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#戦国時代
眠狂四郎
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#戦国時代
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#軍師
眠狂四郎
153
チェルシーは、弟の遺体が冷たくなるまで、その場を動かなかった。
「よくやった……よくやった……」
血と泥にまみれたドルトスの身体を、布で丁寧に拭う。
鎧の隙間に入り込んだ土を払い、乱れた髪を整えながら、何度も同じ言葉を繰り返した。
「よく戦った……」
副官が静かに歩み寄る。
「将軍、お時間が――」
ドルトスの亡骸へ手を伸ばした、その瞬間だった。
「触るな。」
低く鋭い一喝。
副官は思わず息をのみ、その場で足を止めた。
しばらくして、一人の伝令が駆け込んでくる。
「ご報告します! ライナー王はご無事です!
アグリ将軍とともにライム川西岸、ケルムへの撤退を開始しました!」
チェルシーはゆっくりとうなずいた。
「……そうか。」
そして、弟の亡骸からようやく目を離す。
「兵は、どれほど残っている。」
副官は苦しそうに答えた。
「ほぼ……全滅かと。」
沈黙が流れる。
グラン軍は誇るべき重装歩兵二千をはじめ、遠征軍のほとんどを失っていた。
数年をかけて鍛え上げた精鋭は、この森で潰えたのである。
「……そうか。」
チェルシーはもう一度だけつぶやいた。
その声には悲しみも怒りもなかった。
あまりにも多くを失い、その感情さえ凍りついてしまったかのようだった。
「王はどちらにおられる。」
ケルムへ到着したアグリは、ライナー王の帰還を聞くや否や、足早に本営へ向かった。
天幕の中は静まり返っていた。
ライナーは椅子に腰を下ろしたまま、焦点の合わない目で床を見つめている。
「私の軍団が……。」
力なく握り締めた手は震えていた。
「私の軍団が……。」
アグリは何も言わず近づく。
次の瞬間――。
ドンッ!
右拳がライナーの頬を打ち抜いた。
王は椅子ごと床へ倒れる。
手から、小さな兵士のお守りが転がり落ちた。
「しっかりしろ。」
ライナーは呆然とアグリを見上げる。
「勝ちも負けも、すべて受け止める。それが王の務めだ。」
「……できぬ。」
かすれた声が漏れる。
「私には……もうできぬ……。」
アグリはためらわなかった。
再び拳を振り抜く。
「甘えるな!」
二度目の衝撃でライナーは床へ崩れ落ちた。
アグリは背後の副官へ視線を送る。
「全員、外へ。」
副官たちは黙って一礼し、天幕を出ていった。
二人きりになる。
アグリは静かに口を開いた。
「いいか、ライナー。」
「敗れた時こそ、本当の試練が始まる。」
「これから襲ってくる苦難は、今日とは比べものにならん。」
「どうする。」
「神に祈るか。」
「その姿を兵たちに見せるのか。」
「その瞬間、この国は終わる。」
ライナーは言葉を失う。
アグリは落ちていた兵士のお守りを拾い上げ、ライナーの胸元へ押し返した。
「神を欺け、ライナー。」
「兵の前では、お前が神であれ。」
そう言い残すと、アグリは踵を返した。
「……表で待っている。」
ライナーは床に落ちていた兵士のお守りを静かに拾い上げた。
掌の上で小さな木彫りを見つめる。
「……神の加護ではない。」
しばらく沈黙し、小さく笑う。
「お前が、私を守ってくれたのだ。」
お守りを強く握りしめる。
「ここから先は……修羅の道なのだな。」
ライナーはゆっくりと立ち上がった。
「見ていてくれ。」
「これから先も、一緒に。」
兵士の形見を胸へ押し当てる。
王の瞳から迷いは消えていた。
ケルムには、敗残兵が続々と集まりつつあった。
傷だらけの兵士。
担架で運ばれる負傷兵。
主を失った軍馬だけが、力なく草を食んでいる。
グラン軍は敗れた。
その現実だけが、野営地を覆っていた。
やがてチェルシー隊も到着する。
「……ドルトスが戦死した。」
チェルシーはそれだけを告げた。
アグリは静かに目を閉じる。
「王は。」
「今、中に――」
副官が言い終える前に、天幕の幕が開いた。
ライナーだった。
チェルシーと視線が合う。
二人は何も語らない。
その沈黙だけで、互いにすべてを理解していた。
ライナーは前方へ歩み出る。
視線の先には、建設途中の巨大な神殿があった。
「……あれは何だ。」
「オーディンを祀る神殿かと。」
アグリが答える。
ライナーはしばらく神殿を見つめた。
「神は救わなかった。」
小さく呟く。
そして振り返ると、野営地中に響き渡る声で命じた。
「チェルシー!」
「ガラリア州総督に命じる。」
「まず、あの神殿を焼け。」
兵たちが息をのむ。
「奴らの神など、人一人救えぬことを思い知らせよ。」
「手段は問わぬ。」
「裏切り者を、一人残らず生かしておくな。」
チェルシーは深く膝をついた。
「はっ。」
「命に代えましても。」
ライナーはうなずく。
アグリはその横顔を見つめ、わずかに口元を緩めた。
(立ち上がったか。)
「副官。」
「コロンボをチェルシー将軍につけろ。」
「私と王はグランへ戻る。」
「援軍は必ず送る。」
「……頼んだぞ。」
「お任せください。」
チェルシーは残された騎兵を中心に軍を再編した。
目指すはトイトブルグ。
アルミンに呼応したブルク族が支配する地である。
抵抗らしい抵抗はなかった。
男たちは討たれ、
集落は炎に包まれた。
憎しみの森は再び血に染まり、
各集落の族長は見せしめとして磔にされた。
生き残った者たちは縄でつながれ、広場へ集められていく。
老人も。
女も。
子どもも。
チェルシーは感情を失ったような目で、その光景を見下ろしていた。
「グランに身寄りがあり、身代金を支払える者だけ残せ。」
「それ以外は奴隷としてグランへ送れ。」
「……以上だ。」
誰も逆らわなかった。
将軍の命令は、絶対だった。
弟を失った日、チェルシーの中で何かが死んだ。
復讐だけが、彼を動かしていた。
――この日を境に、ガラリアは戦場ではなく、復讐の地となった。
コメント
1件
第30話、エグかった……。ドルトスの戦死もそうだけど、それ以上にチェルシーの「触るな」であれだけ感情が読めなくなってるのが辛いわね。弟を失ったことで何かが死んだって描写、ガチで刺さった。ライナーへのゲンコツと「神であれ」のシーンも痺れたけど、チェルシーの復讐鬼と化す覚悟が重すぎてもう。次が待ち遠しいわ🔥