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拓真はスタンドライトをつけ、寝室の灯りを落としてから、私にベッドを示した。
「セミダブルだから大丈夫だとは思うけど、落ちないように念のため、碧ちゃんは壁側に寝た方がいいかな」
「ありがとう」
私は礼を言って、大人しくベッドに体を横たえた。
それを確かめてから、拓真もまた掛布団の中に体を滑り込ませ、行儀よく仰向けになった。
「灯り、大丈夫?明るすぎたりしない?」
「大丈夫よ。ありがとう」
「ん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
目を閉じたが、さっさと寝てしまえばいいと思ったくせに、昨夜と違ってなかなか寝付けない。
夕べの場合は疲れの他に、すべてを拓真に打ち明けて安心したということもあっただろう。彼にくっついて横になっていても、すんなりと眠りにつくことができた。
しかし今は鼓動がうるさく、そのせいで眠気がなかなかやってこない。さらに拓真の部屋で彼のベッドに寝ていることが急に意識されてしまい、心の奥に押し込めていた葛藤が再び顔を出す。おかげで目が冴えてしまい、早く眠らなくてはと焦り出す。
体勢を変えれば眠くなるかもしれないと考えて、もぞもぞと身じろぎした。その動きで拓真を起こしてしまったようだ。
「もしかして眠れない?」
「ごめんなさい。起こしちゃったね」
「いや、まだ寝てはいなかったけど……」
ベッドのマットレスを揺らして、拓真が体を私の方に向けた。
「碧ちゃん、あのさ」
彼の声が間近で聞こえてどきりとする。
「な、なに?」
拓真は肘をついて体を起こし、私の頬に手を伸ばした。
「やっぱりキスだけでもしたい」
どきどきして言葉が詰まる。
「前言撤回、だめ?」
拓真は私の唇の上を指でなぞった。
間接照明の灯りに照らし出された彼の瞳は、熱っぽい光を帯びている。
その瞳を見返しているうちに、抑え込んでいたはずの欲求が顔を出した。
「……ほんとに、キスしてくれるの?」
「俺のことが恐くないのなら」
「嬉しい」
「好きだよ」
拓真は囁き、私の顔中に優しいキスを次々と落としていった。
彼の唇に触れられて胸の中に幸福感が広がる。
「拓真君、大好き。ありがとう」
「俺も大好きだよ。愛してる。俺の所に戻ってきてくれて、これ以上ないってくらい嬉しいんだ」
彼は私の目元に口づけ、甘く囁いた。
私は彼の胸元に恐る恐る手を伸ばす。
「もっとキスしてほしいって言ったら、私のこと軽蔑する?」
「軽蔑?どうして?」
「だって私、つい最近まで他の人と……」
「それが気になるくらいなら、彼女になってなんて言わないさ」
「本当に?」
「本当だよ。俺が好きなのは『碧ちゃん』っていう存在丸ごとなんだ。だから、軽蔑どころか大歓迎さ」
拓真の唇が再び私の唇の上にゆっくりと重ねられた。その柔らかさにうっとりする。彼のキスがもっと欲しくなり、気持ちのままに彼の首に腕を回してしがみつこうとした。
しかし途端に彼は唇を離し、私の腕から逃げた。どうしたのと目で問う私に、恨みがましい目を向ける。
「人の気も知らないで」
「何が?」
「そんな風にされたら、抑えがきかなくなるじゃないか」
「抑えなくていい」
しかし彼は苦しそうに顔を歪めて、私の隣にどさっと体を横たえた。顔を腕で隠し、かすれ声で言う。
「だめ、終わり。これ以上は俺がヤバイ。夕べは出張先だったから我慢できたけど、今夜はこれ以上は無理だ」
「我慢……?」
何の気なく彼の言葉を繰り返し、はっとする。もっと触れたいと思ってくれたのかと、頬が熱くなる。どきどきしながら半身を起こして彼の胸の上に手を置き、彼に口づけた。その柔らかさと熱を確かめて唇を離し、今度は彼の頬に触れる。
「やばいって、言ったばかりなんだけど」
喉の奥でつぶやいたかと思うと、拓真は私の体を押し戻し、その上に覆いかぶさった。私の頭を抱いて唇を塞ぐ。
彼のキスを受け止めながら、私は彼の背に腕を回した。その時、太腿の辺りに固い感触があった。それが何かに気がついて脚がびくりと動いてしまう。
拓真はキスをやめて小さく呻いた。
「だめ。頼むから動かないで」
「ご、ごめん……」
彼は私の隣に体を戻し、はぁっとをため息をつく。
「万が一こういう流れになったとしても、今夜はこの先は絶対にしないって決めてたんだ。俺の部屋に来てって言ったのが、これが目的だったのかなんて思われたくなかったから。だから、今度こそ寝るよ。碧ちゃんもほら、目を閉じて。はい、おやすみ」
私に掛布団を掛け直して、拓真は背を向けた。
その背中を見て寂しいと思った。この先もほしいと、拓真に抱かれたい持ちが湧き起こる。高まる気持ちを抑えられず、私は彼を求める言葉を自ら口にした。
「お願い。拓真君に愛してほしいの」
彼の肩がぴくりと反応したのが分かった。
彼は振り向かないまま、くぐもった声で訊ねる。
「自分が今何を言っているのか、ちゃんと分かってる?」
私は拓真に近寄りその背中に頬ずりした。
「分かってる。あぁ、でも……」
あることを思い出し、声が震える。
「私の体中にあるあざを見たら、そんな気も失せちゃうかな。やっぱりできないって」
拓真がおもむろに私の方を向いた。
「言ったよね。俺は碧ちゃんっていう存在丸ごとを愛しているんだ、って。俺の気持ち、信じてくれないのか?」
「そうじゃないけど……。私の体、綺麗じゃないから……」
拓真は優しく笑って私の頬を撫でる。
「それは今だけだろ。そんな痕は消えていくだけだ」
「それはそうだけど……」
拓真は私の意思を確かめるようにゆっくりと問う。
「俺のこと、怖くない?」
「拓真君のことは恐くないって言ったはずよ」
「本当にいいの?」
まだためらう様子を見せている彼に、私は微笑む。
「あの人のこれまでの痕跡すべてが跡形もなく消えてなくなるくらい、あなたに愛されたい。癒してほしいの。――自分からこんなことを言うような私は、イヤ?」
拓真がくすっと笑った。
「昔、俺から逃げた理由はすごく初々しいものだったよな」
私は掛布団の中に顔を隠した。
「あの時のことは、もう、ほんとにごめんなさい。許して……」
「許すも何も、もとから責めたり恨んだりしてたわけじゃないからね。ただ、今の君はもうすっかり大人の女性なんだなと思ったら、時の流れをしみじみと感じてね。今またこんな風に君と一緒にいられる日が来るなんて、嬉しいなんて言葉だけじゃ言い表せないほどだよ。幸せっていう言葉はこういう時に使うのかな」
私は拓真を見上げた。
「あの時の続き、してくれる?」
「俺が全部上書きしてあげる。君の心だけじゃなく体も全部、今度こそ俺だけのものにする。幸せ過ぎて仕方ないって思うくらい、君の心と体のすべてを愛して俺の腕の中で蕩かしてあげる」
彼は艶やかな笑みを浮かべながら、私の体からその身にまとうものすべてを丁寧に取り払っていく。
その度に触れる彼の手に私は敏感に反応し、吐息をもらした。