Side 樹
最近は登校すると、隣の席にもうきょもがいることが多い。保健室じゃなくて。
体調がいいんだな、とこっちまで嬉しくなってくる。
でもこっちは、今日は何だか心臓の動きが悪いようで、朝から息がちょっと苦しい。
不整脈か何かだな、と思った。
だけど痛くはないから薬飲んだり横になったりしても変わんないか、と思って授業中はとりあえず突っ伏して寝ていた。
「樹ー、昼飯食べよ」
そんな声が聞こえて顔を上げれば、きょもが弁当箱を掲げていた。いつの間にか昼休みになっていたようだ。
「大丈夫?」
そう問われ、とっさに「大丈夫」と答える。実際、少し息苦しさは引いていた。
机をくっつけて隣り合う。
するとすぐに、何やら嬉しそうな顔で報告してきた。
「なあ、昨日の音楽番組見た? 好きなバンド出てたんだよ、マジでカッコよかった!」
これは最近知ったことだけど、彼が好きなアーティストを語るときには、いつもより雄弁になる。俺も音楽が好きだから、そのほぼ一方的な話も楽しく聞ける。
「良かったな」
そして食べ終えると、きょもは小さいピルケースを持ってトイレに行った。やっぱりクラスメイトのいる前で飲むのは嫌らしい。
俺は自分の席まで戻り、薬を取り出して口に含んだ。
ささっとそれを片付けたとき、呼びかけられた。「樹」
見ると、俺が中学の頃から仲良かった友達がいた。そう、きょもの前にいつもいたメンバーだ。
「あのさ、お前最近付き合い悪くね?」
不服そうな顔で言う。
「…そう?」
「だっていっつも京本といるし、よく2人で保健室行ってるんだろ。どんな事情かは知らねーけど、俺らのことはもういいのかよ」
そう言われ、思わず頭に血が上った。
「んなわけねえよ! 俺だって、お前らのことが嫌いで離れたわけじゃない。ここのせいなんだよ」
周りの数人が振り向く気配があった。
「京本といて何が悪いんだよ。お前らには付いていけなくて一緒にいられないから、あいつと分かち合ってる。それが――」
そこまで一息に放ったところで、胸にズキンと重い痛みが走った。
「っ…!」
反射的に手で押さえ、うずくまるが呼吸ができない。
「お、おい…」
そんな困惑したような声が目の前から聞こえる。
どんどん息が荒くなっていく。
「はあっ、はぁ」
もうダメかもしれない、そう思ったところで声がした。
「樹!?」
駆け寄ってきて肩を抱いてくれたのは、きょもだった。薬を飲んで戻ってきたところだろう。
「大丈夫、ゆっくり息して」
しばらく必死に呼吸を取り戻すことに集中していると、暴れていた心拍も落ち着いてきた。
「樹、保健室行こう」
きょもが机の薬のポーチを取って、俺を支えてくれる。
去り際にちらりと見えた友達の顔は、心配しているような困ったような表情だった。
「あらあら、発作起きちゃったんだ。意識なくさなくてよかった」
俺が発作を起こした、ときょもが報告しても養護教諭はいつもの柔和さで受け止める。
「まだ辛い?」
ここで嘘をつくのももう嫌だな、と思い素直に首を縦に振る。
「そっか、じゃあお家帰ろっか」
きょもは、とベッドの上で口を開く。「大丈夫?」
うんと彼は答えた。微笑を添えて。
「家帰ってゆっくり休みな」
ごめんな、と俺はつぶやいた。
でも聞こえたのか聞こえていなかったのか、きょもは小さく笑ったままだった。
続く
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