「次は『神力』についてです。『神力』はその名の通り、神の力を借りる行為です。『器』となる体との親和性により、どの程度の『神力』を扱えるかが変動します」
「……(ホント、何でシスさんはそんなに詳しいんだろう?)」
宿屋に泊まった日の夜。同じ様な話をララからも聞いたが、その時に彼女は『きちんと研究はされていない』と言っていた。だけどそれと共に『シスさんは色々学んでいると思う』みたいな事も口にしていたっけ。
「『神力』を持つ者は軒並み『神官』になるのは『神力』を発現した者の噂を聞き付けた神殿から勧誘が来るからというのが一番の理由でしょうが、『神の力』を借りる行為であるのだから神に感謝し、敬う神殿に仕えるべきという個々の考えも関与しているでしょう。そして『神力』を扱える者は治癒能力しか持たないのですが、一部例外がいます」
「『聖女』ですか?」
「はい、そうです。我々ルーナ族では『大神官』が同等の存在となります。『聖女』と『大神官』の扱う『神力』は特別です。それこそ何だって出来ます。一番代表的なのは、大陸の中央部にある二柱を祀る巨大な神殿の遺跡は初代の『聖女』と『大神官』が『神力』で創り上げた建物です。今はアイビーが絡みに絡み付いていて当時の美しさは見る影もありませんけどね……」
シスさんの表情が曇る。何か悲しい記憶にでも囚われているみたいに。
「——っと、脱線しましたね、すみません。……えっと、『神力』を引き出すのは『想像力』です。治る様子をイメージして治療していくんです。何を源として治すかの違いがあるだけで、実の所『魔力』での治癒との差はありません」
「そうなんですね。それなら私でもやれそうです」
「えぇ、貴女ならすぐに上達しますよ」と言って、シスさんがまた私の頭を撫でてくれた。すると本当にやれそうな気がしてくるんだから、自分の単純さに呆れてしまう。
「さて、良かったらこの流れでちょっと外に行きませんか?魔導書やマジックアイテムの専門店が商店街にあるんですよ」
「行ってみたいです!」
鏡で確認せずともわかるくらいに、自分の瞳が輝いている気がする。元々本を読むのは好きだが、『魔導書』という響きが心をくすぐる。シリウス公爵家の騎士団に属している魔法使い達が杖と魔導書を手に呪文を唱えて、淡く光る魔法陣を空中に描いていく様子をこっそり遠くから見るのが好きだった。このまま魔法の鍛錬を続けていけば自分もあんなふうに出来るのかも、と。
(……追い抜いていたなんて、予想外だったけども)
「決まりですね。じゃあ、僕は片付けをしておきますので、今のうちに貴女は出掛ける用意をして来て下さい。準備が終わったら、一階の玄関ホールで会いましょう」
「わかりました」と返して席を立ち、部屋を出て三階の寝室に向かうと、ララがずっと足元をついて来る。部屋の扉を開けて室内に入り、後ろ手で扉を閉めて寄り掛かると、私はずるずるとその場に膝を立てた状態で座った。
(顔が、熱い)
じわじわと頬が熱くなり、それを冷やそうと両手で覆う。けど手も熱くって意味なんかなかった。
『どうしたノ?カカ様。具合でも悪イ?』
「あぁ、違うの。大丈夫だよ」
体力は無いが健康的な体だし、筋肉も無いけど栄養をしっかり取れているおかげで調子は良い。なのに心臓がバクバクと騒がしく高鳴っている。頬も手も熱いだけじゃなくってちょっと震えてもいた。
褒めてくれた時に撫でてもらった頭にもそっと手を置く。ただ頭を撫でてもらっただけなのに、普通こんなに胸が苦しくなるものなんだろうか。優しくされたからって、親切にしてもらえたからって、沢山助けてくれたからって、皆容易くこんな気持ちになったりするものなの?
(相談相手どころか、比較対象すらいないから答えが出ないや)
不意にベッドが視界に入り、かっと全身が熱を持つ。背後からぎゅっと強く抱きしめられた状態で今朝方目を覚ました事を思い出し、恥ずかしさも加算されて心臓がもう止まってしまいそうだ。
『大丈夫?』
心配そうな声でララに訊かれ、いつの間にか伏せていた顔をあげる。
「初めてのお勉強で、ちょっと疲れちゃっただけだよ」と言って小さな頭を撫でると、彼女の大きな赤い瞳には不安が滲んでいた。
『ベッドでおやすみしたラ?シス様に言えバ、お出掛けは延期にしてもらえると思うわヨ?』
「平気よ。——さて、外出着に着替えようかな」と言って立ち上がった。
クローゼットを開けながら、ボソッと小さな声で「……ねぇ」とララに声を掛けた。『ン?』と首を傾げるララの仕草がとっても可愛い。
「……この職場って、雇用主を好きになっても、良いものなのかなぁ……」
些細な音にすら掻き消されてしまいそうな呟きだった。ララに訊いている様で、そうではないような。そんな言葉に返事をしようとしてくれたララが『カカ様——』と口にした声は、ドンッ!という大きな音に突如打ち消された。
「え?」
驚き、慌てて窓の近くに行って音の発生源を探す。一度目以降も、何度も何度も大きな音が聞こえてくる。まさか魔法の暴発とか、爆弾とかじゃないのよね?と不安になっていると、音の正体がすぐにわかった。
「……は、花火?」
大きくって綺麗な花火が真っ昼間なのに何故か何発もあがっている。一瞬巨大な闇が青空に広がり、その中で花火が花開くから青空の中だというのにとても綺麗だ。でも、何故花火があがっているんだろうか?何処かから打ち上げているような様子も無く、花火イベントの予定も無いのか外を歩く人々も足を止めて空を見上げ、室内に居る人達もこぞって窓の外を注視している。
『アー……ごめんなさイ。嬉し過ぎてちょっと魔力が暴走しちゃったワ』
「じゃあ、この花火はララの魔法なの?」
『えェ、まァ、そうネ』
そうは言うが視線は外を見上げたままで、歯切れも悪い。
「……ところで、嬉しいって何が嬉しかったの?」
窓の側で並び立ち、ララに訊く。今もまだ花火は上がり続けていて、魔力の暴走はなかなか止められないみたいだ。
『カカ様の心に恋の花が咲いた事ガ、ヨ』
他者から改めて言われたからか、自分の中にある恋心を改めて実感した気がした。
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