コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
鏡を見る。僕の目元にはクマがある。どんな手を尽くしても全然消えない、厄介なものだ。僕は睡眠をじっくりとるし、お風呂もゆっくり入る。血行もいいらしいしのに、そこまでしてなお、このクマは治らない。僕は元来あんまり明るい性格じゃないので、このクマがそれにさらに拍車をかけ、僕を暗い人間にしていくようだ。朝から虚しくなってしまった。
家を出ていく。学校があるためだ。晴れの日はいつも、太陽の眩しさに目がくらむ。目を少しずつあけ、陽の光に慣れさしていく。くしゃみがでる。さらに鼻へ圧迫感がある。またくしゃみがでる。花粉持ちであるし、太陽を見るとくしゃみがでてしまう謎の現象も持っているため、ティッシュは常にポケットに入っている。鼻水を垂らしながら生活したくはないからだ。
学校に着く。僕は教科書類を整理し、授業の準備を整える。僕は毎朝早めに学校に来ているため、教室には僕以外に二人女子がいるだけだ。
僕は本を読み始める。静かな教室で読む本はなかなか集中できていいものだ。気づけば人が増えている。中でも目を引くのが、女子グループの中にいるエーリと言う名前の女子だ。さらさらのショートヘアに大きい目、ここからだと見えにくいが多分きめ細かい肌。なんとも目鼻立ちのいい、一言で言うなら美人である。加えて明るく性格もよくリーダーシップもあるのだから、同じ教室にいるのに僕からだいぶ離れた存在に思える。また、くしゃみがでてしまう。止まらない。
席替えが行われた。くじ引きの結果、僕の隣にはエーリが座ることとなった。ドキドキドギマギハラハラな僕を尻目に、彼女は笑みを湛えながら
「私エーリ。これからよろしくね」
と言ってくる。僕はどもりながら、
「よ、よろしく」と言いそしてくしゃみをしてしまう。今日は調子が悪いみたいだ。
ある日、彼女は本を読んでる僕に言ってきた。
「なんでいつも、下を向いてるの?」
「本を読んでる、から」
「上を向いて読めばいいのに」
「どうして?」
「上を向いたら、太陽が見えるじゃない」
彼女が言っていることがあまりよく分からなかった。それより小説の展開の方に気がいってしまい、その話はそこで立ち消えとなった。
クマはまだ治らない。席替えの日からもだいぶ経ったというのに。一向に治る気配がないクマに僕は苛立ちを隠せない。どうしたものか。
ある日エーリが言ってきた。
「今、悩みがあるでしょ」
無論、今の僕の悩みはクマがあることだ。それが何だというのだ?
「その悩みを解決する方法、私知ってるの」
「え、どうやるの?」
「上を向くんだよ」
また、「上を向く」話だ。彼女はそんなに僕に上を向いてほしいのだろうか。理由が分からない。
僕が太陽をみてくしゃみをしてしまう現象を、光くしゃみ反射というらしい。その光刺激に応じて、くしゃみがでてしまうのだ。僕は意図的に、太陽のある上を避けているのかもしれない、と思った。くしゃみをしないよう、体が勝手に下を向いているのかもしれない。
朝、鏡を見る。彼女に言われたことを思い出す。鏡に映す顔の角度を、いつもより上向きにしてみた。すると、クマに光が当たることで、いつもよりだいぶマシに見える。彼女はこのことをいっていたのかもしれない、と思うが、そんなことはないだろう。僕のことなんて、誰も気にかけないはずだ。
いつもの通り、学校に行く。いつもの通り、エーリのとなりの席に座る。なぜか今日は、皆登校するのが早いようだった。僕はいつもの通り、準備を始める。
また本を読んでいた。不意に、となりからエーリが話しかけてきた。
「私の言ったこと、覚えてる?」
「上を向け、的な?」
「せっかく教えたんだから、実践してよねー」
といわれたので、本を上に掲げて、顔を上向きにする。すると、天井になにか大きな紙が貼ってあるのを見つけた。書かれていたのは、想像もつかないような言葉だった。
「風語くん 誕生日おめでとう」
クラスのみんなが、待ってましたと言わんばかりに大声で言ってくる。
「風語くん、誕生日おめでとう!」
ひときわ大きな声で、エーリの声が聞こえた。にやりと笑っている。僕は幸福な気持ちに包まれながら、盛大にくしゃみをした。