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大根みたいに腫れ上がった足で、ぬかるみを歩くのは大変だった。夜に降った恵みの雨も、状況が変わればわたしたちの行手を遮る敵となって、すってんころりと足を滑らせたり、たこにゅうどうみたいに吸い付いたりした。
それでも諦めないで進んでいくと、狭い農道に出れたことで、みんなは安心した顔になっていた。
それだけ、三日間の行進は辛く悲しい出来事だったし、みんなの心に暗い影を落としたのだ。
わたしはずっと、ぐるぐると考えていたことがある。
朝起きて歯を磨いて、服を着てご飯を食べる。
勉強をして、お友だちと遊んで、お風呂に入って布団に包まって、お父さまやお母さまとお話をしてぐっすり眠る。
そしてまた朝を迎える。
こんな普通のことが、今では羨ましくてたまらないから、仕合わせというのは素朴なものだけど、とっても偉大なんだと気がついた。
では、なんで、戦争なんてあるのだろう?
わたしたちが、こんな状況に追いやられたのも、元はといえば争いが原因なのはわたしにもわかる。
どうしてなの?
守ってはくれる人はいないの?
それとも、みんないなくなったの?
だったら、初めから戦争なんてしなければよかったんだ!
叫びたくなるけれど、子どものわたしの言うことなんて、きっと聞いては貰えないだろうから、ぐっと唇を噛んで歩き続けた。
お母さまに迷惑はかけたくないから、わたしはわざと笑顔で、
「お母さま!」
「どうしたの、響子?」
「わたし、わたしね…」
「うん、なあに?」
「わたし…」
「うん」
「兵隊さんたちが、きっと助けに来てくれるはずです。だからがんばります!」
と、言った。
お母さまは微笑んでくれた。
すると、前を歩いていた男の人が指差して、
「みなさん、あそこ…」
と、叫んだ。
わたしたちのいる一本道の、遥か向こうには街が広がっていて、左右に開けた高粱畑のお陰で、建物の輪郭もはっきりと見れた。
しばらく歩くと川があって、そこで何かを燃やしている人たちもいた。
彼らはわたしたちに気がつくと、おいでおいでと、手招きをして何かを叫んでいた。
「日本人ですか!?」
そう聞こえた瞬間、疲れ切ったわたしは意識を失って、その場に倒れ込んだ。