テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第7話:笑顔売ります。
午前7時。駅前のバス停。
制服姿の少女たちが、スマホの前で笑っていた。
「せーの、はい、“今日のスマイル売ります”〜」
画面の中には、全員が完璧な笑顔でフリーズする15秒動画。
動画はそのまま“感情素材プラットフォーム”へと送信され、
音楽制作者たちのフィルターにかけられる。
そう、それは——
**ドラックミュージックのための“笑顔素材”**だった。
少女たちの中に、ひとりだけ笑っていない少年がいた。
名はイザミ・ロク(14)。
髪は肩より少し短い。寝癖がそのままで、**両目の下に貼られた“情動測定シール”**が印象的だった。
スウェットの上に無地のジャケット。指先に薄いコードが巻かれていて、データパッドと接続されている。
彼は“逆売り”をしていた。
「今日は、怒りと無感覚のデータがとれました」
「喜び、提供できません。申し訳ありません」
そんなコメントを添えて、“EDM作曲者向け感情素材ストック”にログインする。
EDM作曲文化の中には、**“ドラック依存社会で失われた感情を、素材として提供する子どもたち”**が存在していた。
彼らの笑わない顔、怒った声、泣き崩れる映像が、EDM作曲の原材料となる。
一方、ドラックミュージックの現場では、“笑っているだけ”のデータが量産されている。
感情が商品化され、“記録された感情”のリアリティが優先される時代。
その日、ロクの素材を購入したのは、**EDM作曲者・アラミ・コウ(27)**だった。
コウは、長髪を後ろに結び、片目を隠す金属フレームの眼鏡をかけた男性。
白のロングコートの袖には、微細なスピーカーポートが複数仕込まれている。
感情をコード化する際、常に音を“漏らしながら”作業するという特殊な癖がある。
「怒り……か。これは、いい歪みがある」
彼はロクのデータを取り込みながら、
音を「逆転フェーズ」で波形化していく。
EDM作曲室は、防音壁の奥で脈動していた。
誰にも聞かれないように作る。
でも、誰かが必ず死ぬ。
コウは呟く。
「ドラックが“理想の笑顔”を売るなら、
俺は“理想の無表情”を作ってやる」
そのころ、ロクは放課後に、感情測定屋に呼び止められた。
「キミ、表情固定率めちゃくちゃ高いね。
どう? “都市用BGM”の素材、ちょっと笑って録ってみない?」
「……無理です。笑うと、吐きそうになるんで」
「じゃあ、泣き顔もらえる?」
ロクは黙って立ち去った。
その夜。
街角のベンチで、ロクは無音ヘッドホンを装着した。
再生中の曲は、アラミ・コウが制作したEDM、《blank_sync_wave》。
その1.6秒の音で、ロクは一瞬だけ、自分の怒りが“音に変わって消えていく”のを感じた。
「感情って、売るより、削ったほうが……楽かもしれない」
ロクはそう呟き、笑わずにイヤホンを外した。
🌀To Be Continued…