「さて、誰が、動いたのかしら?」
板土間に座り込み、白湯を飲みながら、三人は、謎解きに入った。
「えーと、猫が、勝手にやって来た!」
「紗奈、少し、黙ってなさい」
「えー、兄様、ひどい!」
「まあまあ、常春《つねはる
》様も、紗奈も落ち着いて」
橘が、出してくれた白湯のお陰か、何か、ほっそりとした空気が、流れていた。
「いや、まあ、そうですね。ずっと、ピリピリしてたし、思えば、紗奈が、一番、危ない働きをしている、訳だし……」
「そうね。その、危なさが、おばちゃん達で、十分だったって、おかしくない?」
「橘様、おばちゃんを、甘く見てはなりませんよ、おばちゃんが集まれば、そりゃ、百人力を越えますからね」
常春の言葉に、ハハハと、紗奈は、笑った。
「そうそう、もう、道々、凄い説教で。おばちゃん達、すっかり、信じこんじゃってて」
「そう、そこなのよ!信じこんだら、疑わない!」
橘が、声を大にした。
「あの、八原《やはら》って、若者、どうして、表へ、行くのに、裏口へ向かったのかしら?わざわざ、猫の波に逆行する形をとらなくても、猫は、裏口側から、表側へ、向かっていた。ならば、猫と、一緒に、歩めば、楽に進めると思うの。それに、どうして、私達に残れって言ったのかしらね?自分が、頭《おかしら》に、聞いて来ると、あの子は、言った……」
「えっと、新達は、西門にいるはずだから、裏口から、回ったんじゃ……?猫の行進に付き合って、一緒に動くのが、まどろっこしいかったとか?」
「紗奈……お前、表へ、行けないことはない、ただ、足の踏み場がない、って、橘様に言ったよな?普通は、ここからなら、裏口から、なんて大回りなど、考えないよ。それも、西門ならば、表側の正門へ向かう途中に、あるわけだろ?そのまま、猫と、一緒に歩めば、いいんだ」
ん?と、兄の言葉に、何か、引っ掛かったのか、紗奈は、上野の顔になった。
「あの、どうゆうことですか?私と、おばちゃんと、猫は、関係が、あると?いえ、兄様も、橘様も、八原を疑っているということですか?」
「そんなことは、ない、と、あなたは、言いたいでしょう。私も、そう思いたい。だけどね、歩んで行った方向が、とても気になるの。そして、八原は、新殿のことを、あたま、ではなく、おかしら、と、呼んだのよ。今まで、あたま、と、呼んでいたのに、琵琶法師と、あれだけの事があった時ですら、八原は、あたま、と、呼んでいた。何故、猫ごときで、おかしら、なのか。動揺したって言っても、動揺具合が、琵琶法師と、猫では、まるで違うでしょうに……そもそも、おかしら、と呼ぶ習慣は、あったのかしら?荷受け場の者は、あたま、と、呼んでいたわ。確かに、日頃、を、知らないから、たった、一言で、決めつけるのは、どうかと思う……それに、向かった方向だって、ここは、八原には、初めての場所ですからね、どう進もうと、それだけで、おかしいと、決めつけるのは……」
「おかしいです!」
「お、おい、どうした、紗奈、急に立ち上がって!」
妹の、異変に常春は、手に持つ白湯をこぼしそうになった。
「同じ匂いがします!」
えっ、と、常春は、驚き、自分の袖を嗅いだ。
「兄様!あの、人懐っこさ、軽々しさ、よく回る口、とくれば、秋時《あきとき》でしょう!!」
「え、秋時と、同じなのか?!」
常春は、さらに、袖に顔を埋め、自身の匂いを確認する。
「兄様、聞いてますか!秋時!忘れていましたが、あの阿呆は、よりにもよって、琵琶法師に付いていたのですから!」
あっ、と、常春と橘は、息を飲む。
「そうだった。一人、忘れておりましたね!」
と、ガラリと、小屋の引戸が開かれる。
三人は、八原が戻って来たかと、キッと、戸口を睨み付けた。
「う、うわっ!どうして、あー、確かに、遅くなりましたが、そんなに、睨まなくても……」
鍾馗《しょうき》が、困り顔で立っていた。
「ああ、鍾馗でしたか……」
「え、その、なんだーて、顔は、なんですか?!戻って来たら、行けなかったのですか?!かか様!」
いやいや、と、半笑いしながら、三人は、鍾馗の機嫌を取る。
「何だか、おかしな事ばかりで、もう、どうすれば、良いのか。かか様!大変なのです。北の対屋《ついや》の中庭に、猫が溢れてるんです!!」
はあ?と、三人は、顔を見合わせた。表側、正門、ではなく、何故に、北の対屋なのか?!
中庭、と、いうことは──。
守恵子《もりえこ》の房《へや》がある。
「ここにいても仕方ないわ!常春様は、守恵子様の所へ、鍾馗、お前は、工房へ行って、染色用の鍋と、染めに使う、野草を集めておきなさい!紗奈、私達は、表へ行きます!!」
橘は、皆を急かした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!