テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
炎を見つめながら、カルドは隣のネルソンに言った。
「王ってのはさ、よく『民のために』って言うだろ。
だが、あれは少し違うんじゃないかと思う。
リチャードを見ていて、そう思った」
ネルソンは黙って聞いている。
「王は国でいちばん偉い。
けれど、何でもできるわけじゃない。
できるのは、どれを選ぶかを決めることだけだ」
燃え上がる港を見つめたまま、カルドは続けた。
「戦を始めるのも、終わらせるのも王が選ぶ。
誰を救って、何を捨てるか。
その選択は重い。
俺だって、お前たちに軽々しく
『俺のために死ね』なんて言えない」
しばらく沈黙が流れた。
「あの王さんたちは選んだんだ。
この国を燃やしても、守りたいものを守ると。
それだけの覚悟で立ってる」
カルドは炎を見つめたまま、ふっと口元をゆがめた。
「……だからまあ、
『俺のために死ね』なんて軽々しく言うやつは、
さっさと殺すことにしてるけどな」
ネルソンは思わず苦笑した。
「なんてざまだ。たかが女子供相手に!」
ロバート・クライヴは怒り狂っていた。
「……彼らは強い。卿も少し考えを改めては」
ローズ卿は静かに言う。
「彼らは王妃のために、国のために戦っている」
「では我らは何のために戦っている?」
「……搾取を続けたいがために、ですな」
クライヴの顔が引きつる。
「どちらが強いか、一目瞭然でしょう」
「我らが本国へ送っている金が、どこから出ているか――
分かったうえで言っておるのだろうな」
ロバートは吐き捨てるように言った。
「お前たちが“貴族様”などとほざけるのは、
我々が稼ぐ金あってのことだ」
「……だから」
ローズ卿の声は冷たい。
「負けるわけにはいかんのだ!」
クライヴは怒鳴った。
「黙って儂のために死ね!
たまには役に立て!
ラクシュミーは犯罪者だ!
さっさと捕まえてこい!」
そのとき、急報が飛び込んだ。
「敵軍がスーラト港を急襲!
港湾の船舶が炎上中とのこと!」
「なんじゃと……!」
「新たな敵、接近中!」
ラクシュミーは息を呑んだ。
「あれは……ナーナー王の軍です。
援軍が来ました」
敵陣があわただしく揺れた。
一つ、二つと部隊が囲みを離れ、港の方へ向かっていく。
その隙を裂くように、援軍が到着した。
「ラクシュミー、もう大丈夫だ」
ナーナー王とトーペーの姿を見た瞬間、
ラクシュミーの張り詰めていたものが、わずかにほどけた。
「ここは捨てる。脱出だ」
「でも……!」
「また帰ってくる」
ナーナー王ははっきりと言った。
「今、ここで死んでもらうわけにはいかない」
トーペーも静かにうなずく。
「生きていれば、取り返せる。
わかってくれ」
ラクシュミーは唇をかみしめ、
やがて小さく、しかし確かにうなずいた。
その日、
エンドア北部メーラトにて、
東エンドア会社に仕える傭兵セポイたちが反旗を翻した。
反乱軍は翌日にはデラーへ到達し、
当地のセポイもまた蜂起してこれに合流した。
彼らはエスカミオ人をはじめとする外国人を人質に取り、
イヴァール皇帝バハードゥル・シャー二世を擁立。
ここにエスカミオ王国への宣戦が布告された。
カーンプルではナーナー・サーヒブ、
ビハールではクンワル・シング、
アワドではビルジーズ・カドルが立ち上がる。
反エスカミオ勢力は宗教や階級の垣根を越えて呼応し、
反乱は瞬く間に全土へと燃え広がった。
ラクシュミー・バーイーはカルドの姿を見るなり、
エスカミオ人への警戒から剣に手をかけた。
しかしターンティアー・トーペーの説明を受けると、
やがてその手を下ろし、静かに礼を述べた。
「助力、感謝する」
「しっかし、エスカリオ人がここまで嫌われるとちょっとめげますね」
ククルースがぼやく。
「しょうがないよな」
カルドは答えた
ラクシュミーは何か言いかけた。
だが――
カルドの視線は、その手に向けられていた。
(過酷な運命が、この人からいろんなものを奪っていったんだろうな)
傷だらけの手。
それを見た瞬間、カルドの脳裏に、
工場で震えていた少女の手がよみがえった。
「で、軍師の策は?」
カルドはあえて、その話題を断ち切るように言った。
「こちらをご覧ください」
トーペーは地図を広げた。
「デルーではバフト・ハーンが入城し、総大将に任じられました」
「我々は彼に会う必要があります」
「デルーが破られれば、反乱は解体するでしょう」
「そうなる前に――」
「決戦はデルーか」
カルドは静かに呟きながら、自隊の編成を頭の中で組み立てていった。
二人を別室へ下がらせると、
カルドはククルースと向き合った。
「お前、あの王妃さんにつけ。そばを離れるな」
「……?」
「あの人は、死に急いでる」
「でも、あっしは親分のそばを――」
「頼む」
その一言は、短く、重かった。
「……リチャードと最後に会ったとき、
あんな顔してたんだよ」
ククルースは、何も言わずに息を呑む。
「世の中にはな――」
カルドは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「殺したい人間と、
どうしても殺させたくない人間がいる」
「……」
「平和な世なら、家族と幸せに暮らしてたはずだ」
「俺には家族はいない。
俺には、リチャードだけだった」
一瞬の沈黙。
「でもあの人は違う」
「今、反乱の象徴として――祭り上げられようとしてる」
カルドは顔を上げた。
「殉教者にはさせねえ」
「――俺が決めた」
ククルースは深くうなずいた。
「……へい」
#追放