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Side 大我
自室の勉強机でノートにペンを走らせていると、傍らのスマホが通知音を鳴らす。
画面を見ると、最近追加したばかりの相手だった。苗字もなく、ただ「樹」と表示されているのが何だか潔い。
メールの文面を見ると、
『うぃー。調子どう?
俺は明日ぐらいでもいいけど
きょもが元気だったら行こうぜ』
この間2人で話した、遊びに行く約束だ。
俺にとってはそんな約束を交わすこと自体初めてだった。受験勉強中にも関わらず、楽しみが胸の内で膨らむ。
『そっちも体調良かったらね。
じゃあとりあえず明日の予定で』
翌朝。起きてみると、ちょっとだけいつもより身体が軽い気がする。やはり病は気からなのか、なんて。
リビングに下りて朝食をとる。
「今日は教室行けそう?」
母親が訊いてくる。
「昨日も行ったよ」
そうなの、と驚かれる。「お友達とかできた?」
わざわざ訊かなくてもいいだろ、と思いながらも答える。
「同じクラスに心臓病の子がいてさ。最近見つかったらしいんだけど、仲良くしてる」
と言うと、嬉しそうな様子になった。
「良かったね、安心した。でも珍しい」
確かに確率的には珍しいことだな、と思う。でも樹がいなかったら俺の高校生活最後の年はどうなっていたことか。
「あ、薬ちゃんと飲みなさいよ」
何年も言われ続けている忠告に「わかってるって」と雑に返しながら、ピルケースから錠剤を取り出して口に放り込む。
きっと樹も毎日同じことをしてるんだろうな、と考えると少し楽になった。
でもやっぱり、教室に入るときは緊張で心臓が暴れ出す。
うつむきながら踏み入れ、席についた。
始業まで本を読んでいると、いつの間にか樹が来ていたようで、「きょも。おはよ」と挨拶してきた。
「おはよう」
こんな何気ないやり取りも、「友達」ということを実感できて嬉しくなる。でも俺らは普通の友達じゃない。もっと大きなものを分かり合える仲だ。
「今日はどう?」
俺から話しかけると、樹は笑った。
「全然大丈夫。きょもは?」
俺も、とうなずく。あまり動かなければ、午後まで持つだろう。
その日は移動教室もなかったし、樹は途中で爆睡していたこともあって何事もなかった。
「きょも何で寝ないの…?」
6時間目の終わり、眠そうな目をこすって訊いてきた。
「いや、なるべくみんなに勉強追いつきたいからさ。特別扱いされたくないし」
「偉いな…。俺は諦めちゃったもん」
まあ諦めも大事だよ、と笑いかける。
そして2人で学校を出る。家の方向は少し違うけど、樹が俺のほうに来てくれることになった。
「どうする? 救急車で運ばれない範囲っていったら、カフェとかでゆっくりするしかないな」
案外しっかり考えていて、俺はくすりと笑みが漏れる。
「ふふ、確かにそうしないとね。でも俺はそれで十分」
友達と一緒に電車に乗るのも初めてだった。
樹が空いている優先座席を見つけてくれたが、俺は断る。
「何で? ヘルプマーク付けてるんだろ?」
「…高校生が座ってたら色々言われそうだし」
「じゃあ見せといたらいいのに」
「…それも嫌なんだよ。見せつけんのが」
それもそうだな、と樹は笑った。やっぱりこういうところが助かるんだ。
途中の大きな駅で降りて、駅ビルのカフェに向かう。樹は人混みの中をすいすいと歩いていく。
「慣れてるんだね」
「仲良かったやつらと行ってたからな」
過去形にちくりと心が痛んだが、その表情はからりとしている。
「あ、ここだ。そんなに混んでないね」
レジに並んで、メニューをのぞく。
「何にする?」と問われる。
「えー、何があるんだろう。じゃあコーヒー」
「大人だね」
樹が微笑む。
「なんか心臓病のリスクが減るって聞いたことがあってさ。まあ治療には関係ないけど、おいしいし」
「そうなんだ。じゃあ俺も飲も。いや、カフェオレにしようかな」
治るわけじゃないと思うけどね、と釘をさす。
2人でコーヒーのカップを受け取り、カウンター席に座った。
そして他愛もない話で盛り上がる。
これがみんなと同じ経験なのかな、と思うとちょっとだけ感動する。しかも、樹から「お前は今の俺の一番の親友」だなんて言ってもらったし、次の約束もした。
こんな楽しい時間がずっと続けばいい、と願っていたのに。
次も待っていると思ってたのに。
続く