急に目線が鋭くなり、彼は私から離れ、パソコンの電源を落とした。
「あっ。ごめん。私が怖いの見れないからっ!」
「違う。美月に触れたくて、限界」
彼はそう言い、電気を消した後、私を押し倒した。
「迅くん?」
「イヤだって言っても、遅いから」
彼は自分の上衣を脱いだ。
あぁ、あの時と同じ表情《かお》だ。
薄っすら窓から漏れる光で顔が見える。
再会しても彼のことがわからずに、加賀宮さんって呼んでいた頃と。
悪戯に笑う彼に、身体を預けていた時と同じ――。
「んんっ……」
息が出来ないくらいの強引なキス。
「ふっ……。んんっ」
キスされながら、彼は私の敏感なところに指先を伸ばしていく。
「美月の感じるところ、知っている」
彼は、私の感じるところを弄ぶ。
「あっ、もっ!ダメッ!」
彼の背中に手を伸ばし、快感に耐える。
「イッていいよ」
彼がショーツの中に指先を入れて、既に膨れている部分を優しく擦った。
「あぁ!」
快感に耐えられず、私は絶頂を迎えてしまった。
「美月。濡れすぎ」
満足気に笑う彼。
「んっ……」
まだ小刻みに痙攣している身体に舌が絡まる濃厚なキスをされ、一回治まった衝動がまた彼を求めている。
そういえば、いつもイかされてばかりだ。
今思えば私が結婚してたから、《《彼なりに》》配慮してくれてたの?
「迅くんも気持ち良くなってほしい」
「えっ?」
「迅くんも一緒に気持ち良くなってほしい」
一瞬動きが止まった彼だったが
「わかった」
あっれ?
今の顔、子どもの頃と同じ意地悪じゃない迅くんだ。優しい顔してる。
再び唇を合わせたかと思ったら
「んんんッ!」
彼の指が私の中に入ってきて、恥ずかしいくらいの水音が部屋に響く。
快楽に悶えていると
「挿れるよ」
彼の声が耳元で聞こえたかと思ったら
「あっ!!」
グッと彼の身体の一部が入ってくる感覚を覚えた。
好きな人とのセックスってこんなに気持ち良かったんだ。
私の喘ぎ声と彼の吐息、身体を重ねる音が室内に響く。
「あーっ……。美月の身体、気持ち良すぎっ……」
彼の呼吸が乱れる。
「迅くん……。大好きっ」
「俺もっ……。大好きだよ」
彼の頬に手を伸ばし、自分からキスをした――。
あれ?私……。
目覚めると、隣に迅くんが寝ていた。
そっか。昨日、あの後――。
記憶を辿ったらまた身体が反応してしまいそうだった。
今、何時?七時すぎ……?
ヤバい、彼は今日仕事だよね。起こさなきゃ。
「ねっ、迅くん起きてっ!!」
…・――――…・―――
それから1週間後――。
私は迅くんのアパートに引っ越し、彼と半同棲生活を送っている。
彼の希望通り、朝彼を起こし、朝食を食べてもらい、見送る。
帰宅したら夕ご飯を食べてもらい、別々の時間を過ごすこともあれば「美月と今日一緒に寝たい」と言われる時もあるため、そういう日は彼と一緒に過ごしている。
が、そんな時は大抵
「ちょっ!もっ……。」
激しく抱かれる夜になる。
仕事で疲れているはずなのに、なんでこんなに元気なの?
けれど「大好きだよ」そう言い合いながらの日々は、過去の辛い時間を消してくれるようだった。
「美月、明日からまたベガに出勤だけど。大丈夫そう?」
ベッドの中で彼が心配そうに訊ねてくれた。
「うん。大丈夫。皆さんには迷惑かけちゃったけど、良いメニューができるように頑張る」
引っ越しが終わった後は、時間もあったし、迅くんに協力してもらいながら自宅で料理の勉強もした。料理教室に通っていた時の知識も役に立ったから、複雑だったけど。
「なんかあったら言えよ?」
「うん。ありがとう」
ベガのみんなは快く受け入れてくれるだろうか。
九条グループとはもう関係なくなった私に。
次の日――。
深呼吸をし
「おはようございます。よろしくお願いします」
ベガのスタッフルームのドアを開けた。
そこには
「おはようございます。お久しぶりです!またよろしくお願いします」
そう明るく声をかけてくれる平野さんがいた。
他のスタッフさんたちも普通に挨拶をしてくれ、胸をなでおろす。
しかしそこには、一番心配だった藤原さんがいなかった。
「あの、藤原さんは?」
「ああ。遅番なんで。午後から出勤してくると思いますよ」
そっか、久しぶりだから時間がある時にきちんと挨拶しておきたかったな。
午前中は備品の在庫確認、食材の下準備などを手伝った。
迅くんに<普通にカフェのことを手伝いながら、試作を続けたい>そうお願いした。
腫れ物に触るような扱いじゃなく、スタッフとして手伝いたい部分もあることを伝えた。
彼は「わかった」とだけ返事をしてくれたけど、平野さんから指示を受ける内容が離婚する前とは違うから、迅くんが仕事内容を調整してくれたに違いない。
少しは役に立っているかな?
そう思っていた時、藤原さんがフロアーに入ってきた。
もう遅番が出勤してくる時間なんだ。
お客さんも少ないし、今なら軽く挨拶をしても大丈夫だよね。
「お疲れ様です。お久しぶりです。今日からまたよろしくお願いします!」
ペコっと頭を下げる。
藤原さんは
「お疲れ様です。今日からまたお願いしますね!」
初めて会った時と同じような笑顔を向けてくれた。
良かった。普通に話してくれて。
再度頭を下げ、キッチンに戻ろうとした時だった。
「あっ、この間、旦那さんが来ましたよ。あぁ、今は《《元旦那》》か。話があるとか言って。しばらく出勤しない予定ですって伝えたら、また来ますって言ってましたけど」
う……そ。
本当?本当に孝介が!?どうして?
「別れたんですよね?他のお客さんの迷惑にもなるし、スタッフの足も止めちゃうので、夫婦間の問題を持ち込むのはやめてもらえませんか?迷惑です。ここでまた働きたいのなら尚更」
「すみません」
孝介、何か私に用があるんなら直接連絡して来ても良いのに。
一応、まだ連絡先は変えてない。
藤原さん、怒ってる?
いや、それはベガまで来た孝介の対応が大変だったから?
だったら申し訳ないけど。
あとで平野さんにも謝っておこう。
なんだかんだで一日が終わった。
午後、お客様が少なくなった時間、キッチンを使わせてもらった。
これで実演してみて、スタッフさんに食べてもらって、いろんな意見を集めて、またやり直し……。その繰り返しになる。
でも前みたいに<お客様>扱いじゃなく、フロアーとかキッチンを手伝えるようになって良かった。
帰る支度を整え、一言、平野さんにも謝りたくて彼を待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、あれ、九条さん……。失礼しました。《《遠坂さん》》、まだ残ってたんですか?」
遠坂、そうか。
私離婚したから旧姓に戻ったんだよね。
私自身も忘れていた。
「はい。あの、平野さん。この間、私の元夫がベガに来たって藤原さんから聞きました。いろいろご迷惑をかけてすみませんでした」
平野さんはピタッと一瞬動きが止まったかのように見えた。
「いえ。全然です。しばらくお休みですって伝えたら、わかりましたってすぐに帰られましたよ。そんな、迷惑だなんて。謝らないで下さい」
「そうでしたか。スタッフさん、対応に追われたんじゃないかと思って……」
藤原さんの言い方だったら、いつもの孝介みたいに何か騒ぎ立てて酷い態度でも取ったのかと思った。
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