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「……もう!
そう聞くってことはわかってるんでしょ」
「わかってるけど、澪の口から聞きたいから」
「そういうところがやっぱり意地悪だよ!」
じたばたする私の額の髪を払い、レイは軽いキスをする。
「あの時キスしたのはただの意地悪。
あんまり澪の寝たふりが下手だから」
「やっぱり気付いてたんだ……!
ひどいよ、ファーストキスだったのに!」
「へぇ、ファーストキスか。どんな味だった?」
レイは余裕の笑みでそんなことを言い、今度は私の唇にキスをした。
ただ触れるだけでも私を黙らせるには十分で、もう体が熱くてたまらない。
思えばキスで黙らせるというレイの手法は、効果抜群だ。
心臓がバクバクしすぎて、続く言葉を失った私は、「もういい!」とDVDをスタートさせた。
それから1時間ほど経ったところで家の電話が鳴った。
受話器を取り、相手がけい子さんだとわかると、私は慌てて受話器を握り直す。
「もしもし?」
「澪?
スマホにかけたんだけど、出ないから家にかけたの」
「あぁ、ごめん。気付かなかった……!
大丈夫? 台風ひどいみたいだけど」
「そうなの。
飛行機が飛ばないから、新幹線で帰ろうとしたんだけどね。
本数が減ってる上に徐行運転だから、乗れても東京まで立って帰らなきゃいけないみたいで。
親戚はそれなら泊まっていけって言うし、お言葉に甘えさせてもらうことにしたの」
「えっ、そうなんだ……」
やっぱりあっちの台風はそんなひどかったんだ。
「ごめんなさいね。
明日の朝帰るから、戸締りはしっかりして寝てね。
あと……レイはいる?」
「う、うんいるよ」
「ちょっと代わってくれる?」
「うん!」
レイを呼ぶと、彼はソファー越しにこちらを向いた。
「レイ、けい子さんから電話だよ」
「あぁ」
受話器を受け取ってしばらくすると、レイは苦笑し始めた。
なにを話しているかはわからないけど、何度か頷いている。
通話を終えると、私は繰り返しだとわかっていてもレイに言った。
「けい子さんと伯父さん、今日は帰れないって。
親戚の家に泊まって、明日の朝帰るって言ってたよ」
「らしいね。
今けい子に釘をさされた。
今晩帰らないけど、レイのことは信用してるからって」
「え……」
思わず目を開くと、レイは目元を下げて私を見た。
「というわけで、澪。
けい子の手前、これ以上一緒にはいれないかな。
DVDの続きは、明日一緒に観よう」
レイはぽんと私の頭を撫で、リビングを出ていく。
「信用してるって……」
口にすると、じわじわけい子さんが言っている意味が襲ってきた。
たしかにそうだ。
けい子さんの立場ならそう言って当然だし、その通りなんだけど―――。
一時停止したテレビ画面がぼんやり光っている。
私はリモコンを取り、テレビを消して真っ暗な画面を見つめた。
……どうしよう。
普段レイと私はこんな距離なのに、これほど寂しくなるなんて想定外だ。
昨日までの私なら、絶対に仕方ないと割り切れたのに。
今日一日レイといたせいで、レイをもっと好きになってしまったせいで、自分をコントロールできない。
苦しくて、気付けばいつの間にかレイの後を追っていた。
部屋に入ろうとしていたレイは、私の姿を見つけて、困ったように笑う。
「おやすみ、澪」
「レイ……」
「ん? どうかした?」
傍に近付くと、レイは私の頭をさっきより優しく撫でた。
ぐっと胸が締め付けられる。
だめだ。苦しいよ。
離れるために優しく触れられると、胸が痛くて堪らない。
なにも言えず動かない私と、レイとの視線が重なり、ひと時の静寂が流れた。
レイは困った顔のまま、そっと私を抱きしめる。
「澪。また明日」
髪にキスをして、レイはゆるく回した腕をほどいた。
ここで手を伸ばしちゃだめだ。
レイは私やけい子さんに誠実でいようとしてくれているんだから、寂しいのは我慢しないと。
そんなことはわかっているのに、部屋に入るレイを見た瞬間、意志とは反対に手が伸びてしまった。
腕をとった私を、レイは驚いた顔で見る。
私もたぶん、レイと同じような顔をしたと思う。
(な、なにやってるの……!)
早く手を離さなきゃ。
そう思えば思うほどどうしても離せなくて、焦りと悲しさが混じって、涙が出そうになった。
ついにうつむいてしまった私は、「ごめん」と呟く。
こんなつもりじゃなかったのに、もうぐちゃぐちゃだ。
すぐ傍で小さなため息が聞こえ、びくっと体が跳ねる。
離せなかった手は、レイの手によってあっさり引き離された。
だけどその手を引かれて、部屋の中に引き入れられたとわかったのは、うしろでふすまが閉まってからだった。