コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
(何でこんな所に魔物が?)
いきなり目の前に現われた大きな大蛇。よく見れば、黒い鱗は光を反射するたび不気味な紫色に輝いていた。目の色も、血のように充血しており、殺気立っている。ただの蛇ではない事は一目瞭然だった。
「きゃあああ!」
「ちょっと、貴方たちわたくしを盾にするなんて!」
私の後ろで、ナーダの遠巻き達が悲鳴を上げる。ナーダの後ろに隠れてびくびくと震えていた。それはもう立っていられないぐらい足を震えさせて。当然の反応である。
ナーダは、自分の後ろにいる取り巻き達に怒鳴り散らすと、取り巻き達は涙目で必死に首を横に振っていた。
すると、突然大蛇が大きな口を開け、鋭い牙を見せてきた。そして、そのままナーダに襲い掛かった。ナーダは、腰を抜かして地面に座り込む。
(まずい、このままじゃ――――!)
そう思って、慣れないヒールで地面を蹴り私は大蛇の頭に跳び蹴りを食らわせた。ほんの数センチ、大蛇の頭にヒールが食い込んだが、あまりの堅さに折れてしまう。
(堅すぎじゃ無い!?)
バランスが崩れ、宙に投げ出されると、私は受け身を取り着地する。靴底が少し擦れて、火花が出た。使い物にならないと、私はヒールを脱ぎ捨てた。動きにくい長いドレス。ここにいる三人を守りながら戦うのはさすがに厳しいと思った。
私が蹴ったからか、ナーダはギリギリのところでかわしたようだ。
(……でも、一瞬止ったようにも思えた)
ほんの一瞬、大蛇は止まりナーダを食うところで動きを止め私の攻撃に備えたように思えた。知性のある大蛇なのか、それとも。
(どっちでもいいけど、このままじゃ皆やられて終わりね)
ナーダの家の近衛騎士達が来るまで時間を稼がないといけないと思った。しかし、この大きな図体、出口となる通路は一本しかないため注意を逸らし、尚且つその開路を開くのは容易ではない。あの令嬢達が走って逃げられるようなタイプじゃないことも分かっている。
どうすれば、怪我人なしでこの場を切り抜けられるか。
そんなことを考えていると、大蛇の尾が私の前の前まで迫っていた。
「……ッ!」
当たるギリギリの所で何とか交わし、大蛇の腹に拳を叩きつける。が、やはり堅い。
私は、間髪入れずに大蛇の鼻先に踵落としを決めた。しかし、またもや皮膚が裂けただけで致命傷には至らない。
(この大蛇、もしかして私を狙っている?)
本能的に、私を狙っているのかと、先ほどから動かない令嬢達には一切興味が無いように思えた。これなら、開路さえ開けば逃がすことが出来るんじゃ無いかと、私は、ナーダ達のいない方向へ走り出した。予想通り、大蛇の首は私の方に向けられのそのそとその大きな身体を揺らして近付いてくる。
「今のうちに逃げて!」
ナーダ達はやっと状況を理解したようで、急いで立ち上がり私とは反対方向に走っていった。それを確認すると、私は再び大蛇と対峙した。大蛇はやはり、彼女たちには興味が無いようだった。一体どういうわけか。
(……考えても仕方ないわ。やるしか、ないか)
正直言って、こんな魔物と戦うのは初めてだった。だからこそ、とても興奮する。
三人を逃がしたことで、自由に動けるようになったこともあって、私は気合い十分と言った感じに大蛇を見る。しかし、このドレスの長さはどうにかならないものかと、私は真っ赤なドレスの裾を素手で引きちぎる。
真っ赤なドレスだ。返り血を浴びても問題ないだろう。と、大蛇の血の色が赤とは限らないため、寧ろ紫とかそっちなんじゃ無いかとも思いつつ、私は戦闘状態に入る。獣の姿をした魔物とは何度か拳を交えたことがある。その時よりも、皮膚が硬い。だからこそ、この大蛇は私の拳にどれほど耐えられるのか検証したかった。良い機会だ。
「いくわよ!」
私は大きく足を踏み出し、大蛇に向かって跳び上がった。そのまま、大蛇の顔に渾身の一撃を食らわせる。すると、大蛇は私に向かって大きく口を開き噛み付こうとした。
大蛇の大きな口に手を突っ込み下顎を掴んでそのまま地面に叩きつける。大蛇は、大きな音を立てて地面に倒れ込む。それでもまだ息はあるらしく、紫色の舌をちらつかせながら私を睨み付けていた。
思った以上につまらなかったが、完全に息の根を止めなければと、大蛇の頭を掴み持ち上げると、大蛇は苦しそうにもがき始めた。
「暴れるなッと!」
逃げようとした大蛇の頭に私はもう一発拳をたたき込んだ。すると、大蛇の頭はその重圧と力に耐えきれず破裂し青紫色の液体をまき散らし破裂した。まるで、雨のようだと、私は晴れている空を見上げながら思う。
(手応え……あんまり無かったかも)
今まで戦ってきた中では、強い方だったのだろうが、イマイチ物足りなかった。私は、大蛇の肉片を手に取りまじまじと見つめてみた。
(やっぱり、毒蛇ってことかしら)
手に取ってみてみれば、かすかに魔力を感じたのだ。魔物だから、魔力を持っているのは理解できるのだが、これは故意的に埋め込まれた、掛けられた魔法だと瞬時に理解する。と言うことは、誰かがこの大蛇を操っていたと言うことになるのだ。さすがに、ナーダの家のペットではあるまいし。
(別に蛇をペットにしてたら、してたで、格好いいけど)
猛獣をペットにするような貴族がいるのだから、それは可笑しいことではないだろう。家で飼いたいとお母様に話したら、猛反対され、お父様も「すぐ殺してしまうからダメだ」と言って反対していた。別に、飼う=殺すではないと思うのだけど。両親からも私はそう思われているのだろう。
ゴリラを飼いたいが、ゴリラ飼育禁止法をいうものがあるからその夢は叶いそうにない。何だって、ゴリラは神の象徴であり、ゴリラ神の遣いでもあると言われているのだから。
(まあ、誰が何のために大蛇に魔法を掛けて飼い慣らしていたかは知らないし、どうでも良いけど)
令嬢を狙っている奴らがいるのか、それとも私だけが狙われたのか。
「考えすぎかも」
深く考えないようにして、倒せたのだから良いじゃないかと自分に言い聞かせた。
すると、庭園の入り口の方から先ほどの令嬢達の声と、低い男の声が聞えた。
「あっちです。魔物が出て……って、す、ステラ……様?」
令嬢の一人が私に気づき、指さしていた手を下ろすと、一気にその顔を青く染めた。
ああ、そういえば大蛇の返り血でドレスも顔も汚れているんだったと思い出す。大蛇の肉片をその場に捨て、顔に着いた血も適当に拭き取る。生臭い。
そんな私を見て、令嬢達、そしてたどり着いた騎士達はさらに驚いた表情を見せた。
令嬢達に私は笑顔を向けた。
「大丈夫だった? 怪我はない? ちゃんと逃げれて何より……」
「……ッチ、化け物」
そう、口を開いたのは令嬢と騎士達の一番後ろにいたナーダだった。
(舌打ち……された?)
どちらかと言えば、助けてあげた側なのに……そう不思議に思いナーダを見ていれば、彼女はさらに眉間に皺を寄せ殺意の籠もった目で、私を見て再度「化け物」だと口を開き、彼女は踵を返し侯爵邸へ戻って行ってしまった。