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第54話:漬物石にされる1000万人の証
十二月中旬。帯広の気温は容赦なくマイナス二桁を叩き出し、吐く息は真っ白に凍りつく季節となった。
しかし、シロが展開する『適温25度の絶対防壁』と、人間の堕落の象徴『こたつ』が完備された古民家の居間は、もはや別次元の常夏リゾートと化していた。
そんな平和で怠惰な空間の片隅で、俺と小春ちゃんは腕まくりをして、とある「冬の重大ミッション」に挑んでいた。
「よいしょ、っと! お兄さん、これで白菜十個分、全部樽に詰め終わりましたよ!」
「お疲れ、小春ちゃん。あとは塩と昆布、鷹の爪を間に挟んで……よし、完璧だな」
縁側にドンと置かれた巨大なプラスチック製の漬物樽。その中には、塩揉みされた大量の白菜がぎっしりと敷き詰められている。
北海道の長い冬を乗り切るための伝統的な保存食、白菜の漬物だ。
極寒の気候を利用してゆっくりと発酵させることで、絶妙な酸味と旨味が引き出される。豚肉と一緒に鍋にしても最高のパフォーマンスを叩き出す、越冬の必須アイテムである。
「あとは、上からギューッと圧力をかけて水分を出すための『重石(おもし)』を乗せれば完成ですね!」
小春ちゃんがパパンと手を払いながら、笑顔で振り返った。
「……あ」
俺は、そこである重大なミスに気がついた。
「どうしたんですか、お兄さん?」
「すまん。昨日、納屋の備蓄物資を整理した時に、漬物用の重石が見当たらなかったんだ。完全に買うのを忘れてた」
「えええええ!? 重石がないと水が上がってきませんよ! 白菜がただの塩辛い葉っぱになっちゃいます!」
小春ちゃんが頭を抱えてパニックになる。
スマートフォン越しのチャット欄でも、200万人のリスナーたちが『主、痛恨のミスww』『兵站管理のプロ(需品科上がり)が漬物石を忘れるとは』と草を生やして面白がっていた。
「待て、落ち着け。漬物石なんて、要するに『重くて平らで、均等に圧力がかかるもの』なら何でもいいんだ。少し待ってろ、押し入れにちょうどいい鉄の塊があったはずだ」
俺は立ち上がり、ホコリを被った押し入れの奥へと頭を突っ込んだ。
数分後。
「お待たせ。これで代用しよう」
俺が両手で抱えて持ってきたのは、黒い高級感のあるアタッシュケースだった。
「なんですかそれ? ジュラルミンケース……?」
小春ちゃんが首を傾げる中、俺はケースの留め具をカチャリと外し、パカッと蓋を開けた。
瞬間、居間の蛍光灯の光を反射して、凄まじい輝きが放たれた。
「うわっ、まぶしっ!」
小春ちゃんが思わず目を細める。
ケースの中に鎮座していたのは、鈍く輝く銀色の金属で縁取られた、巨大な盾型のプレート。そして、その中央には、とてつもない純度で光を乱反射する『巨大な透明のクリスタル(再生マークの形)』が埋め込まれていた。
「……えっと、お兄さん。それ、もしかして……」
小春ちゃんの声が震えている。
「ああ、なんか数日前にアメリカのGoogle本社から国際便で届いた謎のプレートだ。やたら重くて邪魔だったんだが、持ってみたらピッタリ10キロくらいあった。漬物石としては百点満点だ」
俺は、その『銀色の盾』をケースから無造作に引っ張り出すと、衛生面に配慮して、あらかじめ用意しておいた透明な新品のポリ袋へとスッポリと包み込んだ。
そして。
「よいしょ、っと。うん、白菜の樽の直径にジャストフィットだな」
ドンッ、という鈍い音と共に、俺はその輝かしい盾を、塩漬けの白菜の上に容赦無く叩き込んだ。
『…………は?』
『…………えっ?』
『…………ファッ!?』
一瞬、バグのような速度で流れていたチャット欄が、完全にフリーズした。
そして、数秒の静寂の後。
人類の理解を超えた狂乱の弾幕が、画面を埋め尽くした。
『いやいやいやいや!!!!』
『おいおっさん!! お前今何乗せた!?』
『それダイヤモンドの盾(チャンネル登録者1000万人記念)じゃねえかァァァァ!!!』
『MeTube界の最高名誉が白菜の汁に沈んでいくwwwwww』
『ヒカキンとか世界のトップMeTuberしか持ってないガチの宝物だぞ!!』
『登録者1000万人の証を漬物石にする男』
『GoogleのCEOが見たら気絶するぞwwww』
そう。それは、俺たちが限界集落でダラダラと配信を続けていた結果、いつの間にか達成していた『チャンネル登録者数一千万人』を祝して贈られた、MeTube公式の『ダイヤモンド・クリエイター・アワード』であった。
「お、お兄さん!! ダメですダメです! それ、世界中の配信者が命を削って目指す、一千万人の証ですよ!! そんなの白菜の上に乗せたら罰が当たります!!」
小春ちゃんが顔を真っ青にして、樽の中から盾を救出しようと手を伸ばす。
だが、俺は完璧なフラットボイス(元社畜の極意)で、その手をピシャリと制止した。
「……皆さま、落ち着いてください。小春ちゃんも」
『落ち着けるかバカァァァァ!!!』
『出た! 主の限界言い訳タイム!!』
『頼むから今回は言い訳しないでくれww』
『ダイヤモンドの盾に対する冒涜ww』
俺は、カメラに向かって真顔で言い放った。
「よく見てください。この盾、ステンレススチールとアルミの削り出しで、非常に比重が高いんです。しかも中央のクリスタル部分は、持ち手として完璧なグリップ力を発揮します。これは間違いなく、北米のホームセンターで売られている『最先端の漬物石』です。アメリカの大企業が、わざわざ北海道の冬支度のために送ってくれた実用品なんですよ」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、たまらず大声でツッコミを入れた。
「ケースの中に『Susan Wojcicki(当時のMeTube CEO)』のサイン入りのお祝いの手紙が入ってたじゃないですか!! どこをどう読んだら漬物石の送り状になるんですか!!」
『小春ちゃんの正論パンチ!!』
『主、ついにGoogle本社にまで喧嘩を売る』
『実用品(1000万人の結晶)』
『漬物石の概念が崩壊するww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master! I’ll buy that pickled cabbage for $100,000! It’s marinated in 10 million subs’ glory!“(主よ! その白菜漬けを10万ドルで買う! 1000万人の栄光で漬け込まれている!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”This is the ultimate flex. Only he can use the Diamond Button like this!“(これぞ究極の煽り。彼にしかダイヤモンドボタンをこんな風には使えない!)』
石油王たちが狂ったように赤ギフトを投げ銭し、リスナーたちのボルテージは最高潮に達している。
だが、奇跡はまだ終わらなかった。
『ミャウ?』
騒ぎを聞きつけたシロがこたつから這い出してくると、縁側の漬物樽の元へとトコトコ歩いてきた。
そして、ポリ袋に包まれた『ダイヤモンドの盾』の上をクンクンと嗅ぐと、その平らで冷たい感触が気に入ったのか、盾の中央(クリスタルの上)で丸く香箱座りをしてしまったのだ。
『コンッ!』
『キュゥ!』
さらに、シロの真似をして、コン吉とコン次郎のキツネ兄弟までもが樽の上に飛び乗り、シロに寄り添うようにして丸くなる。
「おお。神獣とキツネの体重(約十キロ)がプラスされて、合計二十キロ。理想的な圧力が白菜にかかっているな。ありがとう、お前たち」
俺が満足げに頷くと、三匹のもふもふは『ゴロゴロ』と喉を鳴らした。
『1000万人の盾+神獣+キツネ=最強の漬物石』
『もう情報量が多すぎて脳が処理しきれないww』
『白菜が世界一尊い食べ物になってしまった』
『こんな贅沢な白菜漬け、王侯貴族でも食えねえよww』
世界中のクリエイターが血の滲むような努力の末に手にする栄光の証は、北の大地の限界集落において、もふもふたちの極上のベッド兼、美味しい白菜を漬けるための『ただの重石』へと成り下がった。
だが、これこそが俺たちの【日常チャンネル】である。
名誉も、権力も、何億円もの価値も、この家では「明日の美味い飯」と「もふもふの快適さ」には敵わない。
「よし、小春ちゃん。これで三日もすれば、最高の白菜漬けが食えるぞ。あったかいお茶と玄米を用意して待ってよう」
「もう……お兄さんの常識の無さには呆れますけど……、確かに美味しく漬かりそうですね、これ」
小春ちゃんも諦めたようにため息をつき、樽の上で眠るシロたちを優しく撫でた。
窓の外では猛吹雪が吹き荒れているが、1000万人のリスナーの熱狂と、ダイヤモンドの重みで仕込まれる俺たちの冬の味覚は、世界中のどこよりも温かく、そして旨味たっぷりに熟成していくのだった。
ゆうき あきや
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#心理描写重視
コメント
1件
えっと、読み終わりました!今回もすごかったですね(笑)。1000万人の証であるダイヤモンドの盾をまさかの漬物石にする発想、そこに神獣シロとキツネ兄弟まで重石として乗っかるっていう贅沢極まりない光景がもう脳裏に焼き付きました。名誉とか価値より「明日の美味い飯ともふもふの快適さ」という価値観が一貫してて、この世界観が本当に好きです。小春ちゃんの正論ツッコミも冴えてましたね。最高にほっこりするのに狂気もあって、とってもよくできてるなって思いました!