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萩原なちち
「お、それでいいからちょー……」「絶対ダメ!!!」
急に大声を出したりゅうせいが、俺といっちゃんの間に割って入った。……いや、だってお前がくれないんだろ。立ち上がらせてもくれないし、喉が渇いて死にそうなんだから仕方ないじゃん。
「朝から元気だなぁ、りゅうせい。あんまりいつきくんいじめんなよ」
何かを察したらしいいっちゃんが、ひらりと手を振って自分のデスクへ帰っていく。どうするんだよ、この空気。二日酔いも相まって、もう俺、吐きそうなんだけど。
「……これ、あげます。お返しは、もういいですから」
少し拗ねた顔をしたりゅうせいが、わざわざ蓋を開けてからボトルを渡してくれた。恋愛感情さえなければ、めちゃくちゃ気が利くいい部下なんだけどな。……まあ、それがなかったら、こんなことすらしてくれないんだろうけど。
「……ありがとう。今度、コーヒーでも奢るわ」
「……はい」
渋々といった様子で、自分のデスクに戻っていくりゅうせいの背中を見送る。
さて、どうしたものか。……まあ、なるようになるか。
「おっはよー! いつきくん! 昨日はよく眠れた?」
「だいき、声デカい……。俺より飲んでたのに、なんでそんなに元気で機嫌がいいんだよ」
「だってぇ、いつきくんと、あんなに情熱的で素敵な夜を過ごしたんだもん。機嫌が悪いわけないじゃん!」
背後から放たれた爆弾発言に、オフィスが一瞬凍りついた気がした。
「はぁ?! だいきくん、今なんて?!」
俺たちの会話をこっそり聞いていたりゅうせいが、また猛スピードで戻ってくる。もういい加減にしてくれ。こっちは早く仕事モードに切り替えなきゃならないんだって。
「えっ。だいきくんの好きな人って……」
「勘違いしないでよ、いっちゃん。いつきくんとはもっと……ムフフ」
「はぁ?!」
「マジか……。りゅうせい、どうすんの? ライバル増えてんじゃん」
「……勘弁してくれよ」
今、お前らの冗談に付き合ってる暇はないんだ。これから営業に行かなきゃならないし、大口の取引が決まるかもしれないんだぞ? そんな日の前夜に調子に乗って飲みまくった俺も俺だけどさ。
「……選んでください」
「……え?」
「俺か、だいきくんか。どっちが大事か選んでください!」
「いや待て、意味わかんない」
「ちょっと待って、二人だけはずるいでしょ。俺も入れてください。さぁいつきくん、誰が一番大好きですか?」
なんでいっちゃんまで参戦してくるんだよ。こいつ真顔でボケるから、冗談なのか何なのか本当に判別しづらい。
「……じゃあ、いっちゃんで」
「おっしゃあ!」
拳を突き上げたいっちゃんと、そのままハグをする。俺のことをそういう目で見ていないのはいっちゃんだけだし、このカオスな状況を収めるために、わざと乗ってくれたんだと俺も察した。
「うそだ! 絶対、一番あり得ない!!」
りゅうせいが、今にも零れそうな涙目で俺を見てくる。……もう、俺、無理。これじゃ、俺がイジメをしてるみたいな気分になるじゃんか。
「……りゅうせいも、大事だよ?」
思わず頭をポンポンと撫でてから、我に返った。せっかく突き放してきたはずなのに、これじゃあ本末転倒じゃないか。
「……ありがとうございます」
「……あれ、意外とリアクション薄いっすよね?」
「本当。え、追うのが好きなだけのタイプ? 振り向かれたら興味なくなるタイプ?」
俺の甘い言葉を受け流し、すぐさまデスクへと向かったりゅうせいの背中を見送る。いっちゃんやだいきも、ふざけ疲れたのか首を傾げながら自席へ戻っていった。
いや、お前らは気づいていないだけだ。
あいつ、今、ハンカチで顔を隠して口元をめちゃくちゃニヤつかせているから。涙を拭くフリをして、赤くなった顔を必死に隠しているだけだ。
「……くそ……可愛すぎんだろ……」
誰にも悟られないように俺も手元で顔を隠し、昂る心拍数を落ち着かせる。……認めざるを得ない。俺はもう、完全に向こうのペースに飲まれている。あのキス以来、ずっと意識しっぱなしだ。マジで思春期の初恋かよ。
夕暮れ時、外回りを終えて部署に戻ると、オフィスは静まり返っていた。
「おかえりなさい、いつきくん! お疲れ様でした!」
早歩きで自席へ向かうと、なぜか俺のデスクにはりゅうせいが腰かけて待っていた。
「お、お疲れ。りゅうせいも今、戻ったの?」
「はい! さっき帰ってきたら、いつきくんがまだだって聞いたので」
「おう、ありがとな」
「コーヒー淹れてきますね」と満面の笑みで席を立つ。自分だって疲れているはずなのに、気を遣わせてしまった。なんか健気で、どうしようもなく可愛い。俺も腰を浮かせ、りゅうせいの分も淹れてやることにした。
「あれ、いつきくん、どうしたんすか?」
「ん? りゅうせいの分も淹れようと思ってな」
「……ありがとうございます」
一瞬、あいつの表情がふっと緩んだ。相変わらず俺に弱くて、可愛いすぎるだろ。
「……コーヒー、どれにしますか?」
「んー、疲れたから、ちょっと甘いのが飲みたい」
「……じゃあ俺も同じやつで」
「ん、わかった」
給湯室の薄暗い照明の下、スティックコーヒーを取り出そうと手を伸ばす。重なるように、りゅうせいの手が俺の手に乗せられた。
「ん? ふふっ」
思わず笑って、りゅうせいの顔を覗き込む。だが、その瞳は笑っていなかった。
「……本当、ダメなんですか? 俺のこと、受け入れられないですか?」
「……ごめん。……大切だなぁと思うから、手は出せない」
あぁ、俺今、逃げた。嫌われたくないから、思わせぶりな言葉で煙に巻いたんだ。
「……会社での関係が、ってことですよね。そうですよね、俺がいつきくんの立場でもそうします」
待って、また鼻をすすってんじゃん。いい加減にしてくれよ、こっちまでもらい泣きしそうになるじゃん。締め付けられるように胸がキリキリして、俺の心臓がどうにかなりそう。
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