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殿下の瞳がわたしを捉えて離さない。
「俺はエリアーナのことを嫌いと思ったことは一度もないよ。むしろ、好きだ。ずっと好きだったんだ。痛いほど好きだ」
切なげな瞳でわたしを見つめ、隣に座っているわたしに触れようと、右手を伸ばしてきてが途中でやめ、殿下は固く手を握りしめた。
「でも、いままでのエリアーナに対する俺の態度は酷いものだったよな。例えそれが、自信がなく強く見せようとしてエリアーナに素直になれずだったとしても。どんな理由があっても、どんな言い訳をしても許される態度ではなかったと思っている」
そして、殿下の表情がどんどん険しくなる。
「そして、エリアーナがどんな辛い思いを抱いていたか、少しは知っているつもりだよ。エリアーナは俺の婚約者になってしまったばかりに、王都の令嬢たちからの嫌がらせや、厳しい王太子妃教育で苦労をさせていたのも、それに必死で耐えているエリアーナも知っている。いままでなにもしてやれなくて悪かった」
わたしは初めて殿下から好きだと言われ、これまでの苦しみを知っていたと言われ、冷静になろうとしていた心がまた激しく混乱をする。
一体、どこまでが演技でどこからが本当なんだろう。
好きだと言われ、羞恥心と喜びで悶える心と、わたしの苦労を知っていた驚きと、もうなにがなんだかわからないけど、とにかく逃げなきゃと思う心で思考が停止する。
ふたりの間に沈黙だけが続く。
そろそろ夕刻が迫り、深緑の季節でも風が冷たくなってきた。
「もう…わたし、殿下の婚約者の立場を降りたいんです。」
ふたりの静寂を破るように、やっと声を絞り出せた。
「それは婚約を解消したいということか?俺は絶対に嫌だ。エリアーナは俺のことが大嫌い?顔も見たくない?」
殿下がわたしを真っ直ぐに見据る。
大嫌いなわけ、ないじゃない。
ゆっくり首を横に振る。
「そうだったら、どんなに良かったか」
小さな声でぽつり。
そして、とめどめもなく感情が溢れ出した。
「好きです。いま、わたしは殿下に恋をしています。以前は殿下の気持ちはわたしに向かないと諦めていたのに、最近の殿下は変わったわ。そんな殿下にわたしは恋をしてしまったのです。でも、これじゃ、駄目なの。いろいろと駄目なんです。本当に駄目なんです。だからお願いです。もう婚約者の立場から降ろさせてください。円満に婚約を解消してください」
一筋の涙が頬を伝う。
胸の奥底の頑丈な扉の向こうにいったいどれだけの感情を押し込めていたんだろう。
横に座っていた殿下がわたしを壊れものを扱うかのように、優しくそっと抱き寄せる。
わたしは殿下の肩に顔をうずめる。
溢れ出る涙で殿下の肩が濡れていく。
芝生の広場で遊ぶ子どもたちや親子の視線も憚らず、殿下はずっとわたしの背中を撫で続けてくれた。
「俺はエリアーナが今も昔もずっと好きだ。エリアーナは俺の気持ちを信じれない?」
殿下の肩に顔をうずめながら、激しく頷く。
「このまま聞いて。俺はエリアーナだけだ。これからいままでの分もエリアーナを溺愛する。キャロル嬢のことなんて、気にならないぐらいにね。覚悟しておいて」
わたしは驚いて、殿下の肩からようやく顔を上げた。
赤くなった瞳で殿下を見る。
殿下ははにかんで微笑まれた。
わたしは涙を指で拭いて、とびっきりの笑顔を殿下に向ける。
「逃げます。逃げ切ります。円満に婚約を解消してもらえるまで」