第五章 石蕗
青城烈 落鱸
退院した翌日、清羅の教室のドアを開けると、清羅は横たわっていた。
清羅を見下ろす女子生徒たちや観衆で集う男子生徒たち。
囲まれた中で、彼女は女子生徒の足でお腹を踏みつけられた。
ヒューヒューと高揚するギャラリーが鬱陶しい。
「面倒くさいわね、何故今来たのかしら。一生入院していれば良かったのに。」
視線は清羅の方へと向いているのに、発言する対象は俺ヘと向いている。
「清羅。」
名前を呼んでも清羅は反応しなかった。
久しぶりに会えたというのに、この威圧感は何だろう。
まるで来ないでと言われているようだ。
「お前、その足離せ。」
「目下の者が目上の者の上に立つのは失礼でしょう?だから無理やり立場を分からせてあげるの。烈さんもわたくしに逆らったらどうなるか分かるわよね。」
「この学校では序列など必要無い。」
「それは貴方の言えることなのかしら。鴨川さんのことを庶民だからと誰よりも嫌っていたのは貴方でしょう。」
違う。
あの性格が目障りに感じるから、言い訳として庶民だからと置いているだけ。
本音を言えばどうなるかくらい、この女子生徒は分かっている。
「そんな単純な理由で人を嫌いになるわけないだろ。」
「….偽善者のくせに何を言っているんだか。」
女子生徒は踏みつける力を強める。
段々と怒りが熱くなっていく。
持っていた鞄で女子生徒の顔に投げつけ、隙を狙って清羅の手を引っ張った。
「烈?」
「ごめん。」
申し訳なさから抜け出すように教室から出た。
二人で生きようと言ったのを綺麗事だと思いたくなかった。
でも、もうこれからは二人で互いを補っていけば良い。
俺には清羅しか必要じゃない。
「あいつ、誰?」
人があまり通らない棟で清羅を問い詰めた。
「水川さん。」
思い出した。
あの俺と清羅を深く恨むような頑固強さ。
一年時の時にスキー合宿で同じ班になったうちの一人。
今ほど顰めっ面では無かった。
誰からも好かれそうな、胡散くさい八方美人が印象的だった。
「スキー合宿で同じ班だったよな。」
「うん。あれがあったから….しょうがないといえばしょうがないのだけど。」
俺にとっては数ある必要ない人のうちの一人に過ぎない。
だが、そう決めつけてしまうのが悲劇を生んだのかもしれない。
「そんなことで虐めを正当化する理由にはならない。」
「うん。」
「俺は清羅を守りたい。」
深い溝から抜け出そうとしている清羅を ──。
「守りきれるか分かんないよ。」
「それでも、死ぬまで一緒にいたい。」
「かっこつけちゃって….」
ふふと幼き頃のような笑顔を見せた。
俺はさりげなく頬にキスをして、舌までもを重ねた。
清羅の鎖骨辺りをガリっと歯で噛みつける。
俺たちは学校という閉鎖的な空間で誰か来るのを恐れて、それすらにも興奮しながら大人になりきろうとした。
大人になれない俺たちは、未熟のまま逢瀬を重ね続ける。
もし、宿敵が俺たちに鎖をつけて締め殺そうとするならば、俺が彼らへとナイフを向ける。
愛する者を守るため、一生を誓うため、罪を背負う。
犠牲になるものだけがここにある今、手段を選んでいられないのだ。
「貴方たち、何をしているの?」
ぎょっと驚き、声がする方を向いた。
──最悪だ。
三学年を統括する学年主任だ。
キスをしていた時の鼓動がまだおさまらない。
「清羅。」
急いで手を引っ張り、階段を駆け降りた。
主任よりも、不安から逃げているような焦燥感に追われ続ける。
清羅の理解していないような顔に、少しだけ戸惑いながら一階まで降りた。
「待ちなさい、貴方達!」
裏庭ヘと続く通路を通り抜けて、草が生い茂る所まで辿り着いた。
もう声は聞こえない。
大丈夫。
大丈夫。
──また嘘をつくのですね。
──嘘を隠蔽した罰として一週間汚部屋に入りなさい。
「うるさい。」
「烈?」
「来るな、お前らなんか….」
「やめて、烈。」
うるさい。
──庶民なのに清羅と関わるなんて、悍ましいわ。
違う、これは呪縛だ。
耳を傾けるな。
「しっかりして….!烈。」
「だめだ、無理だ….」
清羅だけは傷をつけたくない。
「青城さん、柏柳さん!」
清羅の手を握りながら後退りしていく。
視界が煙るように人が白に覆われていき、徐々に黒に覆われる。
清羅だけが普通に見えて、主任だけが黒く見える。
だが、鼓膜が震えるのは変わらなかった。
「驚かせたのは悪かったわ。とりあえず、私に着いてきなさい。」
「黙れ….いい加減、黙ってくれよ….」
「でも、早く来ないと…」
「黙れって言ってんだろ!」
反射的に近くにあった石を意図もなく投げつけた。
すると、ぴたりと時が止まったように声が聞こえなくなった。
これでさっきの感覚は無くなる、解放だと愚かにも思ってしまった。
次に声が聞こえたのは、チャイムが鳴ってからだった。
──れ、れつ….。
なに?清羅と呼ぼうとした声を抑えた。
なんだか、いつもの声とは違う禁忌を犯した犯罪者を見るような絶望する声だから。
また俺は不安と不快を覚える。
見上げられなかった目を真ん中へと持っていき、辺りを直面するしかなかった。
──ヒトゴロシ。
「あ….」
主任が目を抑えて血を流している。
俺のように叫ぶこともなく、ただひたすらに涙を流していた。
──うれしい。
本当に人殺しになったようだった。
一滴の不快が快楽ヘと染まっていき、どうしたらこの者を晒しあげずに済むのかだけを考えていた。
地面を元の整備されているものに戻し、また主任に石を投げつける。
清羅は皮肉にも弱々しく俺を見つめるだけ。
目や、頭、足を野球ボールを投げるように当て続ける。
その度に恍惚感を感じた。
「烈、先生死んじゃうから、やめて….」
「何故?」
清羅はまた奈落の底に落ちたように口元を手で覆った。
物心ついた頃、あの男は言っていた。
犯したものはきちんと受け入れて、隠し通すものだと。
その考えだけは正しい。
だからあの男も俺の泣き叫ぶ声にガムテープで口に貼って隠蔽していた。
嘘は罪のように苦言を呈したあの男が、嘘を受け入れろと言うのはなんとも滑稽だった。
あの男の道理を果たす言葉の数々は信用していたし、暴力や処罰やらは抵抗したい一心はあった。
今思えばそれは洗脳だったと思う。
それが犯罪者を生み出す序章だと知らずに。
「せ、先生….。」
主任へと歩み寄る清羅に軽い石を投げつける。
そちらへと行くな、お前も共犯だろうと言うように強く睨みつけた。
そうだ、後で慰めよう、そうすれば俺のことも同情してくれる。
大丈夫。
きっと罪はバレない。
バレたら心中すればいい。
石が乗っけられているような重い足を引きづり、清羅を見下ろした。
「俺が守るって言っただろ。」
「こんなの守るじゃないよ。先生に言いましょう。それで認めて、謝れば慰謝料だけで済むかもしれない。」
「隠し通して、無かったことにすれば犯罪として成り立たない。慰謝料も払わないで済む。」
「私は、烈と幸せになりたい。こんな形じゃなくて。」
幸せになれるなんて、綺麗事がこれに通用するとは思えない。
「これで慰謝料を払ったところで、幸せになれるわけないだろ。それは清羅が一番わかっているはずだ。」
苦しそうに目を逸らした。
「私たちが幸せになるにはもっと他に方法があるでしょう。」
まだ反発する清羅をどう宥めるべきか悩んだ。
優しく抱きしめて、首筋に鼻を擦り付ける。
「もう修復は出来ない。だから受け入れて無かったことにすれば幸せになれる。」
目を見つめ、涙を拭く。
もう諦めたのか、渋々頷き、俺を抱き締め返した。
この時間が永遠と続けば ──。
俺たちは死体を後にして保健室へと寄った。
これで犯行が発覚しても疑われることは無い。
「柏柳さんの首筋にボールを当てられちゃったみたいで。」
「ボールにしては少し軽いような気もしますが、一応手当しますね。」
軽い手当が済んだ後、先生は冷蔵庫から保冷剤を取り出し、それを清羅に渡した。
「これで冷やしてください。」
「ありがとうございます。」
保健室を出ると、教員たちが中庭に出入りを繰り返していた。
「AED持ってきて!」
「救急車は?!まだなの?!」
あまりにも快感に溺れすぎて笑いが漏れそうになった。
俺はいつからか人間ではなくなっていたようだ。
悲しくも辛くもなく、嬉しい。
清羅はこの姿を見た時、また絶望の淵に立たされることだろう。
でもそれは清羅も同等の存在だ。
共犯者なのだから。
溢れる優越感に浸りながら、清羅の手を引いて教室へと戻った。
柏柳清羅 落鱸
机の中から紙を取り出した。
──十一月に入ったら、放課後、教室に残ってクダサイ。
なぜわざわざ十一月に行動を起こそうとするのか疑問で仕方なかった。
これで水川さんが来ずに勢力を拡大する人間が私を拉致して、死に至らせようとしてきたらどうしようかと毎晩考えていた。
その度に死への熱望が生への熱望へと変わっていくのを感じられた。
死とは生と紙一重であり、相対性理論のように運命共同体の存在。
隣り合わせで絡み合っていくそれは洗脳に近いもの。
完全に絡み合った時に人は初めて一つになったと考えられる。
その感動を私も体験して実感してみたかった。
星よりも煌めくそれを ──。
「残ってくださったのね。嬉しいわ、清羅さん。」
後ろから近づく水川さんは紙を手に取り、ポケットへと閉まった。
「何の用?急ぎの用でなければ私は帰るけれど。」
「あいにく、急ぎの用事なの。少し話せるかしら。」
そう言って鞄から洋菓子を出し、私の前に椅子を置いた。
丁寧に唇に塗られたリップが私を弄んでいるように感じる。
「リップ塗ったの。これは、私と貴方だけの内緒話よ。」
私の唇に人差し指を置き、口元を緩める。
「リップなんてどうでも良いから早く要件を話して。」
「あら、そんなこと言わなくたっていいでしょう。いつも仲良くしている仲じゃない。」
彼女の仲良くの定義は、虐めを定期的に行うことなのだろうか。
私が抵抗しないことをいいことに、毎週月曜日取り巻き達と様々な方法で痛めつける。
だがこれは序の口だ。
母に虐待される方がよっぽど苦しく、痛ましく、何より辛い。
でも辛いのには変わりはなかった。
「….そうね。」
「….なんでわたくしが貴方を嫌うかご存じ?」
先ほどの微笑みとは違う悍ましい顔。
「さぁ。どうでしょう。」
「清羅さんの濁す言葉は大抵、答えが出ているの。」
「なに?」
「分かっている。」
その顔も出来たのか。
図星ねと髪を撫でながら揶揄った。
「スキー合宿で同じ班だったのは覚えているかしら。」
あぁ、よく覚えている。
冬休み後に赴いたスキー合宿で同じ班になったのを機に仲良くなったのが始まり。
四六時中、共に時間を過ごし、互いを空、清羅と呼ぶほど親友のような関係になっていった。
でもそれは一つの事件で破綻に終わってしまう。
「うん。鞄についていたストラップが紛失した事件があったでしょう。」
「探しても無くて、最終的に清羅さんの鞄の中にあったわね。覚えていてくれて嬉しいわ。」
あの瞬間、確かに私たちは親友だった。
誰かが犯した策略で私が失墜しなければ、それは途切れなく続いていたものだと思う。
築いた時間は長いのに、千切れる時間は短い。
共に過ごした三日間を合わせたほどの恨みで水川さんは私と、親しくしていた烈を虐めた。
陰謀であり、罠であり、犯罪であり、気づいたのに感情を無くそうとしなかったという点では元から水川さんは私に恨みがあったのだろう。
それを私で塗り替えて正当化して痛めつける。
母みたいだ。
「恨んだりして申し訳ないわ。だけれどこの感情は消えないみたい。私は貴方に死んでほしいの。」
空気が腐敗へと変わっていく。
ストレートに物言いするのが余計に身震いする。
眉根がピクッと動いた。
「そんなことでそんな物騒なこと言わないで。気味が悪い。」
「本気よ。わたくしは本気になったら必ずやり遂げるの。」
確かに彼女の目は殺意で満ち溢れた目だった。
かつて見た美しい彼女はもうそこにはいないのだと少しばかり切なくなった。
「虐めても虐めても死んでくれないからこうしてそのまま殺そうと思ったの。それが手っ取り早いでしょう。」
「なら、何故十一月まで待ったの?」
「烈さんに貴方の死体を最初に見せたいと思ったからよ。」
鼓膜が破れそうになった。
それほどまでに酷い衝撃音が頭に残った。
本当に殺されるんだと改めて認識すると海底に落ちるような気分になる。
心の中も身体も息苦しくなり始めた。
「まだこの学校にいるわよね。聞いたところによると貴方達一緒に登下校しているそうじゃない。」
「それが何?」
「わたくしがこの感情で苦しんでいる間によくそんなに幸せになれるなと思って。」
違う。
全てにおいて間違っている。
私が烈と登下校しているのは親達が関係を良好にさせようとしているから。
仲良くしているのはストレスの捌け口として利用しているから。
幸せなんかじゃない。
幸せとは水川さんのことを言う。
「幸せなわけないでしょう。何を言っているの?本当に何も分からないんだね。」
「私、あなたのそういうところ大嫌いよ。清羅さん。」
崩れた笑顔を直すように綺麗な笑みを浮かべる。
スカートのポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、開いた。
「これで死んで。」
私の腹部を刺そうとする手が見える。
咄嗟に机を持ち上げて、そのまま動けなくなった。
これが恐れ ──。
これで振り下ろしてしまえば彼女は死ぬかもしれない。
本当にいいのか。
水川さんは片方の口角をあげる。
考えているうちに腕へとナイフは突き刺さった。
あまり痛くなかった。
次に胸、足、首、どれも突き刺さる。
こんな痛みなのかと知るばかりでそれが怖いという感情にはならない。
母の方がもっと痛い。
…そうだ。
これ、力が弱い。
「なんで全然痛がらないの?」
私よりも水川さんの方が、私に対して恐怖を感じているようだった。
「さぁ、どうでしょう。」
こんな幸せで世界が薔薇のように溢れる人生を歩む貴方が憎い。
私も水川さんと同じ気持ちだった。
ならいいか。
机を強く何度も何度も振り下ろした。
そして母のように、生き様を投影させて死を垣間見る。
これが生と死。
私が羨望するその形。
彼女の人生に相応しく薔薇がまた一本増えたようだった。
でもそれは本当の憎悪に移り変わることを意味する。
体験出来たならそれで良い。
これで満足した。
──死んでくれてありがとう。水川さん。
私は初めて感動を感じた。
死体は家庭科室の包丁で解体して、排水溝に捨てた。
異臭がしないよう、トイレの消臭剤スプレーを満遍なくかける。
一瞬の感動が終わった後の余韻は想像もつかないほど眩い。
更に追求してみたくなった。
死死死死死死死死死死死死死死死死死…。
生生生生生生生生生生生生生生生生生生…。
「清羅?」
ぎょっとなり、振り返ると、烈がいた。
「ごめんなさい、用事があって。」
「良い。生徒会が忙しいことくらい分かってる。」
幸いにも烈は排水溝近くにいる私のことを不審には思っていなかった。
烈の幸せになれないとは、こういう意味も含んでいたのだろう。
改めて感謝した。
家に帰ると、母はパソコンを開いて何かを読んでいた。
私に気がつき、いつものように今日は何点だったのと聞いてくる。
「今日は九十点でした。」
「なんですって?九十点?貴方、嘘をついているわけではないのよね?」
「本当です。」
「….そう。失望したわ。いつも月末試験では満点をキープしていたのに。周りの子も追い上げているのかしらね。」
十一月ということもあって皆それなりに勉強に力を入れている。
母や虐めのことで最近は気を取られていたのだが、そこが痛根になっていたのだと今更気づいた。
これからは考えないようにしよう。
そうしなければまた ──。
「おばさん、今回の月末試験で清羅が成績低下したのは俺のせいです。」
「庶民がなに偉そうに口聞いているのかしら。ここに来る前言ったわよね。許可しない限り、口を聞いてはならないと。」
「俺がこうなったのも貴方のせいなのだから、仕方ないと納得してください。」
食い気味に言われたことで納得する素振りを見せた。
烈が私を庇ってくれた。
これで処罰は免れる。
花が返り咲くように安堵が大きく開いていく。
「….まぁいいわ。それで?何かあったのかしら。」
「俺が清羅に心配をかけていたのです。先月、入院していたこと、おばさんは知っていますよね。涙を流すほどとても悲しくなっていました。」
「それは本当なの?清羅。」
「はい。」
本当は涙すら流しておらず、そこまで心配はしていなかった。
後悔や申し訳なさだけが頭いっぱいに広がるだけで。
その感情の大きな要因に母が入っていた。
いつも何かを考える時に、親を思ってしまう。
幼少期からの癖で顔色を想像して伺ってしまうのだ。
「そうなのね。清羅はなんていい子なのかしら。庶民のことなんて気にせずに勉強に取り組めば良かったのに。ね?」
「ごめんなさい、お母様。」
決まった角度で頭を下げる。
それを見て、烈は呆気にとられていた。
「大丈夫よ。悪いのはこの庶民なのだから。次からは満点で、一位をキープしてちょうだい。」
空白の中に絶対という文字が入っているような気がした。
「分かってます。お母様。」
「それでこそ私の娘よ。失望させないでね。あ、そうだ。そんな貴方のために香山さんがお勧めしてくれた問題集を買ってきたのよ。」
テーブルにある山積みの問題集を見せた。
中には大学受験と書かれているものや英検対策と書かれているものまであった。
人間がおよそ一年かけてやるような量に、またこれかと呆れる。
こんなことは何度もある。
慣れた。
「香山さんのところの春翔くんっているでしょう。その子がこれを全部やって白金医大付属に合格したらしいの。日本最高峰の高校に合格するためにはこれくらいやっておかないとね。」
「そうですね。これくらい直ぐに終わらせられます。」
「あら、本当かしら。何日くらいで終わらせられそう?」
日数単位なのが恐ろしく感じた。
「早くて二ヶ月、遅くて五ヶ月だと思います。」
「そんなに掛かるの?貴方なら三十日で終わらせられそうなのに。」
そんな早く終わらせられるわけないと思った。
「….なるべくそのくらいで終わらせます。」
「えぇ、期待しているわよ。清羅。」
周りに振りまく、その綻びが今は何よりも狂気に見えた。
問題集を勝手に買ったのは母だというのに、部屋に持っていくのは私と烈だった。
並んで歩いている時に、気色悪いと呟いているのが聞こえた。
私もそう思う。
「俺の部屋みたいで息苦しそうだな。」
質素とは真反対の、豪華で溢れる家具や服、靴を嫌うのは烈も同様だったようだ。
だけれど窓横にある荘厳のステンドグラスで作られた工芸品だけはお気に入りだ。
「でもこの工芸品は息苦しくないよ。」
「なんだ、それ。」
「沖縄に旅行に行った時に買ってもらったの。真ん中に蝶々がいるでしょう。それになることを叶えるって意思で平常を保てるの。」
「自由に羽ばたけるから?」
「うん。私も蝶々みたく解放されたい。」
烈は机に問題集を置いて、後ろから私を抱き締めた。
安らぎと抱擁を感じられる。
「問題解くの本当は好きじゃないのに。」
「もう少しの辛抱だ。もうすぐ訪れる。」
「もうすぐ?」
「うん。俺がお前を救ってやる。」
「それなら、嬉しい。」
烈の言うことがよく分からなかった。
救うとはこの環境がある限り、訪れることはないことを。
救済を求めたところで生きている以上、無いと思う。
だからこそ私は蝶々になりたい。
「….ねぇ、烈。」
「なに。」
「私たち、頑張るしかないみたい。勉強よりも過酷に。」
「うん。」
耳が割れてしまえばいいのに。
声が割れてしまえばいいのに。
そうしたら勉強も、全て頑張らずに済むのに。
──ああ、烈。
そのもうすぐっていつ来るの?
コメント
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てか第一章からこのお話まで一ヶ月くらいかかったんだと思うと、私凄いなと思います。
責任転換する水川さんだけは好きになれない これはあんまりだよ(T_T) 苦しみからの解放から異常な価値観に変わっていくせいらちゃん強すぎる
水川さんも清羅ちゃんも、烈くんも全員登場人物強すぎる🥲 清羅ちゃんは虐められてたから仕方ないとして、烈くんは関係ない人コろしてるから許せないです🙅♀️ もうこの時点で幸せな結末は無いと思う