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「さぁ、まずは身体を拭いて着替えましょう」
シスター・ジェルマは私が泣き止むまで待ってくれました。そして、弱り切っていた私の身体を支えて、ゆっくりと教会の中へ誘てくれたのです。
「いつまでも若い娘がこんな格好をしておくものではないわ」
シスター・ジェルマは私の為にお湯を用意してくれました。汚れきったドレスを脱いで私が体を拭き始めると、彼女は布を手にして背中へ回り清拭を手伝ってくれました。
体を拭いた後の汚れた布を湯を張った桶に浸すと、透明だった液体がみるみるうちに黒くなっていく。私の汚れはそんなにも酷いものでした。
私はそれを見て、自分がそんなにも不潔であったのだと知り恥かしくなりました。
「すみません」
顔を赤くしてうつむき、か細い声で謝りました。
「直ぐに新しいお湯を用意するわね」
ですが、シスター・ジェルマはただ優しくひたすらに親切でした。私の身体の汚れが落ちるまで根気よく丁寧に洗い、そして私の為に着替えを用意してくれたのです。
「ごめんなさいね。着替えはそれしかないの」
「いえ、ありがとうございます」
私が袖を通した服はシスター・ジェルマと同じ修道服でした。ゆったりとした黒い踝丈のワンピースに白い襟掛け。違いは彼女が被る頭巾ウィンプルがないだけでした。
「良く似合っているわ」
「あ、ありがとうございます」
「『アシュレインの翠玉』の呼び名は聞いていたけど……本当にびっくりするぐらい綺麗ね」
シスター・ジェルマは身綺麗になった私を見て、溜め息と共に感心するように感慨を漏らしました。
「あなた程の美しい娘を振るなんて、アルス殿下も何を考えているのかしらね」
片目を器用に瞑って悪戯っぽく笑う彼女はとても魅力的でした。
「私にはきっと価値が無いのです。女としても、聖女としても……」
しかし、私は自分を卑下する言葉しか出てきませんでした。この時の私は数々の誹謗に自分自身を否定的に捉えるようになっていました。負った傷は神聖術で癒すことはできますが、心に負った傷を治す術はありません。
ですが、シスター・ジェルマはあらっと不思議そうに首を傾げて見せたのでした。
「ふふっ、価値の無い人なんていないのよ」
「ですが……私は王都で……」
彼女は真っ正面から私を見据え、その琥珀色の瞳に私は言葉を詰まらせました。
「実はこの世にある全てのものは等しくみな価値が無いのよ。だから逆に言えば価値の無いものは何もないの」
「仰っている意味が良く分かりません」
柔らかい雰囲気の彼女との問答は、まるで王都でエンゾ様から教えを乞うている時のようでした。つい先日まで当たり前の事だったのに、それがとても懐かしくて温かい。
「この世には価値のあるものは何も無いの。だから人は自分の周囲にあるものに対して自分で価値を決めているの」
「……はい」
彼女の教えを私はしっかり咀嚼しながら胸の奥に落としていく。
「喜びなさいミレーヌ。あなたを酷い目に合せた人達から、あなたは無価値と決められました。あなたは王都の人々の価値観から解放されたのです――」
彼女の手が私の頭をそっと撫でる。それは辺境の生活で荒れていたけれど、今まで感じた誰よりも優しい手でした。
「――だからきっとミレーヌの価値はここで見つかるわ」
「見つかるでしょうか……この私に?」
不安そうな表情をする私に彼女はくすりと笑いました。
「あら、もう既に一つ見つかっているじゃない」
「え?」
「これだけ酷い目に合っても貴女は恨みも憎しみも口にしない。相手の心遣いに感謝の念を忘れない。そして、私の言葉に真摯に耳を傾ける――」
彼女の口から出る言葉は、私に対する労りでいっぱいでした。
「――そんなミレーヌの価値を私は知っています。あなたはとっても優しい娘よ」
だから私は零れる涙を押し留められませんでした……