながら何気なく彼のコーヒーカップに目をやった。その中はすでに空っぽだった。
一方の私のカップには、まだ紅茶が残っている。
しかし佐山はすでに立ち上がりかけていた。
ここでもまた、思ってしまった。塚本ならばこんな時、私が紅茶を綺麗に飲み干すのを待ってくれるはずだ、と。
私は紅茶の飲み残しに少しの罪悪感を抱きながら、バッグを手に持ち席を立った。
佐山と別れた後、塚本に電話することになっている。自分の気持ちを認めた今、どのタイミングで塚本にそのことを伝えようかと考えながら、私はレジに向かう佐山の後に続いた。