テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「マジでさ、“異世界行って無双したい”って、もう夢の基本形じゃね?」
馬場トオル(ばば・とおる)──大学1年生、19歳。
もみあげの残る黒髪ショートに、だぼだぼのパーカー。
ゲーミングチェアに沈みながら、缶コーヒー片手にタブレットを覗き込んでいた。
成績は平均以下、就活の話にはうんざりしていて、
「俺なんか消えた方が効率的かも」とか平気で言うタイプの男子だった。
明晰夢サービス《メイセキム。》は、今や“現実の逃げ場”として
異世界転生型の夢プランを大々的に販売している。
人気カテゴリ【異世界体験パック】には、
剣と魔法
召喚者体験
無双スキル取得済み
鍛冶・商人・冒険者など職業選択可能
という詳細なプランが並ぶ。
中でもトオルが選んだのは──
【夢名:無敵の救世主(Ver.R)】/価格:3500円/夢時間:最大3日(現実60分)
ヘッドセットを装着し、ベッドに沈みこむ。
目を閉じると、鼓動がひとつずつ遠のいていく。
そして、目覚めたとき。
彼は剣を背負い、銀の鎧を身に着けた青年として、異世界に立っていた。
「トオル様、勇者様! 魔王軍が国境に!」
「ああ、あとでいいよ。先に昼寝してくるわ」
剣を構えれば風が裂け、魔法は思考だけで発動する。
誰にも負けず、誰からも尊敬され、誰とでも仲良くできる。
「……これだよ。これが“俺がいていい世界”だ」
だが、3日目(夢時間)。
戦場で現れた魔王のセリフに、トオルは違和感を覚える。
「貴様は本当にここに来たかったのか?」
「誰かに求められることが、“本当の居場所”だと?」
一撃で倒したはずの魔王が、倒れ際にこう呟いた。
「“お前”を呼んだ者は……どこにもいなかった」
その夜、夢のシステムメニューを開こうとしたが、反応しない。
「帰還ボタン」がグレーアウトしている。
「……は? もう60分過ぎてるはずだろ?」
NPC(夢の登場人物)たちは、誰もその異変に気づかない。
ただ、「勇者様」と笑いかけてくる。
翌日、王都での式典。
人々が歓声を上げる中、トオルはステージに立っていた。
だが、どこかおかしい。
空の色が、やけに平坦でのっぺりしている。
群衆の顔が、全員“同じ目”をしている。
──まるで、演技をしているように。
「……なあ、これ、夢だよな?」
ステージで、トオルは小声でつぶやいた。
その瞬間、周囲が一瞬ピクリと揺れた。
「勇者様、どうなされました?」
「……もう、帰りたいんだけど」
返答はない。誰も「帰る方法」を知らない。
目が覚めたのは、それから3日後。
現実世界の時計は、購入時間からぴったり60分経過していた。
だが、目の前のスマホにはこう表示されていた。
【夢延長処理中:次回帰還予定は1週間後】
トオルはもう一度、深く眠りに落ちていった。
《メイセキム。》注釈:
【異世界体験型夢】は没入性が高く、依存症状が報告されています
一部夢は「自動再入」機能により、次回睡眠時に継続される仕様があります
帰還不能事例については、カスタマーサポートへご相談ください
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