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リビングの灯りを消した拓真は、私に続いて寝室に入った。間接照明に使っているらしいスタンドライトをつけ、寝室の灯りを落としてから、私にベッドを示す。
「セミダブルだし大丈夫だとは思うけど、落ちないように念のため、碧ちゃんは壁側に寝た方がいいかな」
「ありがとう」
私は礼を言って、大人しくベッドに体を横たえた。
それを確かめてから、拓真もまた掛布団の中に体を滑り込ませ、行儀よく仰向けになった。
「灯り、大丈夫?明るすぎたりしない?」
「大丈夫よ。ありがとう」
「ん。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
拓真に答えて私は目を閉じた。しかし、さっさと寝てしまえばいいなどと思ったくせに、昨夜と違ってなかなか寝付けなかった。
夕べの場合は疲れもあっただろう。すべてを彼に打ち明けて安心したということもあるだろう。彼にくっつくようにして横になってはいても、すんなりと眠りにつけた。しかし今は、うるさい鼓動の音が睡魔を遠ざけている。それに、今自分がいるのは拓真のベッドなのだと急激に意識されてしまって、先ほどの悶々とした葛藤が頭の中に浮かび上がってきてしまった。おかげで余計に目が冴えてしまう。
早く眠らなきゃ――。
焦りながら私は眠りにつきやすそうな体勢を探ろうとして、ひとまず壁側を向いてみようかともぞもぞと身じろぎした。
私の動きに反応して拓真が目を開けた。
「もしかして眠れない?」
「ご、ごめんなさい。眠る邪魔しちゃったよね」
拓真が顔を私の方に向けた。
「邪魔なんてそんなことはないけど。……碧ちゃん」
私の名前を呼ぶ彼の声が間近に聞こえて、どきりとする。
「な、なに?」
掛布団を首まで持ち上げながら私は彼を見た。
拓真が肘をついて体を起こした。
「ごめん、前言撤回させてほしい。やっぱりキスだけでもしたい」
「え……」
拓真は私の頬に手を伸ばした。
「だめ?」
拓真は返事を促すように、私の唇の上を指でなぞった。間接照明の灯りに照らし出されたその瞳が、熱っぽい光を帯びながら揺らめいているのを見て取り、私の胸は苦しいほどにドクンと高鳴った。
彼の瞳を見返したら、胸の内で渦巻いていた様々な気持ちがするりとこぼれそうになった。すべてが解決していないこの状況だけれど、私を彼女だと言ってくれている彼に、望んでもいいのだろうかと甘えたい気持ちが沸き起こった。私はどきどきしながら言葉をそっと舌に乗せた。
「……ほんとに、キスしてくれるの?」
「俺のことが恐くないのなら。いい?」
私は彼を見つめた。
「嬉しい」
私の言葉を聞いた途端、拓真は私の顔中についばむような優しいキスを次々と落とし始めた。目を閉じて彼の唇を感じながら、幸せな心地になった。
優しい――。
完全に例の問題が解決したわけではない。それでも、彼がキスを落として行くごとに、少なくともこれまでの嫌な記憶は消されていくような気がした。
「拓真君、大好き。ありがとう」
彼は私の目元に口づけて低く響く声で囁いた。
「俺も大好きだよ。愛してる。俺の所に戻ってきてくれて、心底嬉しいんだよ」
私は彼の胸元に手を伸ばし、恐る恐る言った。
「もっとキスしてほしいって言ったら、私のこと軽蔑する?」
「軽蔑?どうして?」
「だって、最近まで私、あの人に……」
「それが気になるくらいなら、彼女になってなんて言わないさ」
「本当に?」
「本当だよ。俺が好きなのは『碧ちゃん』っていう存在丸ごとなんだ」
拓真はそう言うと、もう一度私の額に軽くキスをした。
「だから、軽蔑どころか大歓迎だ」
拓真は微笑むと、私の唇にゆっくりと自分の唇を重ねた。
その柔らかさにうっとりして、唇が緩んでわずかに開いた。途端に彼が唇を離す。
どうしたのと目で問う私に、拓真は脱力したように言った。
「人の気も知らないで、そんな風に唇を緩めるなんて」
「え?」
「まるで煽ってるみたいだ、ってことだよ」
拓真は私の唇を再び優しく封じた。
もっとほしい――。
私は拓真の首に腕を回そうとした。
ところが彼はキスをやめて、私の隣にどさっと体を横たえた。
「終わり。これ以上は俺がヤバイ」
拓真はかすれた声で言いながら、自分の顔を腕で隠した。
「夕べは出張先だったから我慢できたけど、今夜はだめだ」
我慢って……。
頬が熱を持った。
私にもっと触れたいって思ってくれてるの――?
そう思ったら自然に動いていた。私は体を起こし、拓真の胸に手を置いて彼の唇に自分の唇を重ねた。彼の柔らかな熱をつかの間確かめてから、唇を離した私はその頬に触れる。
「俺、やばいって、今言ったばかりなんだけど」
拓真は喉の奥でつぶやくように言うと、私をベッドの上に戻して覆いかぶさった。私の頭を抱くようにしながら、今夜私に落としてくれたどんなキスよりも優しく唇を重ねた。
私はその口づけを受けながら、彼の背に腕を回した。その時、太腿の辺りに固い感触を得てはっとした。身じろぎして脚を動かしたと同時に、拓真が唇を離して呻くような声をもらした。
「だめ。頼むから動かないで」
「ご、ごめん……」
彼ははあっと息を吐き出した。
「万が一こういう流れになったとしても、今夜はこれ以上はしないって決めてたんだ。俺の部屋に来てって言ったのが、これ目的みたいに思われたくなかったからさ。これも試練の一つと思うことにしようって」
拓真は自分を戒めるように顔をしかめながら、私の隣に体を戻した。
「だから今度こそ寝るよ。碧ちゃんもほら、目を閉じて。おやすみ」
拓真は私と反対の方を向いて横になってしまった。
その背中を見て、私は寂しいと思った。我慢してほしくない。この先もほしい。拓真の愛し方で上書きしてほしい。彼に抱かれたい気持ちが心の深い所から次々と生まれてくる。高まるその気持ちを抑えきれなくなった私は、彼の背中に額をくっつけて彼を求める言葉を自ら口にした。
「お願い。拓真君に愛してほしいの」
その背中がぴくりと強張ったのが分かった。彼は振り向かないままくぐもった声で私に訊ねる。
「自分が今何を言ってるか、ちゃんと分かってる?」
私は拓真の背中に頬ずりした。
「分かってる。あぁ、でも……」
声が震える。
「もし私の体中にあるあざを見たら、そんな気も失せちゃうかな。やっぱりできないって……」
拓真が私の方を向く。
「言ったよね。俺は碧ちゃんっていう存在丸ごとを愛しているんだ、って。俺の気持ち、信じてくれないのか?」
「そうじゃないけど……。私の体、綺麗じゃないから……」
拓真は優しく笑い、私の頬を撫でた。
「それは今だけだろ。そんな痕は消えていくだけだ」
「それはそうだけど……」
拓真は私の頬に一つ口づけると、私の意思を確かめるように改めてゆっくりと問う。
「……本当にいいの?怖くない?」
「拓真君のことは恐くないって言ったはずよ。それに、私のこと大事にしてくれるって言ったでしょ?だから、これまでの痕跡すべてが跡形もなく消えてなくなるくらい、あなたに愛されたい。癒してほしい。――こんなことを自分から言うような私は、いや?」
拓真がくすっと笑った。
「あの時俺から逃げた理由って、すごく初々しいものだったけど、今の碧ちゃんはもうすっかり大人の女性なんだな」
私は掛布団の中に顔を隠した。
「あの時のことは、もう、ほんとにごめんなさい……」
「蒸し返したいわけじゃなくてさ。なんというか、時の流れみたいなものを感じつつ、またこうやって君と一緒にいられることが不思議で嬉しいと言うか。その間の何年間かの方が実は夢だったんじゃないかと思えるくらい、あの時と今がつながった感じがしてる」
「なんだか難しいこと言ってる」
ふふっと笑う私に拓真は照れた顔をした。
「うん、自分でもうまく言えないんだよな。簡単に言うと、嬉しい。いやそれ以上だから、幸せってことか」
私は掛布団から目だけを出して、隣の拓真を見上げた。
「拓真君、あの時の続き、してくれる?」
拓真は艶やかな笑みを浮かべながら頷き、私のパジャマの胸元に手をかけた。
「俺が全部上書きしてあげる。君の心だけじゃなく体も全部、今度こそ俺だけのものにする。幸せ過ぎて仕方ないって思うくらい、君の心と体のすべてを愛して俺の腕の中で蕩かしてあげる」
拓真は下着だけの姿になった私を見下ろしながら、自分もまた身に着けていたすべてを脱ぎ去った。
私の体にそっと手を這わせながら、拓真は痛ましい顔をした。
「これくらいの灯りでも分かる。こんなにたくさん……」
腕で胸元を隠そうとする私を制して、そっと指であざをなぞって行く。
「痛かったね。でもこれからは俺が大事にする。だから、ずっと俺の傍にいてほしい」
拓真は、時折私の様子を確かめるようにしながら、私の体中にゆっくりと丁寧に口づけていった。
「あぁ……」
触れ合う彼の肌と、優しすぎるキスの嵐に、私の唇から幸せに満ちた吐息がもれた。こんな愛され方をずっと求めていた。心から気持ちがいいと思える唇が、手が、ずっとずっとほしかった。大人になり切れていなかったあの頃だったが、本当は私だって拓真を愛していた。彼も私を愛してくれていたことは分かっていた。それなのに私は逃げてしまった。けれど今はもう違う。彼の優しい愛撫に身を委ね、溶けてしまいそうなほどの悦びを感じながら、思っていた。
彼の想いを、彼のすべてを受け入れたいーー。
溢れる吐息の合間に、私は彼に腕を伸ばした。
「拓真君、愛してる。体の奥まで繋がりたいの」
「俺もだ。愛しているよ。今度こそ俺を受け入れて」
私たちは深く口づけ合い、舌を絡め合う。
次第にもどかしい気分となった私は、下着を自ら取り去った。
一糸まとわぬ姿となったそんな私を見下ろして、拓真は体を起こして囁いた。
「綺麗だよ。すごく」
彼の手が私の全身を慈しむように撫でていく。進んで行った先で、一瞬ためらったようにその手が止まった。しかし、恐る恐るというように敏感なその部分を探り当てた指先が、そっと触れる。
「あっ……」
ぴくりと反応し腰を浮かせた私に、拓真は深くキスをした。
口づけられながら花芯に優しく触れられて、私は身をよじりながら彼の首に腕を回してしがみついた。ぬるりとした感触にさらに体が跳ねた時、拓真の唇が離れた。
「大丈夫?」
「ん……」
小刻みに息を弾ませ、とろりとした心地で目を潤ませている私を、拓真の目が愛おしげに見ていた。
「かわいすぎるよ」
拓真は花芯の奥にさらに触れながら、吐息混じりに囁いた。
「ここにもキスしたい」
恥じらいつつ私が小さく頷いたのを見て、彼は体を沈ませた。
彼の唇と熱い舌先に触れられて、頭の芯まで痺れて溶けてしまいそうになった。その快感に抵抗できず、恥ずかしく思いながらも私の唇からは絶え間ないほどに声が溢れた。
「その可愛い声をもっと聞いていたいけど、もう我慢できそうにない。入りたい」
拓真の切なげな声に、私は乱れた呼吸のまま目で頷き、手を伸ばして彼の頰に触れた。
「愛してくれてありがとう。すごく嬉しいの。大好き」
私の言葉に拓真の目元が綻んだ。
彼は私にキスをすると、自分と私の体を奥深く繋げた。
「っ……」
痛いと思った。けれどそれは、嫌だという負の感情からのものではなく、ようやく彼を受け入れることができたという喜びからの痛みだった。
「愛してる、碧」
拓真の甘い声が私の名前を呼ぶ。その響きに、心が、そして体中が震えたと思った。優しいけれど力強い彼の動きに導かれて、高みに押し上げられていった。そうしてこの夜、甘くて蕩けるような絶頂感と満足感を、私は初めて知った。
拓真と初めて体を交わし合った翌朝は、私の方が彼よりほんの少しだけ早く目が覚めた。
彼を起こさないように注意深くベッドから出ようとしたが、実は目覚めていたらしい彼の手にベッドの上に引き戻される。
「きゃっ!」
驚いて目を閉じると、すぐ耳元で拓真が囁く。
「おはよう」
「お、おはよ……」
「優しくしたつもりだったけど、体は大丈夫?」
朝からこんな会話は恥ずかしい。私は小声で答えた。
「……大丈夫よ」
「それなら良かった」
拓真はほっとしたように言って、私を後ろから抱き締めた。
「このままこうやって碧とだらだらしたい気分」
昨夜のあの時、あの後から、彼の私の呼び方がちょっとだけ変わった。そのことは、彼にとって自分が一番近い存在になった証のようで嬉しい。
「でも今日は約束があるから」
「そうだな。ま、もう少し清水さんに聞いておきたいこともあるし」
「聞いておきたいこと?」
「ん、こっちの話。のんびりするのは明日にとっておくか」
拓真はにこっと笑い、ベッドから出た。
「碧は先にシャワーしてきたらいい。その間に朝食の準備、しておくよ」
「それなら私が」
「明日からお願いするよ。ってことで、タオルはそこの棚から出して使ってくれる?」
「でも……」
拓真は悪戯っぽい目をして笑った。
「昨夜の名残、流しておいで」
「っ……!」
恥ずかしさで真っ赤になった私に拓真はキスをすると、寝室から出て行ってしまった。
昨夜の甘すぎるひとときを思い出すと、朝だというのに脚の間がじわりと潤い出しそうになる。それだけ私の心も体も彼で満たされていた。
「と、とにかく。お言葉に甘えてシャワーしよう」
私は頭を切り替える努力をしつつ、拓真に教えられた棚からタオルを取り出した。