夢であって欲しいと思った、洒落にならない話。
ふと気付けば、面を付けた子供達が大勢いる場面に遭遇し、修学旅行みたいなのに行くというので、私も何故か混じって同行したの。
夢だと思いたいけど、いつものように就寝後に呼ばれたんだと思う。
旅行は3泊4日で、宿泊場以外の外では面を付けなければならない決まりがあると聞き、私は目と鼻が隠れる狐の面を付けていた。
子供達の面は皆デザインも形もバラバラで、引率の先生らしき大人は顔によく分からないお経のような達筆な文字の書かれた札を貼っていた。
引率はこの札を貼った、ひょろりとした女性のみらしい。声からするに初老だろうか。引率というのには心許ないくらい細く色白で、気品のある単色の着物を着ている。
子供達も修学旅行にしては年齢がバラバラで、見る感じ6歳~12歳くらいだろうか。服装はイマドキの小学生のようだった。
先生を困らせる問題児はいないようで、皆ちゃんと集合時間や決まりを守って行動している。
きっと何か習いごとの集まりなのかもしれないと、その時はいいように自分でこじつけて納得した。
子供達の中に私だけ三十路が混ざっていることに誰も突っ込まないので、もしかしたら私の見た目も子供っぽかったのかもしれない。
1日目は自由行動がメインで、私も見知らぬ子供達に混ざって知らない街中を探索した。
先生に「最後の〇〇渡り(聞き取れなかった)までに紙幣は最低6枚取っておくこと」と言われたが、そもそも飛び入り参加の私は最初から無一文。仕方ないので、硝子館や全部が花で出来た館など、珍しい店舗を幾つかただ見て回った。
夜は立派な旅館に泊まり、どこかの班に混ざって適当に時間を潰した。周囲の子供達の会話に耳を澄ます。恋愛話やハマっている遊びの話だったりと、ごく普通の子供らしい会話だった。
旅館内は全て有料で大浴場に行くにも料金がかかると言われ、仕方ないから私は財布を落としたことにして、引率の先生に立て替えてもらった。
大浴場も至って普通の、立派な大浴場で子供達が大勢入っても差し支えないほどの広さで、温かな湯を堪能した。
2日目の午前中は炊事遠足のようなことをして、子供達と班ごとに好きな料理作りを体験した。
水を汲む時に近くの綺麗な川に行ったので、足だけ水に浸かろうとしたら先生に見つかり「まだ入ったらダメです」と注意された。子供達は誰も入る発想がなかったのか、三十路の私だけ先生に注意される悲しい展開となった。
午後はまた各々に街中を好きに探索して、途中で疲れた私は班の子達に声を掛けて、一足先に旅館に戻った。誰よりも先に大浴場に浸かり、子供達のパワフルさを痛感していた。
3日目は午前中だけ街中探索が可能だったが、先生が「もし先に〇〇(聞き取れない)へ行きたい人がいたら手を挙げて」と言い始め、数人の子供達が手を挙げた。
先生は集合時間のみ全員に周知して、挙手した生徒を連れて何処かに行ってしまった。残された子供達の引率のつもりで、私はその後また街を探索した。
その日は挙手した子供達と先生が戻って来ることはなく、随分と無責任だなぁと思って先生の代わりに引率をした。
連泊最後の夜、ふと班の女の子に「雪ちゃんはなんで〇〇に行きたいの?」と聞かれたが、〇〇が何度聞き返しても聞き取れず、適当に「人伝に聞いたから面白そうだなって」などと返した。女の子は不思議そうな顔をして「ふーん。私はね、お母さんに会いに」と言った。ちょっと意味が分からず、なんだか変な会話だったのであまり続かなかった。
最終日の早朝、ようやく戻って来た先生は何故か1人だった。挙手した他の子達は?と聞けば、先生は「先に向こうで待っていますよ」とだけ淡々と告げ、皆に荷物を纏めるよう声を掛けた。
荷物を纏めて旅館から出ると、この日は街ではなく、山の中に向かって歩いて行った。街からかなり離れた辺りで急に莫大な広さの川が現れて、小さな木の船が沢山並んでいた。子供なら3人~4人くらい乗れそうな大きさだった。中学生の頃に宿泊研修で行ったカヌー体験を思い出す。
顔に札を貼った引率の先生が、自身の付けてるものと同じ札を子供達に配った。子供達が面を取って札を自身の顔に貼り始め、ここで異様な空気を悟って身構えつつ、私も渡された札を一応貼った。
ふとここで初めて、先生の服装が3日間ずっと同じで子供の引率にしては動きにくい和服だったことの違和感、それから着物の左が手前になってることに気が付いた。
川に近寄ると段々霧が濃くなってきて、子供達は船の前に並び始めた。
先生が「6枚の紙幣を回収します」と言って、先頭の子供達が順番に残していた紙幣を先生に渡して船に乗る。3人ずつ、1つの船に乗って霧の深い川の奥へと進む。
しばらくすると無人の船だけが戻ってきて、更に次の3人が乗る。その繰り返しで、大勢いた子供達の半分が霧の向こうへと消えた。
船は沢山あるのに、どうしてか乗れるのは1つらしい。
いよいよもって違和感が強くなり、札を剥がして捨てた途端、背後から黒い着物と黒い札を貼った男の先生らしき人物に怒られた。今までずっと引率は女の先生だったのに、いつの間にか増えている。
札のことで強めに叱られて、ちょっと腹が立ったので「そもそもなんでこんな霧が深いのに子供達だけで船に乗せんだよ、危ねえだろうが!落ちたらどーすんだ!」と言い返したら、女の先生が「全員が乗って向こうに行くまで私達は行けないので」と静かに嗜めてきた。物腰は静かだが、有無を言わせない口振りだった。
ところで私は現在無一文。先生に借りた紙幣は、旅行での金遣いの荒らさが発揮されてお土産コーナーと大浴場の料金で使い果たした。船には乗れない。
それをふまえて自分は乗らないと告げると、男の先生(?)の機嫌が見るからに相当悪くなった。この男も黒い着物で、左が手前になる着方をしている。かなり痩せ細った腕と野暮ったい前髪から出る鉤鼻が印象的だった。
子供達が残りあと2組程度になり、次の1組を乗せる際に、男の先生がワイの腕を掴んで引きずるように順番を前後させた。無理矢理船に乗せられて、私は思わず舌打ちをした。
霧のせいか随分と空気が薄い。ふと顔を上げると、一緒に乗っていたのはいつだったか質問してきたあの女の子だった。その子が急に「私のお母さんね、事故死だったの。やっと会えるから凄く楽しみなんだ」と口を開いた。隣で少し幼い容姿の男の子が「僕の弟も事故死だったんだ。早く会えるといいな」と慰めるように言った。
は???と思って立ち上がる。船が揺れた。子供達が座るように諭してくるが、ここにいたらマズイと脳裏に警告が浮かんだ。
そういえば、私は幽体離脱中飛べるんだった!と急に己の身体能力を思い出して、持っていたお土産は船に乗せたまま飛び上がった。子供達の静止を振り切るように飛び上がって霧の上に出た時、ふと左を見ると、川の流れ着く先に巨大な口を開けた顔があることに気付いてしまった。
ーーーただの川ではなかった。霧のせいではっきり見えなかったが、川自体がドブのような色をしていて、大きく開いた口に向かって1本道になっている。
阿鼻叫喚になりながら、近付いていた巨大な顔から逆方向に逃走したところで、現実で飛び起きた。
がばっと起きた瞬間、耳元でザラっとした低い声で「もう少しだったのに……」と肉声で聞こえた。背中に生暖かいような冷たいような変な感覚が密着していた。
黒兎ぬんの足ダンが2発、部屋に響いた。
咄嗟に鷲掴みにしようと上半身ごと振り向くと、真っ黒でガリガリの男が目と鼻の先で口が裂けるくらい笑ってた。先生だと思っていた、あの男だ。
手を伸ばすと、掴む直前で霧のようにふわっと消えて逃げられた。気配を追ったが途中から分からなくなって、消し炭にはできなかった。
ーーー部屋の中はまだ暗くて、明け方の4時だった。
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