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「ぐびっぐびっぐびっ………ふはぁああ。旨い!。…これが沁みるって奴なんだなぁ。…二年前の歓迎会で呑んだ時には…ものすごく苦かったのに…」



現在の時刻は午前1時12分18秒。と言っている間に12分20秒か。三日ぶりの終電に乗り込んで、1時間とちょっとで辿り着いた我が街だ。俺の住む築41年のマンションまで、ココから徒歩20分ほどかかる。


小雨模様の空の下、真っ直ぐ帰ればよかったのだが、道の途中でコンビニに立ち寄ったのが運の尽きだ。なんとなく目に入った銀色な長い缶ビールが、誘うように汗の雫を輝かせていた。なぜか袋いっぱいに買っている。


重い足を引き摺る途中、小さな神社の階段に俺は腰を下ろしてしまった。拷問的な雑務を泊まり込みで終わらせても罵詈雑言を浴びせられ、身も心も限界を超えているらしい。もう歩き続けることさえ億劫になっている。

まだ初夏だとゆうのに今夜は妙に蒸し暑い。冷たい石段が心地よかった。



「ぐびっぐびっぐびっ…ふぅ。課長めぇ〜。駅地下の再開発なんてビッグプロジェクトの見積もり資料を、なんでド素人のオレに作らせるんだよ。ぐびっぐびっ。…完成させたらさせたでグチグチ文句つけながらも結局は採用だぁ?。ぐっ…ぐっ…ぐびっ。…ぶふぅ。……ったくふざけやがってぇ」



高卒で入社して二年。俺は既に『社畜』と化している。まず上司の言う事は絶対だ、決して逆らってはいけない。いつも笑顔を絶やさずに、命じられた作業には最優先で着手する。自身の受け持つ仕事など全て後回しだ。


そして会社に泊まり込んででも、押し付けられた仕事は期日までに終わらせるのが社畜としての最低限なご奉仕だろう。サービス残業は当然だし、季節ごとの大型連休などすべて返上だ。更には深夜の上司の呼び出しやメールにも迅速に応え、どんなに体調が悪くとも不満を晒してはならない。


忍び難きを忍び耐え難きを耐える。それこそが社畜の真髄なのだ。耐え抜いてこそ己の存在価値がある。だが、そうやって過ごしてきた二年間は果たして俺に、忍耐力と愛想笑いの他に…何を授けてくれたのだろうか?。


月の手取りは20万そこそこ。それなりなボーナスだってちゃんとある。それでも家賃が約10万に、光熱費や通信料なんかを差し引いたら5万円も手元に残らないのが今の日本。僅かな贅沢ができるのは夏と冬だけだ。



「ふぅ。俺って何のために生まれてきたんだろう?。いいや、なんで産んだんだろう?。育てられないのは解ってた筈だよな?捨てたんだから。ゲフッ!。ほんとにいい迷惑だよ。…働く為だけに生まれてきたみたいで…」



500の缶ビールを1本飲み干したところで、慣れないアルコールが全身に沁み入ってしまった。少し揺れながら、ぼんやりとしてゆく意識のなかで、幼い頃の記憶が蘇り始める。青春とか楽しかった事など、何も無かった自分の過去が恨めしい。せめて一般的な普通の家庭に生まれたかった。



「ぶっ!ふぅうう…。仕事は全部終わらせたんだ!三日も泊まり込んでなぁ!?。しかも今日は土曜日!こうなったら飲めるだけ飲んでやる!。野﨑課長のドアホーっ!。毎日毎日!奴隷の様にコキ使いやがってーっ!」



俺は酒に酔った勢いに任せて、日ごろの鬱憤をぶち撒ける。酷く久しぶりに出した大声と、吐露した二年の怨念。個人を名指しにして怒鳴ったのは生まれて初めてだ。しかも大声を張り上げる事がこんなにも気持ち良いとは思ってもみなかった。得体の知れない爽快感のせいでスゴく酒が進む。



「ホントに俺って…誰かの役に立ってるのかなぁ?。居ても居なくても同じなんじゃないのか?。…ぐびっぐびっ。俺の代わりなんて誰にでもできるだろうし。…俺じゃなきゃならない理由なんてどこにも。…ゴクゴク…」



俺はロング缶を傾けながら外灯が照らす歩道を眺めていた。孤独である事には慣れていても、孤立する事はやはり恐ろしい。それに、産まれながらに恵まれなかった人間は俺だけではない。確かにそうだろう。だが人間とは浅ましい生き物だ。…己の不遇を恨んで…嘆いて…悔やんで…何が悪い?




「…ぐぅ、すう、ぐぅ。……!?。ううっ!?…うぇええ…気持ち悪い。痛っ!?おまけにアタマが割れるようだしっ!。うぷ…こ、これが二日酔いってやつかな?。こんな胸焼け初めてだよ。…うう。ヤバい…吐きそう…」



気持ち悪さと酷い頭痛で俺は目を覚ました。揺さぶられている様な感覚とムカムカと焼ける胸元。目を開けようにも瞼が上がらない。何とか動こうとすると頭の中で世界がグラリと回りだすのだ。それでも柔らかい布団の上にいることは理解できる。偉いもので、記憶が失せるほど酔っ払いながらも自宅に辿り着いているらしい。初体験ながらつい感心してしまった。



「ううう…口の中もカラカラだ。…とにかく水が飲みたいな。…痛たたた…頭が痛すぎて動けないよ〜誰か助けて〜。って…来るわけないか。う〜。一人暮らしの悲しさだよなぁ。でも…このままって訳にもいかないし…」



俺は仰向けなままで、思い切って目を開いた。ぼんやりと霞む視界なのだが、この天井にはまったく見覚えがない。少なくとも天井そのものの色が違うし四角い電灯も無くなっている。ここは明らかに俺の部屋じゃない。しかも肌触りが変だ!この股間に伝わる感覚は…まさかの全裸なのか?。



「八門獅子、二十歳。20〇〇年11月11日生まれのO型。…サラリーマンなのですね。…失礼ながら所持品を調べさせていただきました…」



「ひっ!!?。だ!だ!誰だっ!?。(なっ!なんでこんな側にっ!?)」



枕元からいきなり聞こえてきた声に俺は跳ね上がってしまう。その声の方から逃げるように身を起こして後ずさった。途端に襲いかかった凄まじい頭痛と猛烈な吐き気に目を回しながらも、俺は死に物狂いで距離を取る。



「……え?。…あの…貴女は?。…うううっ!?。うぶっ!?」



「二日酔いですか。そうかと思いお薬をお持ち致しまし…た?…ひっ!?」



そこには鴉羽色な一重衣の、黒く長い真っ直ぐな髪を下ろした女性が、正座に座って静かに見ていた。しかし束の間、白かった彼女の頬がみるみる真っ赤に染まってゆく。何に驚いたのか…目が真ん丸に見開かれていた。


そうなっていても、その女性の美しさは目を疑わんばかりだ。サラリと揺れる漆黒な前髪は眼にかかる程度で、整った太めな眉と目尻のやや上がった大きな眼に見惚れそうになる。するんと通る鼻筋と控えめな鼻先に、ぷるんとした桃色で柔らかそうな唇が初々しい。しかも顔がめちゃ小さい。

絶望しかない、とある社畜の生きなおし。始まりの詩。

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