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「……かわいいなぁ」
必死で涙を堪えているりゅうせいを見ていたら、自然と手が伸びていた。頭をパタパタと優しく撫でる。
気づけばいつの間にかずっと敬語だし、それが彼なりの誠意なんだろうかと思うと、胸の奥がキュンと鳴る。
「もう! そういうのなしですぅ!」
「あっ、ごめ……」
そうだよな。りゅうせいなりに諦めどころを探っているのに、俺がどっかで引き止めてどうする。
「コーヒー……冷めるから、とりあえず戻ろうか?」
「……はい」
お互いのコーヒーを混ぜ合い、交換する。紙コップだし、まだ口もつけていない。そもそも同じ粉末なのだからそのまま飲めばいいのだが、なんだかそうせずにはいられなかった。
「……なんで、最近になってそんなこと言うようになったの? 今までそんな素振りなかったじゃん」
紙コップを両手で持って、どこに座ろうかウロウロ迷っているりゅうせいに、笑いを堪えながら椅子を引いてやる。
「……俺が好きになった時、いつきくんはまだ既婚者だったし。別れてからもずっと元気なかったから……そういう時に言うのも違うなぁって」
「……ちゃんと俺のこと、考えてくれてたんだな」
「うん。俺、いつきくんのことばっか考えてるよ?」
「うわぁ……」
ズルい。そんなきゅるきゅるのおめめで見上げてきて、急にタメ口に戻るなんて。さっきからキュンが止まらない。
「……引くよね? 本当にごめんなさい」
「いや、違う。その……うまく言えないけど、引いたとかじゃない。嬉しい、本当に嬉しかったんだ」
俺の言葉が信じられないといった様子で、りゅうせいはコーヒーをズズッと啜った。ごめん、俺のリアクションが間違っただけなんだよ。
「あー……そうだ。俺のこと、なんで好きになったの? それだけ教えてよ」
これだけはずっと不思議だった。エロいだなんだと言われても、結局それだけで人のことを好きになるか? 彼女と別れてまで、俺といたいと思うか?
「……俺、入社初日で大遅刻しちゃって」
「あ! それ! 覚えてる!」
俺が大笑いして、りゅうせいが大泣きした、あの事件だ。
「あの日、先輩に何度謝っても無視されて。他の人も『触れちゃいけないもの』を見るような目で俺を無視して……。どこにも居場所がなくて、鞄を持ったまま廊下にずっと立たされてるような気分だったんです」
「『のび太じゃん!』って俺が笑ったやつか。……それで、なんで?」
あの日のことを思い出して、少し笑みがこぼれる。初日であんなに盛大に詰められている奴、初めて見たからな。
「……やっと、俺のことを見つけてくれた人がいた。目を見て笑ってくれた人がいた。……それがすっごく嬉しくて、大泣きしちゃったんです」
「……嬉しかったんだ?」
窓の外、暮れなずむ空の色が、静かな給湯室に差し込んでいる。
あの日、俺が放った無責任な笑い声が、こいつにとっては暗闇の中の光だったなんて。
「……ほんっと、嬉しかったんだから」
「俺、からかいすぎちゃったなぁって、後悔してたんだよ。でも、その後からりゅうせいがめちゃくちゃ懐いてくるし、たまにタメ口きいてくるし。……それがお前なりの優しさなのかなって思ってた」
「……ほんっと好きになっちゃうなんて、自分でも意味わかんねぇ」
クスクスと思出し笑いをして、コーヒーを飲むりゅうせいがとても愛おしく、こっちまでニヤけてくる。久しぶりだな、りゅうせいが笑ってるの。ずっとひどいことばっか言ってきたし、そろそろ優しくしてやらなきゃな。
「……今日、うちに飲みにくる? 昨日のも抜けたし、明日休みだしさ」
あ、今の言い方は少し意味深だったかな。勘違いさせないように、何か理由を付け足さないと――。
「……だめですよぉ。いっちゃんになしって言っちゃったし、今日は休肝日だって言いましたぁ」
ふざけながら、あっさり断られた。
あれ、俺、結構ショック受けてる……? 勘違いさせないように、なんて上から目線で考えてる場合じゃなかった。
「……そっか。じゃあ、今度いっちゃんとだいきも誘って……」
「だいきくんはダメです。いつきくんのこと、好きだから」
「は?!」
「……わかるんです。俺も、好きなので」
「いや、あいつ……え?!」
じゃあ何だ、あのイタリアンの話は全部作り話だったのか?!
「……相変わらず鈍感ですね。ダメだ、いつきくんがだいきくんのこと意識しちゃう。俺、余計なこと言った」
そう言い残すと、りゅうせいは意外なほどすんなりと「それじゃあ、お疲れ様でした」と帰路についた。……りゅうせいも、だいきも……ええ……。戸惑いだらけなんだけど。
「……待てよ。それなら、合点がいく」
屋上でりゅうせいを振った時、「本気ならダメ」と断った。それを知っただいきが、あのアリもしない相談を持ち出したのか。りゅうせいに「他の誰か」の影を匂わせて牽制し、その隙に自分が入ろうとした……。
こっわ! めちゃくちゃガチじゃん。俺、ガチで狙われてるじゃん!
思考が混乱する中、会社を出て駅へと向かう。
「いつきくう~ん、今帰りっすかぁ?」
後ろから大きな声がして振り返れば、少し千鳥足になったいっちゃんが立っていた。
え、なに? 何時間飲めば、そんな状態になるんだよ。
「そうだけど……大丈夫か?! ちゃんと歩けてるのかよ」
「……いつきくんがぁ、断ったのでぇ。一人でお酒とおでん、呑んでましたぁ」
「……おでん呑んでたってなんだよ」
こりゃダメだ。でも、いっちゃんのこんな姿は本当に貴重かもしれない。後で動画に撮って、りゅうせいにも見せてやろう。
「いっちゃん、家まで一人で帰れる? タクシー拾おうか?」
「もう、お金、ないれす」
「どんだけ無計画なんだよ、もぉ~……」
#学園生活パロ
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