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#ヤンキー
964
羽海汐遠
10,738
(……本当にこっちであっているのか?)
俺はアルミ鍋をぶらぶらさせながら、森の中を歩いていた。森は鬱蒼として暗く、木立の間から漏れる夕日は血のように赤い。
人生に思い悩み、世を儚むには最適なロケーションに思えるが、幸いにも俺はそういう大層な悩みは持ち合わせていない。それなのになぜこんなところでひとりうろついているのかと言うと、単に高校の林間学校に来ているだけである。
テントこそ張らないが、林間学校といえば飯ごう炊さん。飯ごう炊さんといえばカレー。昔も今もそう相場が決まっているらしく、俺たちには特に選択肢も与えられず。キャンプ場のある山奥でカレー作りに勤しんでいるのだった。まあ、いいんだけど。カレーは普通に好きだし。美味しければ。
俺は妙に粘度の高かった、我が班のカレーを思い浮かべた。どうも、ルーを入れるのが早すぎたらしい。見た目こそかなり素早くカレーっぽくなったものの、ジャガイモやら人参やらが未だ生であることが発覚。こうなったら煮込むしかないわけだが、それにしても最初の水の量が少なかった。そういうわけで焦った班の女子から、「とにかく水組んできて!」とカラの鍋を待たされ送り出されたのである。「そっちの方に行けば、水場があるから」という、曖昧な情報と共に。
(で……そっちの方ってどっちなんだ)
言われた方向へ歩いてきたのだが、水場なんて全く見当たらない。本当にこっちで合ってんのかな。だいたい誰もいないし。
「ん?」
誰もいないと思っていたら、木立の向こうに前をスタスタと行く人影が見えた。肩の上で、二つに結った三つ編みが揺れている。
後ろ姿に見覚えはなかったが、同じ学校指定のジャージを着ているし、同級生には違いない。片手に食材が入っているとおぼしき白いビニール袋をぶら下げている。彼女も水場に向かっているのだろう、多分。
そう見当をつけた俺は、その背中についていってみることにした。
三つ編みを追いながら、ぶらぶらと歩いていく。……しかし、結構な山奥だよなぁ。
昼間は汗ばむくらいの陽気だったが、暮れかけた森の中はじめっとしていて涼しいくらいだ。
この林間学校は高校入学後、すぐにやってきた大きな行事。エコ体験、農業体験とか、飯ごう炊さんとか色々やるけど、何はともあれクラスの親睦を深めるというのが目的らしい。中学にも林間学校はあったけど、さすが高校の林間学校は少しだけグレードアップしている。
ちょっとだけ山奥で、ちょっとだけ登山風で、ちょっとだけおやつの限度額も高く(というか特にない)、ちょっとだけカレーの具材も多い。めんどくさい! という声も多かったが、来てしまえば皆それなり楽しんでいるわけで。
「うわっ」
ぼけっと歩いていた俺は、張り出していた木の根元につまずいてしまった。その拍子に、アルミ鍋が前方へ飛んでいく。
「いってえ……」
うわ。こんなに派手にこけたの久しぶりだ。誰にも見られてーー。
「……あれ?」
ふと見ると、さっきまで前を歩いていた女子の姿が見えなくなっていた。どこへ行ったんだろう……あ。
あたりを見回していると彼女の代わりに、夕暮れを背に佇む黒々とした建物が目に入ってきた。水場というのは、あれだろうか。よかった、早く水を汲んで戻らないと……。
せっかくのキャンプ、せっかくの飯ごう炊さん。できればカレーは美味しくあって欲しい。
俺は鍋を拾うと、その建物に近づいた。
「……え?」
近づいた俺の目の前に建っていたのは、朽ちた屋敷。屋根は歪み、壁板はボロボロに色褪せている。逆光のせいか妙に黒く見えるその建物は、崩れる体を堪えるようにしてそこに佇んでいた。これは……。水場……じゃないよな? でも、他に建物なんて見当たらないし……。
辺りを見回してみる。やっぱり他に建物らしきものは見えない。……建物の再利用で、中が水場に改造されてるとか? その可能性も無くはない……か? 一応、中を覗いてみるか……。
俺は開け放たれた玄関から、中の様子を伺った。
「うわ……」
中は思ったよりも広く、所々崩れかけている。湿った土や木材の臭いがした。これは絶対、水場じゃない。真っ当な廃屋だ。しかし、これだけちゃんと残ってるのもすごいな……。
好奇心と怖いもの見たさが疼いたが、今はカレーの危機。のんびりしてたら、ボソボソ焦げたカレーを食う羽目になる。
さて、ここじゃないなら水場はどこにーー。
「……助けて……」
えっ? い、今……声がしたような? 女の子の……。しかも廃屋の奥から。
一瞬ゾッとしたけれど、はたと思い当たる。もしかして、さっきの……前を歩いていた女子だろうか。そういや、急に姿が見えなくなったけど……。この廃屋に入ったのか?
「……誰か、いる?」
歪んだ戸口に立って、中へと声をかけてみる。……答えはない。うーん……。
俺は空を見上げた。茜色の空はまだ充分に明るいが、それでもさっきより幾分か暗くなってきている。床板を踏み抜いて身動き取れない、とかだったらまずいよな……。……うん。後で知って、あの時確認しておけばなんて後悔するのはごめんだ。まだ日の光があるし、中に誰かいないかどうかだけ確認しておくか……。
そう考えた俺は、廃屋の中へと足を踏み入れた。
コメント
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うわ、これは続きが気になる終わり方……! 林間学校の飯ごう炊さんっていう日常の空気感から、廃屋と「助けて」の声で一気にホラーっぽくなるのがすごく上手いなと思いました。主人公の「声がした気がする」って引き返せない選択をするところ、読んでるこっちもドキドキしました。次どうなるんだろう……カレーも無事でいてほしいけど、気になる! カナリアさんのホラーの空気感、好きです。