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私が川邊専務の秘書となり、
さらに一週間が過ぎた8月上旬。
私は川邊専務の出張へ同行して、
新幹線に乗りA県のNという都市へと来ていた。
今日と明日と、このA県の巨大ドームを使い、
[Nおもちゃ博]という大きなイベントが行われる。
そのイベントには、うちの会社も共同主催者のうちの1社として加わっており、
うちの従来の人気商品や、新商品等が、そのイベントで発表され展示される。
川邊専務は、このイベントの視察という名目で今日と明日と会場へと訪れるが、
本来の目的は、イベントに集まった百貨店等の企業や、マスコミ関係等への、挨拶や営業が目的。
夏休みだからか、ドーム内は人で溢れている。
親子連ればかりかと思っていたが、
アニメ関係の商品も多いからか、
そのファンと思われる若い男女の姿もわりと見掛けた。
うちの会社が出している、一つのブースへと川邊専務が近付いて行く。
そのブースのうちの社員達は、突然現れた川邊専務に、慌てたように挨拶をしている。
「川邊専務、いらしてたのですね?」
そう話し掛けているのは、うちのベンダー事業部の男性。
ここは、ベンダー事業部の主力商品である、
カプセルトイのコーナー。
「ああ。
今度の新シリーズ、どんな感じだ?」
そう言って、川邊専務はそのブースの奥へと進んで行く。
私もそれに付いて行くと、
川邊専務が足を止めた。
そこは、うちが独占的に販売権利を持っている、アニメ美少女アイドル戦士のカプセルトイのコーナー。
「川邊専務の奥さんが発案した商品の新シリーズは、こちらになります」
そのベンダー事業部の男性が手を向けた先には、
その美少女アイドル戦士シリーズ初代の、クリップのようなものが並んでいる。
「お、なかなかいいじゃねぇか」
川邊専務は顔を綻ばせ、それを見ている。
詳しくは知らないけど、川邊専務の奥さんも私が入社する前にこの会社で働いていたのは知っている。
その時、川邊専務の奥さんが、このカプセルトイのこの商品を発案したんだ。
目の前の二人の会話を聞いてる感じ、
その商品はそこそこヒットして、
今もそうやって新シリーズが発売されているみたい。
そして、今回のこの視察の川邊専務の本来の目的は、
このカプセルトイの新シリーズを発売前にいち早く見たかったのだろう。
それは、個人的に。
「写真撮っていいか?」
「あ、はい。
本来はダメなのですが、専務なら問題ないでしょう」
そう言われ、川邊専務は取り出したスマホのカメラで、その商品を撮っている。
その後、暫くスマホを弄っていて、
きっと、奥さんにでもその写真を送ったのだろう。
そのイベントは夜の20時迄続いていたが、
川邊専務と私は18時前にはその会場を後にした。
そして、ドーム近くの1つ星の料亭で、
川邊専務とH百貨店等を経営する、Hグループの常務との会食が行われる。
そのHグループの南(みなみ)常務も今日のおもちゃ博に足を運んでくれていた。
会食は、私と川邊専務、そして、南常務とその秘書の女性との、四人で個室を貸し切る。
眞山社長に付いていた時もそうだけど、度々こういった接待場に居合わせるが、
その高級感のある店の雰囲気も一流の料理も、私にはどうも苦手だと思わされてしまう。
育ちがいいわけではないからか。
「今度、M県とS県のH百貨店でも、うちのカプセルトイストアを出店させて貰える事になったと営業の方から先日報告を受けました。
それも、南常務のおかげです」
そう話すのは川邊専務で、
普段の雑な話し方なんて微塵も感じさせない。
「いやいや。
ベリナンのそのカプセルトイストアは、本店の方で先月オープンしてから、
わりと評判だそうで。
だから、私の方では、何もしてませんよ」
南常務は機嫌良さそうに、日本酒の入ったお猪口に口を付けている。
その南常務は、歳は50代後半くらいで、
眞山社長や川邊専務が若いから忘れていたが、本来、大会社の役員は自分の親と変わらないような年齢の人達ばかりなんだろうな。
今日のこの会食での主な話し合いは、
ベリナングループが、H百貨店に出店している、大規模のカプセルトイ専門店の事。
現在、H百貨店の本店の一店舗なのだが、
先程川邊専務が口にしたように、
他のH百貨店の支店でも、そのカプセルトイ専門店をオープンさせる。
なかなか、その事業は起動に乗っているみたいだ。
そのカプセルトイ専門店の出店は、
一年程前に、川邊専務が以前居た部署とベンダー事業部で立ち上げた、プロジェクトが形になったものらしい。
その南常務との会食が終わり、私と川邊専務は、今日宿泊予定のホテルへとタクシーでやって来た。
私がフロントでチェックインを済ませ、
川邊専務へルームキーのカードを手渡した。
私と川邊専務の部屋のランクが違うから、
部屋も離れていて階も違う。
だけど、一緒にエレベーターの方へと向かう。
「今から飲みに行きませんか?」
その道中、私がそう口にすると。
「え、今からか?」
そう、怪訝そうな顔で川邊専務は立ち止まった。
時刻は、現在21時を過ぎた所。
少し、飲みに行くには遅い時間かもしれない。
「はい。
先程のああ言った堅苦しい店だと、どうしても食べた気もしなくて。
それに、ちょっと飲みたくて」
先程の店で、私はお酒は口にしていない。
あの場で飲んでいたのは、川邊専務と南常務だけ。
「まあ、明日はけっこう朝遅いけどなぁ」
特に私の誘いを疑う事もせず、川邊専務はそう思案している。
「ほら、向かいのビルに笑い鳥が入っているのが見えたので」
「マジか?それはアリだな」
その[笑い鳥]は、飲み物フード全品税込300円の、居酒屋チェーン店。
「じゃあ、お互い荷物置いて、店の前で集合って事でいいな」
その川邊専務の言葉に、頷き笑顔を浮かべる。
もし、私の誘いが、このホテルとかのオシャレなバーだとしたら、
少しは、この人も警戒したかもしれないだろうな。
◇
大学が夏休みだからか、今日近くで夏祭りがあったからか、
その[笑い鳥]の店内は若い人達で込み合っていた。
私と川邊専務は、小さな二人掛けのテーブル席へと通された。
「俺は、焼酎のお湯割り。
小林はどうする?
俺はいらないけど何か食うか?」
そう言って、メニューを川邊専務から渡される。
店内は妙に明るい照明で、ガヤガヤとしていて、
ムードのムの字もない。
「なら、私はモスコミュールに、つけ盛りで」
「漬物食うのか?」
そう、川邊専務は笑っていて。
普段、目付きの悪い人だな、とこの人の事を思っていたけど、
笑った時に出来る笑い皺が、その普段のキツイ雰囲気を和らげている。
特に今の今迄気にした事もなかったけど、
この人の顔もわりと整っていて、イケメンなのだと思った。
「時々、コンビで白菜とキュウリの漬物買って部屋で飲んでるんですけど、
けっこう、お酒が進むんですよ」
そう言った私の言葉に、へぇ、と返すと、
近くに居た店員さんを呼び止め、川邊専務は飲み物とそのつけ盛りを頼んでくれた。
暫くして、私のモスコミュールと川邊専務の焼酎のお湯割りが運ばれて来た。
私達は、それで乾杯をする。
「にしても、あれだよな。
小林とこうやって話すのも初めてだよな?
仕事中のお前、余計な事は話し掛けてくれんなって雰囲気出てるし」
「そうですか?」
私って、仕事中そんな雰囲気なんだ、と、モスコミュールに口を付けた。
その時、頼んでいたつけ盛りがテーブルに置かれた。
「川邊専務も、食べるなら食べて下さいね」
「いや、俺はいらねぇ」
そう歪められた顔を見て、この人は漬物が嫌いなのだと思った。
「川邊専務の奥さん、元々うちの社員なんですよね?」
「ん?ああ。
社内恋愛ってやつだな」
特に照れもせず、さらっとそう口にしている。
「どちらから好きになったんですか?
いや、もう、奥さんとの馴れ初めとか教えて下さいよ」
「お前、意外にそんな話好きなんだな?」
その言葉を聞き、普段の私はそんなにも堅物に見えているのか?と思ってしまった。
「俺と梢は…。
元々知り合いってか、昔、俺と梢の兄貴が仲が良かったんだ。
で、うちの会社で梢と再会して。
まぁ、なるようになったってわけだ」
なんだか、その雑な説明で、分かるような分からないようなで、
そうなのですね、と相槌を打つ。
「お前はどうなんだよ?
それなりに彼氏とか居んだろ?」
そう訊かれ、頭に浮かぶのは眞山社長。
「居たんですけど。
別れて1ヶ月って所です」
あの別れから、もう1ヶ月経つのか。
この1ヶ月、涙を流さず日々を過ごして来られたのは、
滝沢斗希への復讐心があったから。
その思いが、私を強くしている。
そして、その復讐は、今から現実として動き出す。
「まぁ、小林なら、すぐに新しい男くらい出来るだろ」
その声は優しくて、ああ、励まされているのだと気付いた。
「川邊専務、お子さんの写真とか見せて下さいよ?
確か、娘さん三人でしたっけ?」
この前、川邊専務と滝沢斗希との会話から、それを知った。
「んなの見てどーすんだよ?」
そう言いながら、川邊専務はズボンのポケットからスマホを取り出し、
それを見せてくれる。
それは待ち受けで、女の子三人が写っていて、
一番下の子は、まだ一才くらいに見える。
三人共、わりと美形だけど、川邊専務には似てないかな?
一番下の子は、川邊専務に似てなくもないが、目元は奥さんに似たのか、
目がパッチリとしている。
「全員年子ですか?」
その写真に写る三人の女の子、年齢差が一才ずつくらいに見える。
「んー、こういう場合どうなんだ?
一番上が早生まれで2月だから、二番目と学年では二つ違うんだけど。
俺の所の子供、みんな一才数ヶ月しか上と離れていねぇんだよな。
もうじき四人目も生まれるし」
そういえば、四人目が12月に生まれるような事も、
滝沢斗希と話していたな。
現在川邊専務の奥さんは、妊娠中。
「川邊専務は、浮気とかしないんですか?」
その私の言葉に、え、と少し警戒されたのが分かった。
「ほら、よく奥さんが妊娠中に旦那が浮気するって言うじゃないですか?」
そう笑って私が言うと、警戒を解いたように、川邊専務は口を開いた。
「俺はねぇな。嫁が妊娠中でもそうじゃなくても、浮気は絶対しねぇだろうな」
「なんでですか?」
それは、素朴な疑問。
そこ迄ハッキリと言い切るこの人に、単純に疑問が湧いた。
「なんでって。
そりゃあ嫁の事がマジで好きだからかもしんねぇ。
あいつの事、悲しませたくないからか」
その言葉を聞いて、自分の中にある良心なのだろうか?
少し、痛むのを感じた。
「川邊専務、奥さんの写真とかないんですか?
噂で凄い美人だと聞きました」
「あるっちゃああるけど。
ま、特別に見せてやる」
川邊専務はスマホを触り、一つの画像を見せてくれた。
それは、純白のウェディングドレス姿。
一瞬、息をするのを忘れる程、その写真の女性は美しかった。
「俺の嫁、いい女だろ?」
自信満々に言い切る川邊専務に、
自然と頷いていた。
「こんな綺麗な人が奥さんなら、浮気なんて絶対しないですよね」
だから、川邊専務には悪いけど、
仕掛けを使う。
私はテーブルの下、鞄の中のスマホを川邊専務に気付かれないように触る。
すると、川邊専務の手の中のスマホが、電話を着信して震え出した。
「あ、誰だ?」
それは、非通知で。
私は非通知設定にして、川邊専務に電話を掛けた。
「…はい」
少し逡巡していたが、川邊専務はその非通知の電話に出た。
「なんだ?なんも言わねぇ」
そのスマホを耳から離して、見ている。
「ここ騒がしいから、相手の声聞こえないんじゃないですか?」
私がそう言うと、少しめんどくさそうに、川邊専務はスマホを持ち立ち上がり、
店の外へと出て行った。
私はその一瞬のチャンスを逃さず、
鞄から白い紙に包んだそれを取り出す。
それは、ある薬の錠剤を、ピルクラッシャーで粉々にしたもの。
それを、川邊専務の呑んでいる焼酎のお湯割りに入れ、軽くかき混ぜた。
それが跡形もなく溶けるのは、すでに実験済み。
そして、その効果も。
私はその作業が終わると、スマホを触りその電話を切る。
すると、川邊専務もまたこちらへと戻って来た。
「電話、なんだったんですか?」
白々しくそう訊く。
「多分。イタズラ電話ってやつか?
それとも、間違え電話か?
よく分かんねぇ」
「もしかして、奥さんが川邊専務の浮気を疑って非通知で掛けて来たとか?
本当に出張か、気にして。
本当に出張だとしても、今頃夜の店で遊んでいるんじゃないかって」
「いや…。梢は、疑ってるなら、こんな探るような真似はしねぇと思うけど…」
そう言いながらも、私の言葉に惑わされているのが分かる。
だからか。
「今日は疲れたし、これ一杯だけで終わりにして、部屋戻るか」
そう言って、ピッチを上げて焼酎のお湯割りを飲み干している。
薬入りの、それを。
「そうですね」
私も、モスコミュールを一気に飲み干す。
薬の効果が出る前には、この店を出たい。
◇
飲み代は、川邊専務が出してくれた。
そして、この[笑い鳥]が入っているビルを出る辺り迄は、
川邊専務の意識はわりとしっかりとしていた。
その薬の効果が出始めたのは、ホテルに着いた頃。
意識が朦朧としている川邊専務の腕を引き、
彼の宿泊する部屋へと連れて行く。
この薬を、私は二度服用してその効果を知っているが、少し心配になる。
その副作用を。
◇
この薬の事を知ったのは、インターネットの掲示板。
[XYZ]というクラブで手に入ると、そこには書かれていた。
私は半信半疑でそのクラブへと行き、
その売人を探すようにフロアをウロウロとした。
ちょうど、一時間経った頃。
一人の若い男性が、私に近付いて来た。
それは、男性というより男の子って感じで。
多分、10代だと思われる。
「お姉さん、あれ、欲しいの?」
ガンガンと音楽でうるさいその場所。
耳打ちされた、その言葉。
「そう。売ってくれない?」
私も真似るように、その男の子の耳元でそう囁く。
黒い髪色で前髪の揃った、可愛い顔したその男の子。
こんな可愛い子が、薬の売人なんて、この世の中私の知らない世界はまだまだ一杯あるんだな、と思った。
「ちょっと、こっち来て」
そう腕を引かれ、ひとけのない通路へと来た。
「一つ、1万」
そう切り出された。
「じゃあ、二つ、2万ね」
私は鞄の中の財布から2万円を取り出し、
その男の子に渡した。
その男の子はそれを受け取ると、
「はい」
と、二つの小さなチャック付きのナイロンの袋を私に渡して来た。
その白い錠剤は、裸のままそうやって袋に入れられている。
「…ありがとう」
私は戸惑いながら、それを受け取る。
ネットでは、この薬は覚醒剤ではないが、
違法的なドラッグだと書いていた。
海外から流れて来ていて、暴力団が売りさばいているとか。
目の前のこの子が、ヤクザには見えないが、
この子もヤクザと、繋がっているのだろうか?
「ねぇ、お姉さん。
一つサービスであげるから、試してみない?」
その子は、そう言って私の口の中に、
その白い錠剤を入れた。
えっ、と、私が戸惑っている間に、
それはスーと私の唾液で溶けた。
特に味はないが、それはラムネを思い出した。
「すぐに、効いて来るから。
こっち行こう」
そう言って、その男の子は私の手を引き、
男子トイレへと連れて行く。
え、ちょっと、って思うのだけど、
段々と自分の思考が朦朧になって行くのを感じた。
その男子トイレは、個室が5ツあるが、そのうち3ツは使用中なのか、鍵の部分に赤い印が出ている。
ただ、それが従来の目的で利用されていない事は、すぐに分かった。
その使用中のトイレの個室から聞こえて来る、女性の声。
ここは、男子トイレなのに。
その女性の声も、ただ話しているのではなくて。
「…あ…、ダメ…」
一つの個室から圧し殺したようにそう聞こえて来るが、
後の二つの個室からは、遠慮なくアンアンと大きな女性の喘ぎ声が聞こえて来る。
その男の子は、私を空いた個室に押し込むと、
鍵を掛けた。
そして、私の体を抱き寄せキスをして来る。
年下の男の子のその子は、身長は私より少し高かった。
トイレの個室の壁に私は背を付け、
その男の子のキスを受け入れた。
その薬の効果が現れ出しているのだろうか?
そんなただのキスが、気持ちよくて仕方なくて、
早く、欲しいと体の芯から疼いて来るのが分かった。
もう、この男の子が誰であって、
私がこの男の子の事を好きだとか好きじゃないとかもどうでもよくて。
ただ、早く、この男の子とセックスがしたくてしかたなかった。
なんなら、セックス出来るなら、目の前のこの男の子じゃなくても、誰でもいいとさえ思う。
その男の子は、私の上の服を捲り上げ、
ブラジャーを外して、
私の胸に吸い付いている。
「…あっ…あ…」
呼吸が乱れ、声が出る。
自分の体が反応して、パンツが濡れている事も頭のどこかで思う。
頭の中は、意識はうっすらと残っているけど、理性が一切失われている。
恥ずかしいとか思う事もなく、私は大きな声を出していた。
気付くと、体を反転させ、
私はトイレの壁に手を付いていた。
そして、スカートの中のパンツがずらされた。
背後から、カチャカチャとベルトを外すような音が聞こえて来る。
そのすぐ後に、私の中にそれを押し込むように入れられた。
私はそれだけで絶頂に達して、大きな声を上げていた。
何度も何度も、その行為中私は絶頂に達した。
意識が段々と正気になった頃、
私はトイレの床に乱れた衣服のまま座り込んでいた。
近くに落ちていた私の鞄を手に取り、
その中を見ると、あの男の子から買った薬の袋が二つ入っているのが見えた。
なんとなく心配になり財布を開くと、
特にお金を盗まれたような気配はなかった。
スマホを取り出し時間を確認すると、
深夜の3時。
多分、このトイレの個室に来たのは22時くらいなので、
5時間程、経っている。
私は途中から眠っていたのだろうか?
よく分からない。
ただ、あの男の子との情事は夢だったんじゃないかと思った。
体には、あの男の子の感覚が色濃く残っているのだけど、
本当に、夢の中での出来事だったような感覚。
そんな風にしか、記憶に残らない。
その後、もう一度だけその薬を自分で試していた。
元々、その為に2錠購入していたのだから。
会社の寮であるその自宅で、それは行われる。
テーブルの上のグラスに、買って来た缶チューハイを注ぎ入れ、
ピルクラッシャーで粉々にしたその薬を入れた。
一度口に入れられたから知っているが、
それは簡単に溶ける。
今も、それはすぐに溶けてなくなった。
私は、いざという気持ちで、そのグラスを手に取り、それを飲む。
最初の方は恐る恐る。
途中からは、一気にそれを飲み干した。
暫くすると、アルコールの酔いなのか、
薬の効果なのか体が火照り出し意識が朦朧として来る。
その意識が朦朧とする感覚が、この前と一緒だと思う。
だけど、あの時は気付かなかったが、心臓凄くドキドキとしている。
それは、ちょっと痛いくらいに。
もし、心疾患のある人とかなら、この薬は危険かもしれない。
多分だけど、川邊専務はその辺りの持病はないだろうな。
その後は、前回と一緒だった。
アルコールが入っている分、今回の方が意識はふわふわとしているが、
体が快楽を異常に欲し、
異常に快楽を感じるのも。
私はその薬の作用に耐えられなくて、
床に転がり、体を丸めた。
欲しくて、欲しくて仕方ない、と。
その欲望に耐えきれなくて、私は自分の手で、自分の体に触れ出した…。
◇
川邊専務を支えながら部屋へと連れて行き、
ゆっくりとその体をベッドへと寝かせた。
川邊専務の部屋は私の部屋よりも広いのもそうだが、ベッドもダブルで大きい。
この部屋を手配したのは、私。
こうなる事を予想して、大きなベッドもそうだけど、エレベーター乗り場から近い部屋を取った。
ベッドに寝転び呼吸が荒くなっている川邊専務を見下ろしていると、
ふいに、腕を掴まれた。
それに、驚いて体が震えた。
「…悪い…」
そう言って、その手は離れた。
そうやって私の腕を掴んだのは、
薬の効果のせいだろう。
欲望を満たしたい、と。
今、この部屋は入り口の方の電気が付いているだけで、
部屋の中心は薄暗い。
「眠るのに、苦しいですよね?」
川邊専務は、スーツの上着は飲みに出た時には部屋に置いて来ていた。
ネクタイも外して、ワイシャツの姿だった。
私は今、そんな川邊専務のワイシャツのボタンを上から一つずつ、外して行く。
上から3つ目のボタンを外し終えた時、
再び、腕を川邊専務に掴まれた。
そして、その手を強く引かれた。
「あ、」
私は、川邊専務の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
「酔ってんのか分かんねぇけど。
ヤりたくて仕方ねぇ」
川邊専務の手が、私のスーツの上着を乱暴に脱がせて、胸を掴むように触れ出した。
私は、薬を飲まずに冷静だからか、
その事に、怖くて体が震える。
もっと、お酒を飲んでいれば良かった、と思う。
先程のモスコミュールの酔いが、一気に覚めたのが分かる。
川邊専務は、体勢を変えるように私をベッドへと押し倒し、私の上へと体を乗せて来た。
すぐに、川邊専務の顔が近付いて来て、私の唇と川邊専務の唇が重なった。
強引に力強く、唇を割り舌をねじ込まれる。
川邊専務の唇もその舌も、とても熱い。
今さらだけど、やはり嫌だと、川邊専務から逃げようとするが、
少し押したくらいでは、それはびくともしない。
きっと、本気で抵抗しても、逃げられないだろうと、思う。
川邊専務は体を起して、ワイシャツと下に着ていたシャツを乱雑に脱ぎ捨てた。
そして、怯える私を見下ろす。
つい先程迄、この人は浮気は絶対にしないと言っていたのに。
本当に、薬の効果は凄い。
再び、川邊専務は私に体を乗せて、キスをして来た。
私の脳裏に、先程見せてもらった、
この人の三人の娘の顔が浮かぶ。
そして、移り変わるように、この人の奥さんの顔も。
こうなる事が分かっていたのに、
何故、私はこの人の子供や奥さんの写真を見せて貰ったのだろうか。
その存在が、私に自分のしている事の酷さを感じさせる。
憎いのは、川邊専務でもその家族でもない。
滝沢斗希なのに。
滝沢斗希への復讐には、どうしても川邊専務との事が、必要だった。
私は川邊専務に少し乱暴に、衣服を脱がされた。
その場所を触るというより、前触れもなく指を突っ込まれる。
それに少し痛みを感じたが、それはすぐにおさまる。
それなりに濡れてはいるのか、ただ、この状況で快楽を感じる程、私の体は単純ではないみたい。
私の両足を両手で持ち上げるように持ち、
川邊専務は私の中へと入って来る。
それは、ガンガンと遠慮なく突かれて、痛いくらいで。
普段、きっとこの人はこんな風に乱暴に女性を抱いたりしないだろう。
薬のせいで、ただ、己の快楽だけを貪欲に求めてしまうのだろう。
「…痛い。
もう辞めて下さい」
そんな私の言葉を掻き消すように、
さらに腰の動きが早くなる。
そして、川邊専務のその動きが止まると、
私の中でそれが動いているのが分かった。
それと同時に、自分の中で、
温かいものが広がるのが分かった。
川邊専務は、何度も私の体を求めて来た。
そして、何度目かで、力尽きたようにそのまま眠った。
それは、もう明け方で。
私は眠気が起きず、ただベッドへと寝転んだ。
9時になると、私のセットしていたスマホのアラームが鳴り出した。
ベッドで寝転んだままそれを手に取り鳴り響くそれを見ていると、
隣の川邊専務が目を覚ました。
最初は、ただ私の顔を見ていたが、
次の瞬間、その顔一杯に驚愕の表情が広がるのが分かった。
「俺…お前と…」
自身が裸なのもそうだけど、
布団で隠れているけど、私が何も身に纏っていない事も分かるだろう。
「覚えてませんか?
川邊専務、無理矢理私の事を…」
そう言って涙ぐんでやろうと思ったけど、
涙は出ない。
「…覚えてねぇって事は、ない。
うっすらと覚えている」
私もそうだったけど、薬で理性がぶっ飛び意識は朦朧とはするけど、
ある程度の記憶は残る。
「そんな事より、そろそろ用意しないとですよね?
今日は、少しうちのブースに顔を出すだけでいいみたいですけど」
私が体を起こすと、腕を掴まれた。
夕べ、この人にこうやって腕を掴まれた事を思い出して、恐怖から体が震えた。
「悪い…」
そう言って、川邊専務はその手を離した。
「---俺、小林に誠心誠意償うから、
この事は、黙っててくれないか?
嫁も子供も、本当に大切なんだ」
最後の方は、それがこの人の悲鳴のように聞こえた。
その言葉が、私の中にある良心に突き刺さり、痛みを感じる。
「---分かりました。
私も、川邊専務の事を訴えようとかそこまでしたくはないです。
ただ、私はこのまま泣き寝入りするつもりはないです」
「ああ…。
金でも何でも、俺に出来る事ならなんでもする」
「あの弁護士さん…。
あの川邊専務のお友達の、あの人を交えて、一度話し合いませんか?
川邊専務の私にしたそれは、犯罪ですから」
その言葉を口にする時、緊張から震えたが、
川邊専務はそれを気に留める事は無かった。
「ああ。
早い方がいいよな。
今日、あっち戻ってから都合付くかどうか、
後で斗希に連絡しておく」
その言葉を聞いて、滝沢斗希の顔を思い浮かべた。
きっと、親友が私に罠に嵌められたのだと、滝沢斗希は思うだろう。
少しくらいは、悔しそうな顔を浮かべるだろうか?