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🍽 みりん亭 第7話「無限おかわりループ」
「……あの、すみません。ごはん……まだ、もらえますか?」
カウンター席で声をかけてきたのは、黒縁メガネをかけた細身の青年アバターだった。
襟付きのシャツに薄手のニットベスト。髪は黒く、きっちり七三分け。
どこか昔の学生のような佇まいで、動きも静かだった。
くもいさんは、微笑を浮かべて深くうなずいた。
「もちろんです。おかわりは、いくつでも」
いつもの和装に加え、今日は白っぽいエプロンがふわりと揺れている。
前髪の流れは整っていて、髪は低めで結ばれていた。
光の少ないVRマップの中で、彼女だけはずっと穏やかに“明るかった”。
「おかわり、ください」
「どうぞ」
「……もう一杯」
「はい、あたためております」
「すみません、まだ……」
「はい。大丈夫です。まだ、まだありますよ」
青年は、何杯目かもわからなくなったごはんを、
ひとくちずつ、まるで儀式のように口へ運び続けていた。
厨房の奥。やまひろは、ふわりと浮かびながらバグログを開く。
> イベント名:おかわりフェア(旧正月)
シェル連動エラー:条件解除フラグ無効
状態:おかわりが「止まらない」ループ発生中
コメント:
// 本当は一杯だけ増やすつもりだったのに
// ずっと食べ続けてる……止めるべき?
彼はログを閉じかけて、見た。
青年が、湯気の立つごはんを前に、ただ、静かに涙をこぼしていた。
「……誰かが作ってくれたごはんって、こんな味だったかな」
「いや、たぶん、もっと塩気があった。もっと温かかった。
でも……“これでいい”って、なんでか思える」
「……“もう大丈夫”って、自分に言ってるみたいだ」
「……おかわり、もう、いいです」
くもいさんは、ほほえんだ。
「おなかがいっぱいになったのなら、それが、いちばんのしあわせです」
青年が去ったあと、やまひろはログの処理を変えた。
> 無限おかわりシェル → 無効化
最終実行:7回(うち3杯、残さず)
> コメント:
// “だれかに付き合ってもらえる”って、それだけで、おかわりだよな
今日もみりん亭は、味のしない料理で、誰かの心をすこしだけ満たしていた。
味はなくても、そばにいる人の気配があれば、それは、もう“食事”だった。