テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#シェイプシフター
柊遊馬
4,994
#戦国時代
眠狂四郎
284
#戦国時代
眠狂四郎
196
#軍師
眠狂四郎
153
プロメテウスが天界から火を盗み、
人類へ与えたことに激怒したゼウスは、
人間へ災いをもたらす存在を創るよう、鍛冶神ヘパイストスへ命じた。
ヘパイストスは泥をこね、一人の美しい女性を作り上げる。
その名は、パンドーラ。
神々は彼女へ次々と贈り物を授けた。
アテーナーは機織りと家事の技を。
アフロディーテは男たちを惑わせる美しさを。
ヘルメースは狡猾さと、人を欺く言葉を。
そして最後に、神々は決して開けてはならない匣を彼女へ託した。
パンドーラはその匣を抱え、プロメテウスの弟エピメーテウスのもとへ送られる。
プロメテウスは以前から弟へ忠告していた。
「ゼウスからの贈り物だけは受け取るな。」
だが、エピメーテウスは美しいパンドーラを前に、
その忠告を忘れ、彼女を妻として迎え入れた。
ある日。
パンドーラは抑えきれない好奇心に負け、匣を開いてしまう。
その瞬間。
病。
争い。
飢え。
悲しみ。
死。
人間を苦しめるあらゆる災いが世界へ飛び散った。
慌てて蓋を閉じる。
その時だった。
匣の中から、小さな声が聞こえた。
「待ってください。」
「どうか、私も外へ。」
「私は――希望です。」
◇
「オーストリア先生。」
ライナーは静かに口を開いた。
「希望って、何でしょうね。」
王都へ戻ってからというもの、ライナーはほとんど誰とも顔を合わせなかった。
ドルトスを失い、多くの兵を見捨てるしかなかった敗戦。
胸の傷は、まだ癒えていない。
アグリとマエクスは相変わらず政務に追われていたが、
今だけは王をそっとしておこうと互いに決めていた。
そんなある日。
館の扉が静かに開き、一人の老人が部屋へ入ってくる。
ライナーの幼い頃から学問を教えてきた家庭教師、オーストリア先生だった。
老人は何も言わず、ライナーの向かいへ腰を下ろす。
その沈黙が、かえって心地よかった。
「希望なんてあるから、人は信じようとして裏切られる。」
ライナーは窓の外を見つめたまま呟いた。
「もしかすると、希望こそが人にとって最大の厄災だったのではないでしょうか。」
オーストリア先生は静かに微笑む。
「ですが王は、それでも人を信じたいと思っておられるのでしょう。」
ライナーは答えない。
「ならば、それは厄災ではありません。」
「……。」
「それとも王は、希望なき国をお作りになるおつもりですか。」
その問いに、ライナーはゆっくりと顔を上げた。
「希望を抱き、理想へ向かって歩む。」
「たとえ、その先にどれほどの試練が待っていようとも。」
部屋に静かな沈黙が流れる。
やがてオーストリア先生は、思い出したように口を開いた。
「そうそう。」
「私は、この一連の戦いには別の意味があるように思えてならないのです。」
「別の意味?」
「ええ。」
老人は窓の向こうの空を見上げた。
「人が、神から離れようとしているのではないか、と。」
ライナーは眉をひそめる。
「アルミン殿も、グランから独立したいだけではないのでしょう。」
「神からも独立し、
人の意思だけで未来を選ぶ世界を望んでいるのかもしれません。」
ライナーは黙って聞いていた。
「もちろん、これは老いぼれの戯言です。」
オーストリア先生は穏やかに笑う。
「どうか、お聞き流しください。」
思えば、ジュリアスの暗殺から始まった世界の変化は、
濁流のように時代をのみ込み、誰にも止められないものとなっていた。
――人類は、パンドラの匣を開けてしまったのだろうか。
ガラリアでは、ライム川以東の広大な領土を失った。
北では、敗戦したアテイラが兵を立て直し、グラン王国北東への再侵攻をうかがっている。
そして南でもまた、新たな火種が静かに燃え始めていた。
戦乱は終わらない。
いや、それどころか、ようやく始まろうとしていた。
神々の時代は終わりを告げ、
人が自らの意思で未来を選ぶ時代が、静かに幕を開けようとしていた。
一方、グラン王国の政界にも異変が起こり始めていた。
元老院議長オセロは、かつてアントンを激しく憎み、
幾度となく弾劾を繰り返してきた。
だが、フィリピアの戦いで元老院支持派が壊滅すると、その態度は一変する。
今度はライナーへ取り入り、生き残りを図り始めたのである。
しかし、その裏では別の動きが進んでいた。
マエクスが元老院の粛清を進めている――。
そんな噂が、密かに王都を駆け巡っていた。
(……甘く見ていたか。)
オセロは己の失策を悟る。
(どこへ逃げる。)
王都に残れば命はない。
夜が明ける前に都を離れようと決意し、
わずかな供だけを連れて屋敷を抜け出した。
しかし、その翌朝。
街道脇で、一人の老人の亡骸が発見された。
胸を鋭い刃で貫かれたその姿は、
逃亡の途中で何者かに襲われたことを物語っていた。
その日のうちに王宮から布告が出される。
「元老院議長オセロは、アントンが放った刺客によって殺害された。」
人々はその発表を疑うことなく受け入れた。
真実を知る者は、誰もいなかった。
コメント
1件
みぅです🥀 第31話、読み終えました。 パンドラの匣の寓話から始まる構成が本当に美しくて、冒頭から引き込まれました。「希望こそが最大の厄災だったのではないか」というライナーの問いかけに、胸がギュッと苦しくなりました。それでも「希望なき国」を選べない彼の葛藤が、優しいオーストリア先生の言葉で少しずつほどかれていくようで。 最後のオセロの死の匂わせもゾクッとしました…。戦乱の新たな章、続きが気になります🌙