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それからというもの、定正は頻繁に鈴子を午後のアフタヌーンティーに連れ出した
鈴子にとってそれはまるで夢の舞台に足を踏み入れるような時間だった、定正に素敵なラウンジに連れて行ってもらう度、心は高揚し、現実から切り離された様な陶酔感に包まれて2~3日はその余韻から抜け出せないほどだった
定正が選ぶ場所は、どれもが別世界の輝きを放っていた、その中でも《マンダリン・カントリークラブ》は格別だった、兵庫県の中心からわずか数キロ、緑豊かな自然公園に抱かれたこの高級クラブは、年間数千万の会員権を誇る聖域だった
豪華なブッフェ料理と、集まる顔ぶれの華やかさは、まるで映画のワンシーンの様で、政財界の重鎮や新進気鋭の起業家達が、肩を並べて談笑する姿は、鈴子の心を強く揺さぶった
ラウンジに入ると、定正の席はいつも上座と決まっていた、彼が腰掛けるソファーは、まるで王座のように存在感を放ち、ちょこんとその隣に座る鈴子はあきらかに場違いのような気がしていた
テーブルの上には、三段重ねのアフタヌーンティーセットが優雅に鎮座し、色とりどりのマカロン、繊細なサンドイッチ、黄金色に輝くスコーンに目を丸くした
―これが午後のティーで食べるもの?―
そう思いながらも毎回夢中で頬張って、いつもお腹をいっぱいにしてしまった
定正はそんな鈴子を微笑ましく見つめ、彼自身はアフタヌーンティーには手を付けず、紅茶にブランデーを一滴落とし、その芳醇な香りを楽しむだけだった
ホールでは、グランドピアノの音色が優雅に響き渡り、制服に身を包んだウェイター達が、シャンパングラスや宝石の様なデザートをトレイに乗せ、ゲスト達の間を泳ぐようにすり抜けていく
定正がそこにいる事を見つけると、彼に挨拶をしようと、次々と著名人が磁石のように集まってくる、
IT企業のCEO、投資銀行の重役、果ては国際的なコンサルタントまで、彼らは軽妙な冗談を交わしつつ、鋭い眼光で互いの腹を探り、彼らの周りには常に見えない富と権力が交差していた
「うちの秘書です、彼女がいないと私の仕事は回らないんですよ」
定正が挨拶に訪れるゲスト達に鈴子をそう紹介すると、名だたる人物達が、笑顔で彼女に視線を向けるので、その度鈴子は緊張して背筋をピンと伸ばした
「これは素晴らしい!」
「秘書さんはゴルフをされるのですか?」
「ぜひ我々の仲間に入って、ホールを回りましょう!」
そんな言葉が飛び交う度、鈴子は頬をポッと紅潮させて控えめに微笑んだ
「君がゴルフを始める気があるなら、最高のレディース用クラブセットをプレゼントするよ、良い仕事の勉強になると思う」
鈴子はきょとんとして聞き返した
「どうしてゴルフが仕事の勉強になるんですか?」
定正は意味深な笑みを浮かべ、こう答えた
「やってみれば分かるよ」